5
目を開けると、そこは全く違う部屋だった。豪華絢爛といえば、いいのだろうか。だが、現実味がない。
私はベッドから起き上がり、辺りを見渡した。明らかにデジタル的な色合い。外の景色も人工的な色合いだ。
「きた」
私が推測していた通り。
いや、サツキのメールがヒントになっていた。
『最近ね、良く夢見るんだ。
フフフフ…… 夢の中でね、あたし、サクラなのっ!』
ここはサツキが好きだったあのゲームの世界だ。
ドアがノックされる。
「おはようございます、すみれ様」
私はどうやら、すみれというキャラの服を着たらしい。ゲームに興味がなかった私は、さすがに名前までは覚えていなかった。
私が黙って扉を見詰めていると、両開きの扉が開き、メイドが一礼をして、入ってきた。
「失礼します、お目覚めですか、すみれ様」
私はそのメイドを見た瞬間、胃液が逆流してきた。
顔が……
顔が腐っている……
腕の腐肉が落ち、青白い骨が見えている……
だが、彼女は平然と動いていた。腐敗臭が部屋の中に充満する。
「今日のお召し物は如何なさいますか?」
「そんなのいいからっ! 近寄らないでっ!」
私はベッドの反対側に尻込みをした。
メイドは首を傾げていた。
「すみれ様?」
「いっ! いいからっ! サツキを呼んでっ!」
メイドは首を再び首を傾げて、近付いてきた。
「すみれ様? 如何されましたか? サツキ様とは、どなたでございましょう?」
「だから、来ないでって、言ってるじゃないっ! えーっと、サツキじゃなくて、サクラよっ! サクラを呼んで来てっ!」
メイドは合点がいったように頷いた。
「ああ。サクラ様ですね」
メイドの口が上がると、ニチャという音と共に、頬の腐肉が崩れる。
私は口を必死に押さえ、吐き気を我慢した。
「お呼びしてきます」
メイドの言葉に何度も頷き、メイドが部屋を出て行った瞬間に、窓に走り、窓を全開にし、口を押さえたまましゃがみ込んだ。吐きたくなかった。極力、私を残したくなかった。私を残したら、後がどうなるか予測が付かないからだ。それにここにいた形跡を残したくないからだ。いや、知られたくないからだ。
私は立上がり何度か深呼吸をする。
緑がかなりたくさんあるのに新鮮な空気の気がしないのは、やはり、ゲームの世界、作り物の世界だからなのか。どこか肺に入ってくる空気でさえ、デジタル化した感じが拭い切れなかった。
しばらくすると、ドアがノックされた。
「サクラだけ入れてっ! あんたは入って来ないでっ!」
ドアの開く音がし、人が入ってくる気配がした。
「やっぱり来たね」
その声に全身が粟立った。
私はゆっくりと振り返りドアを確認する。よく分からないが、どこぞの軍隊の制服を着たあの佐伯が立っていた。
私の眉間に力が入る。私がここに来たことは、早かれ遅かれバレるとは思っていた。だが、まさか、ここに入ってこれるとは考えもしていなかった。
私の頭の隅で、サツキ奪回作戦が練り直され始める。どう考えようとこの状況下、ガチンコしかないだろう。ある程度、予測はしていたが、極力避けたかった。
私は軽く息を吐き、口を開いた。
「佐伯……」
佐伯は片眉を上げる。
「ほう…… 君はこの世界に縛られてないようだね」
私は肩を竦ませた。
「お生憎様。私はこのゲームを触りしか知らない人間でね」
佐伯も肩を竦ませた。
「たとえ知らなくとも、服を着てやってきた者は、必ず染まってしまうんだがな。君は余程、意志が強いのかな」
「さあね。取りあえず、サツキを返してもらうわ」
佐伯は口の端を上げた。
「それはどうかな…… 帰る気が彼女にあるかどうか。サクラ」
佐伯は少し後ろを振り返り、ドアを見た。
