第001話 - 西の首都、京都。
日本が東西に分断されたある日。一台のバスが京都市街のはずれで事故を起こした。
○登場人物○
◆出雲サヤ(仮)♀ - 主人公。東側から闇バスで不法入国した高校生。京都で事故に巻き込まれ、玲子達に救出される。
◇出雲玲子♀ - 帰り道際、事故に巻き込まれたサヤを救出した。偶然にもサヤと同い年。
◇出雲陽三♂ - 同上。小学生らしくやんちゃで活発的。
◇出雲勲♂ - 玲子と陽三の父。妻の死後、2人の子供のために姫路で働いている。
…ここはどこだろう。
薄らと開けた瞳には日本伝統の和風屋敷(?)の古い屋根が映る。
布団を退かし、重い体を起こして辺りを見渡す。
外では雀の囀りが爽やかに響いていた。
「あぁ!ねーちゃん! ねーさんが起きたで~!!」
突然大きな声で自分の姉を呼ぶ少年。
「は~い。ちょい待ってや~」
彼の姉だろうか、 関西圏特有の方便混じりで奥の部屋(台所?)から返事が返ってきた。
まだ意識が遠のいている中、やんちゃ少年が話しかける。
「なぁなぁ。おねーさん、どっから来たん?」
「どこから…?ごめんね、ここってどこ?」
思い出せない。混乱していて返答になっていない。
…どこから…来た…?
「ここ?キョートやで?」
キョート…京都……京都!?
「おまたせ~。貴女、かなり長い時間寝てましたねぇ…お名前は?」
「名前…」
___沈黙。そうだ、私の名前は何ていうのだろう…
「ごめんなさい…実はちょっと思い出せなくて…。」
「そう…どこから来たのかも分からんと?」
「え、えぇ。」
「おねーさん、キオクソンシツ?」
記憶損失…記憶損失って、全部忘れる訳じゃないんだ…。でも、自分の名前が分からない。どこに住んでいるのかも分からない。私が唯一思い出せるのは年齢と生年月日と…あと……
「…思い出せないなら仕方ないね、陽三、お茶淹れてきて。」
彼女は色々なことを私に話してくれた。彼女の名前は出雲玲子、弟さんは陽三だという事。玲子さんが私と同い年だったこと。出雲家の父は姫路で働いていること。私が乗っていた(?)バスが事故で大破し、唯一の生存者だったこと。そして玲子さんに救出されたこと。本州が東西に分断されたこと…
思い出せない自分にイライラしてくる。でも、本当に思い出したくても何も思い出すことが出来ない。
後に聞いた話だと、玲子さんたちが私を運んだ病院からここに来て1週間半も眠ったままでいたらしい。
「…なんか、貴女っていうとちょっと堅苦しいですよね。身分証とかも見つからないままだし…」
いいんです、いつかそのうち思い出しますよ。―そう言おうとした時だった。
「…サヤ…」
「……えっ?」
「昔ね…」
飯田隼士。
玲子さんの親戚方の兄で、ある航空会社の操縦士だったそう。
ひと昔前、東西で紛争が始まる数刻前に…東京へと飛び立っていったパイロットの一人だそう。
ところが予告もなしに始まった紛争。多くの武器が使用され、政府機関だけでなく東西双方の一般市民をも標的として地・空・海共に攻撃が行われる。
地では多くの一般市民が紛争に参加するか、逃げまどう。
海では東西両方面から不満が爆発した民間と阻止しようと試みる政府の攻撃戦。
空では…西側発の飛行機は西側の空港へ。東側発の飛行機は東側の空港へと強制的に着陸させられた。
しかし、その中で彼らの操縦する機体は東側管制の指示でそのまま飛行を継続。
地上では多くの地対空ミサイルと呼ばれるものが、「国土の保護」ではなく「他国への攻撃」を目的とし、空へ向いて…。
その後、隼士の飛行機は御殿場市郊外上空で消息を絶つ。
消息の直前、隼士は彼女らの携帯宛てに留守電を残していた。
「…玲子…陽三。しっかり生きろ。」
