3
私がミナの衣装を手にカーテンを開けると、佐伯は面白い形に曲がったオブジェを見詰めていた。
「面白い形のオブジェですね」
佐伯は慌てたように振り返り、私に微笑んだ。
「着替えるの早かったね。畳むから」
佐伯は衣装を取り、テーブルの上で薄紙に包み始めた。
私は改めて部屋を見て、同じようなオブジェがいくつかあるのに気がついた。
「佐伯さんが作ったんですか?」
「うん。たまに作りたくなるんだ」
佐伯の見ていたオブジェに手を触れてみる。
どうやら、不要なゲームソフトで、そのオブジェは作られているみたい。
これはサツキが好きだったゲームシリーズで作られているようだった。
「まどかちゃんは映画好き?」
「そうですね。普通の人よりは映画を見てると思いますよ」
佐伯は私に紙袋を差し出しながら、笑い返してきた。
「そう。そんな感じはしてたんだ。まどかちゃんは僕の服着たの初めてだよね」
私は紙袋を受け取りながら、首を捻った。
「は? あっ、はい。初めてですけど」
「だよね。一つだけ守って欲しい事があるんだ」
「守って欲しい事?」
佐伯は笑顔のまま、頷いた。
「そう。僕の服を着たまま寝ないようにね」
なんか、変な約束……
だが、服を貰う手前、頷いて、約束を交わした。
私は足早に部屋に戻り、紙袋からミナの衣装を出し、ベッドに並べた。
私は急いで服を脱ぎ、ミナの衣装を身に纏う。
甘美の溜め息が思わず零れた。
やっぱり、着心地がいい……
私は姿見の中の自分を見つめ、ふと、サツキの笑顔をサツキの言葉を思い出した。
サツキはこの着心地の良さを体験していた……
サツキが気持ちいいって、言うのが分かる……
なぜか、背筋がゾクッとする。
私は慌ててミナの衣装を脱ぎ、ベッドに投げ出した。
「なんか…… なんか、着心地良過ぎて…… 気持ちが悪い……」
私はミナの衣装を見つめていて、不意に顔を上げた。
「あの人、いつ、あたしのサイズを知ったの?」
そう気が付くと、ミナの衣装がますます不気味な存在に思えてきた。
いや、あの佐伯がますます不気味な人物に思えた。
「サツキ…… あんたは気が付かなかったわけ?」
私はミナの衣装を見詰めたまま、サツキを思った。
私は再び自分の服を着、サツキの手掛かりを探しに、夜の街に飛び出した。
探しても探しても、サツキの行方は、杳として分からなかった。
無駄足の空回りの時間だけが刻々と過ぎて行く。
何度もメビウスに足を運び、何度も佐伯に聞いてはみても、佐伯も首を捻るばかりで、なんの進展もない。その度に佐伯の服のプレゼントが部屋に増えていく。
私はあの日以来、服に腕を通してはいない。
サツキの行方を調べながら、佐伯の事もそれとなく調べ、ますます、不気味な人物に拍車が掛かった。
皆、メビウスの店主という事しか知らないのだ。生まれや育ち、ほんのちょっとした趣味趣向さえも知らないのだ。
確かに私も知らない。
メビウスの店主で、なぜか私に服をプレゼントしたがるくらいしか……
突然、携帯電話が鳴り出した。
その着信メロディを聞き、慌てて、携帯電話を開けた。
「サツキっ!」
『‥‥‥‥……』
「サツキなんでしょっ!」
『‥‥‥て……』
「サツキっ! 何処にいるのっ! みんな、心配してんだよっ! 大丈夫なのっ!」
『ま‥‥…… ‥‥‥‥‥す‥て……』
「え? なに? 良く聞こえないっ!」
『‥どか…… おね‥‥た‥け‥……プッツー、ツー、ツー……』
私は切れた携帯電話を離し、携帯電話を見つめた。
まどか、お願い、助けて……
私の耳には掠れた声で、そうサツキが叫んだように聞こえた。
「助けてって…… どうやって助ければいいのよ…… 何から助ければいいのよ」
私は窓をジッと見つめ、模索をし始めた。
警察は当てにならない。ただの行方不明者に時間を割いてはくれない。警察は事件が起きてからじゃなきゃ、動かない。
サツキは携帯電話を持っている。
電話を掛けられる状態ではある。
「GPS…… GPSよっ!」
私は慌ててメールを打ち出した。
確か、メールに自分の居場所の地図をGPSで調べ張り付ける事が出来る。
「お願い、サツキっ! 電源落としてないでっ!」
私はそう願いながら、送信ボタンを押した。
だが、サツキからの返信は来なかった……
私は窓の外を見て、朝焼けの空を見上げ、立ち上がった。
「完徹……」
携帯電話が震えた。
私は慌てて携帯電話を開くと、毎朝届く、天気メールだった。
私は溜め息を吐き、シャワーを浴びる事にした。
夕方、仕事を一段落つけ、携帯電話を見ると、受信メールの表示があった。
私はそのメール表示を見て胸が大きく鳴った。
メールボタンを押し、受信ボックスを開く。親友のフォルダに未読一件の表示がある。
祈る気持ちでフォルダを開ける。
心臓が早く脈を打ち出した。
サツキからメール……
サツキからのメールを開ける。文面の冒頭にURLが青く印されていた。
高鳴る鼓動を押さえながら、その青文字を反転させ、クリックをする。
繋がる時間さえもどかしい。画面に地図が現れた。
その場所は……
――メビウス