6
私は勢いがあまり、前につんのめった。
外は稲妻が走り、雷鳴が轟いている。
来た。
私の好きな映画の中だ。
私はゆっくりと周囲を見渡した。この部屋は見覚えがある。この映画のラスト近くに登場する部屋だ。
ここで私が好きなミナは死ぬ。しかも、恋心を抱いた主人公ヴァンヘルを助け、ヴァンヘルに殺される。どう考えても、佐伯はヴァンヘルでくるだろう。私がミナが好きな事を知っているのだから。
「ヤバいなぁ…… 逃げきらないと……」
私は服のボタンやファスナーを外し始める。
そこに猛獣の唸り声が聞こえてきた。
来たっ!
私が振り返ると、人狼が私目掛けて走り込んできていた。
私は人狼目掛け、服を投げ付け、その人狼の腕を掴んだ。
人狼が服をはぎ取ると同時に私の視界が歪んで行く。それと同時に人狼も歪み、人狼から佐伯になり、また、違う映画の登場人物の服装へと変わっていく。
思っていた通りだ。
この男はヒーローやヒロインの相手に化ける。
私の視界が鮮明になった。目の前にいる佐伯は辺りを見渡している。
「知らないみたいね」
私は佐伯の腕を離しながら、口の端を上げた。
佐伯は私を見て、口の端を上げる。
「なるほど…… 君がリクエストをしてきた映画の中だね」
「そうよ。私とあなたは元恋人同士って事。でもね、今は敵。私が貸した写真見たでしょ?」
佐伯は私の腰に手を回してきた。
「見たよ。話も覚えている。私は希代のハンサムで不死身のドリアンだね」
「そう。そして、私は同じく不死身のミナ」
私は佐伯をナイフで切付けた。
佐伯は私から離れ、腕を押さえながら、私を睨み付けてきた。
「不死身とはいえ、痛みが走るんだ」
「でしょうね」
私は佐伯を強く突き飛ばし、佐伯の胸と壁に剣を突き立てた。
「なっ!」
「あんたには話してなかったわね。私、この衣装をリクエストした頃からあんたを疑っていたのよ」
佐伯は深く突き刺さった剣を抜こうとしていた。
「くっ…… だからって、この仕打ちはないだろ」
私は佐伯にゆっくりと絵画を掲げる。
「あら。ちょっと違うけどストーリー通りよ」
佐伯は顔を上げ、絵画を目にした。
「なっ、なんだ、その――」
佐伯の悲鳴が部屋中に響き渡った。
私は佐伯の顔を見る事が出来なかった。
私はしばらく絵画を掲げたまま、固まっていた。ドリアンはここで死ぬのだ。いや、死ぬだけじゃない跡形もなく消えるのだ。
絵画の下から佐伯の衣装が落ちるのが見え、息を吐いて、絵画を下ろした。
「三流とあなたが言った映画だけど、私は好きなのよ。有名映画だけじゃなく、ゲームだけじゃなく、漫画や小説も読んでおくべきだったわね」
私は服を脱ぎ、下着一枚になり、足首に巻いていたテグスを手に取った。
目の前が歪んで行く。
目を開けると、サツキが抱き付いてきた。
「まどかっ!」
「ただいま」
私はサツキに微笑み、サツキをベッドに寝かせ、服を羽織った。
「まどか、あいつは?」
「粉々になったわ。ストーリー通りに」
「粉々?」
私はサツキに水を差し出し、頷いた。
「そうよ。私の事を知らな過ぎたのが敗因よ。でも、サツキは知っていた」
サツキは水を受け取り、一気に飲み干した。
「美味しい…… まどかじゃなきゃ、気が付いてくれないと思ったの。あいつに掴まってからのメールはあいつに言われるままに打ってた…… 全然、自分がいうこと効かなかった…… でも、粉々って?」
私はサツキに笑い掛け、DVDのジャケットを見せた。
「佐伯はこの映画を知らなかったのよ」
「わたしも知らない……」
「でしょうね。今度一緒に見ようね。ハチャメチャで超有名な映画や小説の登場人物が出てくる話よ。私が扮したミナ・ハーカーも、この映画の中で粉々になるドリアン・グレーも、みんな、小説の登場人物なの。でも、もう、コスプレは懲り懲りだわ」
サツキは苦笑いを浮かべ、頷いた。
「わたしももう勘弁かな…」
後日、メビウスから無数の遺体が発見されたニュースがテレビを賑わせた。
携帯電話に元気になったサツキからメールが届く。
『ニュース見た? まどかが助けに来てくれなかったら、わたしもああなっていたんだよね……
でもさ、なんで抜けられなくなったのかが、未だに分かんないよ』
私は携帯電話を閉じ、向かいに座る男性の顔を見た。
「ごめんなさい。友人からだったわ」
「いいんですか、片平先生?」
私『片平まどか』の担当編集者に笑い返した。
「急用じゃないから大丈夫。それより、その書き下ろし、どう?」
「いやー、実に面白く読ませて頂きましたよ! ファンタジックホラー作家片平先生の真骨頂ですねっ! 再来月号に載せます! 絶対に凄い反響あると思いますよっ!」
私はその破顔に苦笑いを返した。
「転んでもただでは起きないですからね、私は」
「は? はあ…… まあ、経歴からすると、そうですね。で、タイトルは『永久の輪』でいいんですか? 主人公達は抜け出せているじゃないですか」
「いいの。主人公達は運良く抜け出せたかもしれないけど、他は抜け出せてないしね」
男は頷いた。
「なるほど…… メビウスリングですもんねぇ……」
私は編集者に笑い掛け、窓から見えるくすんだ空を見上げた。
そう。
永久の輪はそれに気が付かないと、抜け出せない。
裏が表になり、表がいつの間にか裏になる。
ゲームソフトやDVDで作られた永久の輪。
メビウスリング――
―了―
後書きまでお付き合いいただき、誠に恐縮です。
この拙作は、以前登録していたブログに上げた作品を加筆修正したものです。
この拙作はオマージュと言うべきものなのでしょうか。
その辺の区切りが今一つ分かっていません。でも、二次創作ではないと思います。
うーん……
大きく括ると二次なんでしょうか?
その辺もよく分かっていません。
この作品のテーマであるコスプレは、この拙作を掲載していたブログでテーマやお題を募集した処、一番最初に書き込まれた単語でした。
同テーマ『コスプレ』で、もう一つ、拙作が上がっていますが、同時期に思い浮んだネタになります。
_/_/_/_/_/_/_/
これを加筆修正している途中で、陰惨な事件が起きてしまいました。
まさに、アキバが舞台のこの作品。
あの事件直後に掲載するのは、私の中の倫理観念上、かなり逸脱した行為だったため、今まで、掲載を見合わせてきました。
本来なら、被害者の方々、その関係者の方々の心情を汲み取り、お蔵入りさせるべき拙作かもしれません。
でも、お蔵入りはさせたくなかった。完成させた、たとえ出来が悪い作品であろうと、可愛い子には変わりはないのですから。
こんな小さな機械の中だけに置いておきたくはない。せめて、私以外の誰かに読んで欲しい。
馬鹿な親心だと、嘲笑してやって下さい。
あの陰惨な事件に巻き込まれてしまった被害者の方々に、改めて冥福を、関係者の方々のお心が少しでも早く晴れることを、さらに、謹んでお祈りいたします。