第000話 - プロローグ
20xx年。
かつて我が国は数多くの問題を抱え、政治の低迷・人口の大幅な減少により問題が増大化していた。
それがいつしか…国民の生活をも圧迫させていき、負担を軽減させるために西・東日本は突如「国家」として独立。東西紛争で多くの血が流れた末、富士から上越にかけて十数メートルという高さの壁が建設され、本州は東西に分かれた。
○登場人物○
◆ 俺 ♂:東京から越境し、事故を起こすバスに乗っていた乗客の一人。事故発生時に即死する。
―ある日の夜。ある一台のバスが、長野県佐久市…だった場所を出発した。
青色と白色に身を包んだ大型バス。見た目こそただの観光バスだが、過酷な環境の車内には多くの「不法移民」が乗っていた。
佐久市は現在、沼津・甲府・上田・長野・飯山・上越に次ぐ7つ目の''関所''が設置されている地区である。
壁周辺では東西双方ともに情勢が不安定で、いつ紛争が再開されてもおかしくはない状態だった。
関所が置かれた各地方都市には、壁を越えたくても越えられない人々で「昔、世界を代表する都市だった」東京の様に賑わっていた。
新幹線・鉄道・道路は東日本政府が建設した壁により物理的に分断。
航空は、壁を越える事こそ理論上可能なものの、東西共発見次第領空戦犯を理由とし撃墜…という処置がとられていた。
それでも、道路関所は24時間での運用はせず、遅くとも25時には全ての関所が運用を終える。
4時までは東西共に数名の監視員と多数の防犯設備が稼働する。
その4時間の間、多くの移民が東側から山奥へと進み、先行した移民が作った不安定で小さななトンネルを突き進み…煌々と輝く地方都市を目の当たりとする。
関東地方と呼ばれた地方は荒廃が進み、都市部では襲撃が発生するなど治安がますます悪化。
ましてや少子高齢化が国難となっている東政府。
人手が足りず監視員も不足していたため、東政府に不満を漏らす者々は西側にさえ見つからなければ安易に越境できたのだ。
関所近くから発った闇バスは殆どの場合、壁が見えなくなるまではずっと山中の悪路を走行する。
皆疲労と衰弱で息をしているのかどうかも分からない。
運転手だって免許を持っているかどうかも分からない。窓越しには大きな川と崖が月光に照らされていた。ここで運転手が手を滑らせたら乗客乗員全員の命は無い。
…太陽の日に起こされた。いつの間にかバスは高速道路に乗り平野部まで来ていた。
と、その時。まだ起きていた人々が車内でざわついた。
俺の前に座っていた背広姿の男は、窓に向かってこう言った。
「なんだよこれ…ここは…」
「ここは…昔と変わらない日本じゃないか…。」
バスの最終目的地は全て運転手が決める。まるで三途の川の渡し船の様だが、どうやら名古屋には降りないらしい。
交代の運転手などいないので、恐らく行けても大阪辺りが限界だろうとサバを読んでいた。
ふと、眼下に映る名古屋の町。
朝から買い物袋をかごに満載した自転車に乗る人。歩きスマホをする人。ピカピカの自動車を満載し走る大型トラック。下をオーバークロスする電車。小牧に降りるであろう真上を飛ぶ飛行機。
つい数年前まで、関東でも見れた当たり前だった光景がそこには広がっていた。
そこには、本当に昔から何も変わらない「街」があった。
ふと、道路標識を見た。
【京都 まで 35km 大阪 まで…】
…そうか、もう京都まで来たか。また大阪の友人とここで呑み合いたいな…
そんな事を考えていた。
がくっ。
突然、体が座席に押し戻され抑え込まれる。唸りを上げるエンジン。
バスが急に加速し始めた。
「こ、高速の合流にでも入ったのか?」
そんな事を考えていたのも束の間。
ギャギャギャギャ
タイヤが擦れる音が車内で上がった叫び声とともに耳に伝わる。
何かにぶつかる音がした。考え事をしてから1秒も経っていなかっただろう。
…一瞬だった。ひん曲がったガードレール、土煙、土砂、樹木…そして血。様々なものが前方ガラス方向から車内に飛び込む。
気付けば俺の目の前には――
日本が東西に分断されたある日、長野県から関西方面へバスが走っていた。
乗客は…東側から生き延びて西側に越境できた安堵感に、とにかくひと心地ついていた不法移民群。
そして、束の間のバス横転落下事故。
乗客乗員53名、生存者は1名だった。
その一名は、偶然通りかかった2人の姉弟に救出されることとなる――