「…それでね、その飛行機を隼士はいっつも''Saya-Jet''って呼んでたの。変だよね。「こいつは何があっても俺らを守ってくれるんだ。」なんつっちゃってさ。」
玲子さんの目に涙は無かった。
でも、その眼の奥深くに、哀しみとどこか憎しみを感じた。
「なぁ、サヤって関西モンじゃないん?」
少年「陽三」が新しい名前で私に問う。
記憶にはない。でも、こうして関西弁が飛び交う中一人この部屋で浮くほどな標準語を使っている。おそらく私は東側の人間だろう。
第一「闇バス」なんてモノに乗っていたのだから、東側の人間であることに違いはないだろう。
「もしかしたら東側の人間かも…」
不安げに答える。部屋の中の重々しい空気が肩にずっしりとのさばる。
相手は東側に親類を殺された家族だ。
「そうやよね。事故ったバスも闇モノ(東側からの移民を載せる不法入国バス)だったし。」
「いえ…あの…」
とりあえず謝ろうと考えた、が
「ううん。攻めてるわけじゃない。覚えてないんかもしれないけど、闇バスに乗る勇気があるくらい東側は大変なんやろ?」
玲子さんが先行して発言した。
東側では、紛争と2年前に起こった第二次関東大震災で関東3大主要都市(東京・横浜・さいたま)が都市機能を損失、仙台へと首都を遷都していた。
東政府が発表した「旅行制限令」により、道路・鉄路・海路・空路は一気に制限。
また少子高齢化の為働き手が大幅に不足し、一人当たりの平均労働時間が20時間近くにもなる。
''壁''から5kmの範囲を臨戦警戒区域として設定。一般人の立ち入りが出来なくなっていた。
「確かに隼士は東側に殺されたかもしれん。けど、東側の人も西側の私たちも一部の一般市民と政府の不満爆発に巻き込まれただけで、サヤはなにも謝る必要なんかない。」
「うん、そうかもしれないね。」
かなりそっけない返事をした。
でも、このまま長居して…ましてや2週間近く迷惑を掛けている出雲家に、さらに迷惑を掛ける訳にはいかない気がした。
確かに、外に出たいという感情もあったのだろうけど…
「それでは、お茶ご馳走様でした。」
事故の時から纏めれるような荷物は持っていなかったので、荷支度もせず立ち上がろうとしたその時。
「ねぇ、サヤ。今日は泊まってけば? 今日だけじゃなくてずっとここに住んだらええのに。」
「えっ、でも」
「このあたりに長居できるようなとこは無いし、第一、サヤが東側からの闇バスに乗ってたんならお尋ね者だしさ。」
正直、非常に衝撃的だった。見ず知らずの東側から来た女を家族の一員としてくれる。
ありがたさより先に衝撃だった。
しかし、私の記憶が無くなろうと、私は国際的に見たら不法移民。玲子さんが言うには、市役所とかで新しい戸籍を登録し、西側の住民になればバレやしないと言われた。
でも、私は自分の故郷が知りたかった。
目が覚めたら京の町。記憶が無くて自分がどこから来たのかも分からない。既に心の隅にある不安は増大して行くばかりである。
「ただしっ!ひとつ入居賃としてあるものを請求します。」
「あるもの?」
お金の代わりになるものを没収されるのかと、焦った。なにせこれと言って手荷物が無いからだ。
「思い出せる限りでいいから、今知っているサヤ自身の事、全て話してほしい。それじゃないと私たちも不安で仕方ない。でも別に疑ってる訳じゃないんだけどさ。」
言葉の通り、私は今思い出せる自分自身の事を全て話した。
記憶が本当になくなってしまっている事。荷物もないしお金も一銭も持っていない事。年齢、誕生日…
ほんの少しの情報だったけれど、玲子さんと陽三は真面目に耳を傾けてくれていた。
起きた頃はさんさんと部屋を照らしていた太陽も、気付けば沈もうとしているところだった。
ぎこちなくではあるが、今日 私は 京都に住む出雲家の一員 となった。