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私はサツキの母親から電話をもらい、初めて行方不明になっている事を知った。
母親は仕事に行く時に言葉を交わしたのが、サツキの姿を見た最後だった。
サツキの仕事場でもあるキャバに電話を掛けてみると、サツキの母親が最後に姿を見た翌日から、無断欠勤をしているみたいだ。
だが、その日から今日までの一週間、サツキは私のメールに反応し、電話にも出ていた。
そのメールや電話は、いたって普通だった。
家に帰らないとか無断欠勤するとか、そんな深い悩みを抱えているようには、感じなかった。
私はその日から今日までのサツキのメールを見返す。
やたらと佐伯の名が出てくる事に気が付いた。
あと、変な文面……
『佐伯さんが作ってくれた衣装、着ると超気持ちいいのっ! まどかも着てみなよ!』
気持ちいい……
普通ならば、着心地がいいだろう。気持ちいいを使うなら、手触りとか肌触りとかが普通だろう。
少なくとも、サツキが書き間違えるはずもない。あの子は趣味で小説を書くような子だ。それに私の仕事を知っている。
言葉には人より敏感なはず。
なのに、なぜ……
気持ちいい……
私は仕事を一段落させ、急いでメビウスに向かった。
あの佐伯に関係しているはずだ。
サツキのメールを何度も読み返し、そうとしか思えなかった。
でも、この考えは望みが薄い。
衣装が着心地いいだけで、行方不明になるなんて、常識で考えても有り得ない。
でも……
思い当るのはあの佐伯……
メビウスしかない……
目の前のメビウスは相変わらずゴスロリ風のショップに見える。
それは様々な型のメイド服がショーウィンドーに飾ってあるからだ。
私は唾を飲み込み、ガラス戸を押して店内に入った。
佐伯はショーケースのガラスを拭いていたが、私に気が付き、初めて会った日と同じ笑みを浮かべた。
「おや、いらっしゃい。今日は一人?」
「こんにちは。サツキ、最近、店に来ました?」
「サツキちゃん? 一週間前に来て、新しい衣装買っていったけど」
私は首を振る。
「サツキ、一週間前から行方不明なんですよ」
佐伯は驚いたように目を見開いた。
「え? そうなの? 知らなかった…… サツキちゃんのお店には、ここのところ、顔出してなかったし……」
「サツキ、変わった処とかなかったですか?」
佐伯は首を捻った。
「――特に気になるところはなかったなぁ」
当たり前の答だ。キャバ嬢と客、衣装屋の主と客の関係だ。普通はこういう反応だろう。
私は溜め息を吐く。
「そうですか…… 分かりました。他も当たってみます」
私が踵を返すと、腕を突然、引っ張られた。
「それより、まどかちゃんにプレゼントがあるの」
「は? あっ、いえ。困ります。第一、貰えないですし、サツキが気になるので」
「見るだけ見てよ」
佐伯は私を鏡の前に立たせ、すぐそばにあった衣装を私の前に服を合わせた。
こっ、これは……
「うん。やっぱり似合う」
佐伯は鏡越しに笑い掛けて来た。
「まどかちゃんは、ヴァンヘルのミナ・ハーカーの衣装なんて、似合いそうだなって思って、作ってみたんだ」
私は鏡越しに衣装を見詰めていた。
ヤバい…… 何だろう、この感覚……
凄い、着てみたい……
「着てみない?」
その言葉に誘導されるように、私の口が開いた。
「――じゃあ、着てみるだけ」
佐伯は口の端を上げ、店の奥に連れていく。
そこには豪華な飾りが施されたフィッティングルームがあった。
重厚感を醸し出すダークグリーンのカーテン。豪華絢爛な飾りはアールデコ風。
私は見たこともないが、中世に貴族のフィッティングルームがあったら、こんな感じだろう。と、思った。
「これが着方ね」
佐伯はA4の紙を私に差し出し、フィッティングルームのカーテンを閉める。
私は衣装と紙の間を何度も視線を走らせた。
勘と理性と欲望が、三巴の戦いになっている。
勘はなぜか危険を知らせ、理性はサツキを心配し、欲望は衣装を欲している。
でも……
着てみるだけ……
私は唾を飲み込み、衣装に手を掛けた。
着替え終えた私は、鏡を見て呆然としてしまった。
鏡に映るのは、好きなミナ・ハーカーの衣装を来た私ではなく、私風のミナ・ハーカーだった。
体にピッタリフィットしている。確かに着心地がいい。肌触りもいい。
私は鏡の前で色々とポーズを作ってみる。どんなポーズをしても、ミナに見える。
衣装が違うだけで、ここまで違うとは、正直、驚いた。
「どう?」
突然、カーテンの向こう側から声がし、私は慌てて体勢を変えた。
「あっ、はい。着心地いいです」
「良かった。ミナの衣装はさ、普段遣いでもイケるかな、と思ってさ。あっ、開けていい」
「どうぞ」
佐伯はカーテンを開け、私を見て、口笛を吹いた。
「最高っ! 思っていた以上の出来」
私は佐伯の言葉に顔が熱くなる。
「そんな……」
「ホント、最高だよ。作った甲斐があった。ね、これ、僕からプレゼントさせてよ」
私は鏡を振り返った。
欲しい……
この服は、私のモノ……
私は佐伯に微笑んだ。
「貰っていいんですか?」
「遠慮しないで。まどかちゃんの為に作ったんだから」
「ありがとうございます。あの、着替えるので……」
佐伯は私に微笑み返し、カーテンを閉めた。
私は鏡を見る。脱ぐのが名残惜しいほど、着心地がいい。
「確かに、これなら普段でも活用可よね」
私は自分のクローゼットの服を思い出しコーディネートを考えながら、着替えだした。