第012話 - なんで
○登場人物○
◆出雲サヤ(仮)♀ - 主人公。東側から闇バスで不法入国した高校生。京都で事故に巻き込まれ、玲子達に救出される。
◇浦沢 ♂ - 国民センター 国民管理課7番の担当。東京での震災経験について語る。
浦沢は炎の壁を背に、ひたすらアクセルを踏んで北西へと走った。
この悲惨な現実から目を背けるかのように、逃れるかのように。
「緊急車両優先通行道路」として通行止めとなる予定だった都内各幹線道路に、緊急車両の姿は一つもなかった。
代わりにあるのは、車だったモノと、人だったモノ、建物だったモノの無残な姿だった。
火災がそこら中で発生していても、誰も消火に来ないし、救助も来ない。
東側の新政府は、首都移行の際に仙台首都圏地区への災害の対策として、無数の消防車や救急車が東京から移籍された。
皮肉にも、首都の災害を防止するために旧首都が犠牲となったのである。
火災は地元自治体の消防隊以外、殆どが手を付けられずにいた。
この火災による上昇気流で「黒い雨」が降るまでの2日間、炎はただひたすらに土地を燃やしていった。
この間にも、死者数は刻々と急増していた。
何も考えない、ただただ車を動かすだけ。
お母さんは、お父さんは今、どうしているだろうか…もしあの火の壁の中に―
いや、きっと避難所に避難しているだろう。
そう思って疑わなかった。
そうでないと、僕がおかしくなってしまう。
車はいつの間にか熊谷まで来ていた。
不思議なことに、県境が塞がれることもなかった。
熊谷は、東京と比べればまだ被害は少ない方だった。
この時、持っている自動車やバイクが動かせる東京都民・神奈川県民・千葉県民は皆彼の様に北へと流れ出ていた。
水戸街道、青梅街道、日光街道、川越街道―
世界のどこかの戦争地域の如く、全ての道が人と車で埋め尽くされた。
―まるで、見捨てられた都市から救済を求めるかのように。
「…」
「その後は、もう何も考えずにひたすら東京を離れました。」
2月15日― 長野県山中、軽井沢。
日本晴れの空の下、「旧首都」の方面にはまるで火山が噴火した如く黒煙が上がり続ける。
その時、町では「上田への道はどっちだ」と聞いてくるタクシードライバーが居ると噂になっていた。
その男は道筋を理解するや否や、タクシーへと乗り込み上田へと向かった。
午前10時20分。彼は山奥の道へと消えていった。
震災からおよそ26時間後の出来事であった。
―「当時、震災の混乱でまだ緩かった国境の警備が更に緩かったんです。」
「―壁があの高さまであるとは知りませんでしたけどね。」
その後、浦田さんは最も警備が甘いと地元の人から言われた山奥の壁付近から…
乗りとおした車両を捨て、個人情報の一切を抹消し…
以前誰かが通った土に埋もれかけた小さく汚いトンネルを、同じように通ったという。
金は持って行かなかった。
イーストドル。
円の価値を西日本に奪われてから、東が急ピッチで作成した資産だ。
こんなもの、西側で通用しないのは十分わかっていた。
この時、彼も愛する家族と愛する土地を、自らの手で失った。
―国民センターの国民票の発行は素早かった。
窓から福岡の市街を見て、たそがれている間に直ぐに国民票は完成した。
私も、彼の運転中の心情の様に、何も考えなかった。
昼下がりの福岡は、高層ビルの窓から見下ろしても賑やかさに溢れていた。
国民票とマイナンバーカードを受け取る。
浦沢さんは、最後に私に連絡先を教えた後、
「長い体験談で申し訳ありませんでした。どうかお気をつけて。」
と、丁寧にロビーまで迎えに来てくれた。
大階段を下り、地に足を着けた瞬間私は自分の故郷を捨てたことを改めて実感した。
東側の「私」が、すれ違い様に私に向かってこう言う。
「なんで?…なんでよ。」
大きな矢が背中に突き刺さるような気がする。
でも、不思議と後悔はしなかった。
―今はただ、前を向いて歩き出すだけだ。




