第035話 - 静かなる年始
―神奈川県横浜市。
横浜も西と変わらず、年越しを迎えていた。
しかし、過去の賑やかさに溢れた横浜は、もう何処にもない。
焼野原辺り一面を散策し、一ノ瀬はようやく自身の家のあった場所を探し出せた。
結局、これと言って持ち出せるものは見つからず。
人体埋蔵チップを抉り出した傷は、まだ彼女の首元に残っていた。
今は横浜で彼女が主体となって彼女と同じく家を無くした者々で共同体を形成していた。
彼女の父母がそうであったように、彼女の集団統括力…即ちリーダーシップが功を奏し、全員がきちんとした役割を持つ共同体となっている。
その名は「一ノ瀬一派」。
ここの老若男女は共に、全員が埋蔵チップを切り出した後の傷が残っていた。
東の民のこのような行為は、首都圏大震災で被災した東京・神奈川・千葉・埼玉近辺で急増していた。
「もうすぐ0時ね…」
横浜の旧ランドマークタワーから、少女が一人、副都心の廃れた姿を望む。
余震が沈静化してからは倒壊・焼失した瓦礫などの撤去などが年末にかけて急ピッチで行われた。
横浜の住宅街跡は、一面平野となって、草原に覆われている。
「見せたくないもの」を隠すかのように。
「司令長…」
奥の廊下から呼ばれる。
「あ…下野さん?…どうぞ。」
下野直人。彼もこの地を離れさせられ、都心で被災した者の一人だ。
過去にはグローバル・エアラインでパイロットも務めていた彼は、経済以外のすべてを失った。
高槻に実家がある彼は、母の消息を受けてから一切の連絡が途絶えていた。
「懐かしいですね。都会の喧騒をここから眺めていた日々が…」
「…えぇ。」
罅割れの入った窓ガラスには、一面真っ暗の湘南が月明かりに照らされる。
この年の大晦日は満月で、しかも未明に南中を迎えた。
カチッ…
「―あ、0時…」
蝋燭と若干のの明かりに照らされ、壁の時計は午前0時を示して見せた。
「あけまして…とは言えないですけど…」
「ごめんなさい、そばもおせちも団員の皆に作れなくて…」
「いいですよ。こんな状況ですし。司令長も休んでる暇がないのは皆知っていますから。」
「―それに、またいつか年始を祝える年がやってきますよ。それじゃ、おやすみなさい。」
「おや…あ、待って。少ないけどお年玉が…」
「―有り難いですが…私は壁の建設以来喪中が続いていますので…」
彼は、あっと言う間にうす暗い廊下へと姿を消した。
―この状況をなんとかしないと…
どうしても、一ノ瀬は父母の生存を確認したかった。
でも、決してそれだけではない。
80名余りのうちの団員の、実に4割は愛する者や友人、家族を取り残して来たままだった。
勿論、西だけではなく、現在立入禁止となってしまった壁の周辺地域でも…
―「愛する者へと帰ろう、誰にもそれを止める権利はない。」―
一ノ瀬一派の新スローガンが生まれたのは、静かなる新年早々のこの瞬間だった。