ドアの向こう側からサツキが静々と入ってくる。
「お呼びですか?」
私はサツキのやつれ具合に涙が出そうになった。
行方不明になってから、この世界にきてから、何も食べていないのだろう……
唇はガサツキ、髪はバサバサで目が窪んでさえきている。
「サツキっ!」
私は佐伯を払い除け、サツキの肩を鷲掴みにした。
「すっ、すみれ様、なっなにを」
サツキは驚いたように、私を見上げてきた。
私は佐伯が言った言葉の意味を理解した。私の頭がフル回転する。私はサツキの手を引き、イスに座らせた。
「すみれ様?」
「座っててちょうだい」
サツキは素直に頷いた。
私は背にいる佐伯を振り返った。
「よーく分かったわっ! ここはあくまでも貴方の世界なのねっ! 貴方が作り上げたゲームの世界なのねっ!」
「いや、勘違いしてほしくないな。ゲームを作ったのは、ゲーム会社であり、そこのスタッフですよ。ただ、ゲームの世界に魅了された皆さんを、私はお連れしたに過ぎません。言うなれば、私はゲームのプレイヤーですかね」
私は佐伯に微笑んだ。
「なるほど。じゃあ、あなたはこのゲームのプレイヤーであり、主人公なのね」
佐伯は口の端を上げた。
「そう。そして貴方は登場人物の成りをしたゲームのバク…… 大変惜しい逸材ですが、消えてもらいましょう」
佐伯はそういいながら、いつの間にか手にしていた日本刀を、ゆっくりと構えた。
私は肩を竦ませた。
「バクね…… 確かにこのゲームにはバクかもね」
私は腰から素早くナイフを取り出し、サツキの衣装を切り裂き、服を無理やり脱がせた。
「いやぁっ! 何をなさ‥る…… まっ、まどか?」
下着姿のサツキは胸を隠しながら、私を見上げる。
「助けにきたよ、サツキ」
サツキの瞳からボロっと涙が零れ落ちた。
「まどか……」
私がサツキにもう一度笑い掛け、佐伯に視線を戻すと、佐伯は口を開け、何が起きたのか、まだ、把握出来ていないようだった。
「ウィルス性のバクって増えるんでしたよね」
「な…… なんて事をっ! 私の衣装を切り裂くとはっ! なぜ、切り裂けるっ!」
私は口の端を上げた。
「私はこのゲームは知らない。でもね、ウチにもゲーム機ぐらいはあるのよ。貴方のゲームの中では貴方がプレイヤーかも知れないけど、私のゲームの中では、私がプレイヤー」
私は腰にぶら下げてきたコントローラーを佐伯に見せた。
「衣装が貴方の世界に導くなら、衣装に付けてきた物はこの世界に持ってこれるのはセオリーよね。だって、人間の体さえ持ってこれるんだから」
佐伯は肩を竦ませた。
「なるほど。頭がなかなか切れるようだ」
私は口の端を上げた。
「どういたしまして」
私はサツキにコントローラーを差し出した。
「サツキ。帰りな」
「まっ、まどか…… まどかはどうするの?」
「私の事は心配しないで」
サツキは首を振る。
「いやっ! まどかも帰ろうよっ!」
私はサツキの手にコントローラーを握らせる。
「もちろん、帰るわよ。でもね、きっちり、片を付けないとね。ゲームも終わらせなきゃ気持ち悪いでしょ。サツキのゲームはここでお終い」
私がコントローラーから手を放すと、泣き顔のサツキの顔が歪みグニャグニャと揺れながら、消えていった。
「――さてと」
私は目の前にいる佐伯に口の端を上げる。
「こんな気色悪い悪趣味なゲーム、とっとと終わらせるわよっ!」
「コントローラーを手放して何が出来る?」
佐伯は日本刀を振りかぶっていた。
私は慌ててその白刃から逃げながら、服を脱ぎ、佐伯に投げ付けた。
「悔しかったら追いかけてきなっ!」
私の服を被り振り払っている佐伯の姿が歪んでいく。
次は佐伯も何度も見たと言っていた映画だ。