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私は唾を飲み込み、秋葉原駅からメビウスに向かう。
が、メビウスのガラス戸には、ステンレスのシャッターが下り、シャッターに張り紙がしてあった。
『本日、誠に勝手ながら臨時休業させて頂きます。またのご来店お待ちしております。
深追いはしない方が身のためですよ、お互いにね。
メビウス店主』
思わず、ブーツの踵でアスファルトを蹴り上げた。
「なんでよっ!」
どう考えたって私が乗り込んで来るのを分かっていたような張り紙。
特に最後の一文は私宛のメッセージとしか取れない。
佐伯の口の端だけを上げた笑みが頭に浮かぶ。
くやしいっ!
サツキが何をしたっていうのよっ!
確かにサツキはキャバ嬢で、派手な服とかコスプレとか好きだったけど……
確かにゲームキャラになりきっちゃったりして、私をコミケまで引っ張り出したりして、傍迷惑な所もあったけど……
でも……
でも……
サツキは私の大事な親友……
「私の親友なんだから!」
私はグッとメビウスを睨み付け、サツキの家に足早に向かった。
サツキの母親は私をサツキの部屋に通してくれた。
「探し物終わったら、声掛けてね、まどかちゃん」
「ありがとう、おばさん」
サツキの母親はかなりやつれていた。
無理もない。
母一人子一人の母子家庭…… しかも、自分は病弱で思うように働けない。
サツキの母親は、縋るような目を私にもう一度見せ、扉を閉める。
私はサツキの小さな部屋をグルッと見渡し、洋服ダンスに手を掛けた。
そう……
あの佐伯が作った服を探す為に。
あの衣装と佐伯しか、考えられない。
サツキは遊びの為にキャバ嬢をやっていたわけじゃない。
家庭の大黒柱だったんだから……
鬱憤晴しやストレス解消の一端が、コスプレだったんだから……
派手なスーツや露出度が高い服に紛れて、それはあった。
『まどか。帰りたいよ……
もう、こんなトコ、嫌だよ……
助けてよ、まどかっ!』
私は佐伯からサツキにプレゼントされた服を見詰めながら、サツキのメールの一部を思い出していた。
――服を着たまま寝ちゃダメだよ――
佐伯の言葉も思い出していた。
サツキはその誘惑に負けた。誰しもあの不気味な程着心地がいい服を着て、何度も念を押されたら、好奇心と誘惑に負けるだろう。
あの男はそれを狙っていたのだ。
やはり、サツキの一番のお気に入りの服がない。
あの袴と着物のサクラというゲームキャラの服……
私は佐伯の作ったと思われる服を手に取り、窓を見詰めた。
「サツキ…… 助けにいくからね」
私は早々にサツキの母親に挨拶をし、サツキの家を後にした。
私は自分の部屋を目指す。そこが入口でもあり、決戦の場でもある。
頭の中はあの変なオブジェとあの店の名前、佐伯の顔がグルグルと渦巻いていた。
私の頭の中で既に仮説付いている。
サツキがどこにいるのか。サツキに会うにはどうしたらいいか。サツキがなぜ帰ってこれないのか……
だが、あの佐伯の魂胆が分からない。
敵の魂胆が分からずに、敵の懐に飛び込む事は、危険な行為なのは百も承知。
だが、その方法しかない。
帰ってこれないかもしれない……
私は自分の部屋の鍵を開けながら、口の端を上げた。
「それも一興じゃない。誰でも経験出来る事じゃないわ」
そう。
私は元来そういう人間だ。
無理を承知で飛び込み、この年までやってきた。
その無鉄砲さと好奇心旺盛な性格で、今の私がいる。
私は自分の部屋を見渡す。
私の十畳ある部屋の一壁は、DVDや書籍がぎっしり詰まった本棚で、床から天井まで埋め尽くされている。
佐伯は私を舐めているだろう。映画が好きなだけ女だと。いつの時代も男は女を決め付け舐めてかかる。そもそも、私の中ではあの佐伯は男ではなくなっていた。
得体の知れない化け物。
きっと、私だから、サツキは助けに求めてきたのだ。私の生業を知っているから、助けを求めてきたのだ。私だったら分かってくれると……
私は洋服ダンスを開け、その前で服を脱ぎ出した。
サツキを今から助けに行く。
その為には、まずはサツキと同じ場所に立たなくては話にならない。
「サツキ。今から行くからね、待ってて、サツキ」
私はそう呟き、口の端を上げる。
仕上げに私はサツキの部屋から持ってきた服を着る。
サツキの部屋から持ってきた服は、ゆったりとした服だった。
私は姿見を見て頷いた。
「これならイケる」
この服はサツキがあたしにくれようとしていた服だ。
サツキが好きだったゲームの中に出て来る主要キャラの一人。
私は全ての準備をし終え、ベッドを見つめた。
大きく何度か深呼吸をし、ベッドに横になる。
不安と恐怖とで心拍数が上がっている。だが、佐伯の作った服は、そんな心拍数を押さえ込み、強引なまでに眠気を誘ってくる。
私はグッと拳を握り締めた。
「さあ、ニューゲームの始まりよ……」




