第021話 - 精一杯
●登場人物
◇一ノ瀬 葵 ♀ - 伊豆の資産家の一人娘。紛争で横浜の自宅から一人避難する。
誰も居ない交差点、ゴーストタウンと化したこの街に辛うじて揺れに耐えた建築物が送るビル風が吹き込む。
―震災から2ヶ月、東京都新宿区…と呼ばれた場所。
かつて多くの自動車や人々に踏まれ続けたアスファルトの路面に倒れた信号機に、一人の少女が腰掛ける。
彼女の名は一ノ瀬葵だ。
政府が都民への緊急避難を命じてから30日。
街にはスラムが転々とする一方で、少しでも金とコネクションがある者々は既に南関東圏を離脱していた。
いつだろう、あの日、壁が作られてからまだ両親と顔を合わせていないままだ。
「それじゃあ、留守番をよろしくね。葵。」
この言葉を最後に、まだ連絡も出来ていないままだ。
「再会できる日」を待っている間にやって来たのは、戦火ではなく震災だった。
数多の人々が命を落とし、数多の人々が愛する人を亡くした。
そんな絶望にまみれたこの国で、幸せなんてものは存在しないのだろう。
そんな自己流の理論を押し付けて、ここまで生きのびてきた。
震災の日も、周りから助けを求める声が聞こえてくる中で聞こえないフリをして生き残ってきた。
何て無残なことをするのだ。
そう思った人も当然居ただろう。
しかし、今は皆「自分の事」で精一杯なのだ。
他人に構ってられるヒマなんてもの、少なくてもこの場所には一切ない。
バララララララララ…
《東京都に残る国民に通達します! この地域には緊急避難指示が出ています。直ちに避難してください!》
今日も上空を護衛隊のヘリが残留難民への避難を促す。
「逃げるだって?お金も大事なものも全て無きして、どう避難すればいいんだろう。」
生き残りの逃げたくても逃げることの出来ない難民誰しもがこう感じていた。
「あ~あ、あの時そのまま死んじゃえばよかったのに。」
悲惨な事だが、命からがら生き延びた者でさえ、こう吐き捨ててしまうような有様だった。
この街は、やっぱり見捨てられたんだ。
支援物資もまともに届かないこの街で生き延びるのは、本当に残酷だ。
食の為にものを奪い去り、水の為に人を殺す。
…こんな事が、東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城などで複数確認されていた。
でも政府はうんともすんとも言わぬまま、何食わぬ顔で自国の国益を最優先し、過去に都市だった街でさえも放棄してしまうような程腐っている。
行政指導によって解体が進められたここ新宿。
しかし、「要らぬ場所を手入れしたって仕方が無いだろう」という首相の発言の元、解体は一気に中止。
この国のお偉いさん達だって、今は自分の事に精一杯なんだろう。
残された高層建築物だけが、夕日に遠目に見ると以前の東京の景色を保ち続けていた。
ここが、かつて日本の首都だった事を。
ここが、かつて日本の象徴であったことを…




