第028話 - 底なし
一瞬しか再開できなかった古き有人の亡骸に「サヨナラ」を告げて西側へと向かってから、どの位経ったのだろうか。
底のない孤独感が少女自身の心を容赦なく蝕んでくる。
「もう、独りはやだよ…」
ハイライトの入らない少女は、そう独り言を告げながら死体が至る所に転がる大通りを西へと向かう。
かつて、単独行動が好みだった彼女とは思い難い、小さな悲鳴。
だれも居ない、本当に誰もが助けてくれない。見放しばかりの町。
旧横浜市内へと入ると、その情勢はますます悪化の傾向をたどっていた。
まるで、伐採の進むどこかしらの熱帯の国の様な有様の旧住宅街。
そこにも、横たわるのは形の情報のみが残る「人間の跡」。
意識の薄れてゆく中歩いていると、時々焼け残った死体の内臓と思わしき柔らかい何かを踏んずける。
「うえぇっ…」
言葉に表せないような匂いが、曇り空の横浜を覆いこむ。
途中、こちらも焼け残っていた家屋から包丁を取り出す。
「ふううぅ」
一ノ瀬は、ゴーストタウンに見向けて自分の首元にあてた物体。
―包丁だ。
途端に、自分の首元を刃先に切りつけて見せた。
深紅の血と少しの肉片と共に飛び出せてきたのは、小さな電子回路の様なモノ。
「こんなもの…こんなもの…!」
震災より前、まだこの街に居た頃に埋め込まれた、人為的な装置。
―国民監視IC型人体内蔵チップだ。
彼女はこれを瓦礫の上へと落とし、自慢の靴の踵で踏みつぶし、擦って見せた。
「―行かなきゃ。」
結局、東京都内へは戻らないことにした。
「お姉ちゃんに、最期に渡してほしい」
彼女の最期の願いを叶えることが出来なかったのが、悔しくて仕方が無かった。
今、新宿に行ってももうもぬけの殻だろう。
羽田に取り残してきた新宿共同体の班員の中に、もしかしたら亡き友人の姉が居たかもしれない。
でも、もう後ろめいてる暇など彼女にはなかった。
もう、前へと進みだしてゆくだけ以外に残された選択肢は無かった。
―静岡県沼津市。
壁のトンネルは、西側からの穏やかな空気を運び続けている。
ここは「沼津の関所」と俗称される検問所。
地震とは非対称的に、脱東しようと試みる東の民の数は増え続けるばかりであった。
あの日、ここも大きな揺れに揺られた。
停電の続く中、国境警備隊本部からの通達はこうだった。
【いかなる場合でも持ち場を死守せよ】
国の正義の掟の為に、ここまでするなんてなんてばかばかしいことだ。
我々の家族は眼中にも入っていないのだろうか。
誰もがそう思ったが、決して口外に漏らすことは無かった。
それも同じく、彼らの家族は心配していた。
その頃。「京都の渡り鳥」が丁度清水に出かけている時。
毎日が日常と楽しさで溢れている西側とは反対に、東の旧都では未だに悲惨な劇場が幕を揚げ続けていた。
陸神作戦―
この様な格差が広がってゆく中、西の「天邪鬼」が立ち上がるのもまだ先である。




