1
★この小説は人によっては不快と思われたり、グロテスクと思われるような表現を使用しています。
ご容赦ください。
オタクの聖地『アキバ』を歩けば、そこここでざまざまなコスプレをした人達に出会える。
コスプレイヤーのお祭りといえば、通称コミケ、コミックマーケットだろう。
開催期間中は皆自前の衣装を身に纏い、マンガやアニメ、ゲームや映画にいたるまで、そのキャラクターになりきる。
そのコスプレイヤーを目当てに、オタクなカメラマンもワンサか……
何が面白いんだろ……
なんて考えながら、今日も私は、カメラに向かってキャラクターのポーズをとる。
私は好きでやっている訳じゃない。親友の頼みだから、やっているに過ぎない。まあ、多少、コスプレに興味もあったし、この世界を覗いてみたくなり、引き受けたのだけど。その興味も世界への好奇心も一回経験すれば、満たされた程度のものだった。
だが、一度引き受けたら、ズルズルと二度三度となるのは世の常で、こうして今回も暑苦しい真っ赤なウェットスーツみたいな衣装を来て、親友の手伝いをしている。
「アスカ」
ニキビ面のカメラマンに愛想笑いをしていると、私が扮するキャラクター名を呼ぶ声がした。
「アスカ、アスカってば」
私は渋々振り返ると、大正時代の女学生姿をした私の親友がいた。
「なに、サツキ」
本名を呼ぶと、サツキは途端口を尖らせる。
「サクラって呼んでくれなきゃイヤ」
私は毎度の事ながら肩を竦ませる。
「あー、はいはい。でも、あたしはナリキリだっけ? そんなのに興味ないし。あんたに頼まれなきゃ、こんな格好、何回もしないわよ」
サツキは私の顔を覗き込んでくる。
「楽しくない?」
「別に。割のいいバイトって感じ」
「えーっ! 勿体ないよぉ! アスカにソックリなんだから」
私はサツキの言葉に再び肩を竦ませた。
サツキに言われて、渋々アニメを見たけど、似ているとは思わなかった。第一、アニメと現実の人間がソックリって事はありえないだろう。
ストーリー展開や設定はかなり面白かった。あれにハマる人が大勢いるのも、大きく頷ける。ただ、すでに成人している私が十四才の天才少女のコスプレをするのは、どうなんでしょう。
サツキのコスプレ仲間と思われる、男装の麗人と呼ぶには少し語弊がある女性が、サツキに声を掛けて来た。
サツキのコスプレ元のゲームも、サツキがやっているのを見ていて、なかなか面白かったと思う。微麗人の彼女の服装や髪型からすると、メインキャラクターの一人なのは分かる。でも確か、作中ではプラチナブロンドって設定だったと思うけど…… なぜに黄色?
サツキとその男装の微麗人が私を見て、コソコソ話している。
内容は聞かなくても分かる。どういうフィルターを通したら、二次元が三次元になるのか、小一時間、問い質してみたい処だが、恐らく時間の無駄だろう。
「――でしょ。アスカも似てるけど、あの方にも似てるでしょ?」
サツキの声が耳に入ってきた。
「――そうなのよ。どうしても嫌だって言われてね」
私は二人を残し歩き出した。
嫌なこった。このコスプレオンリーだから、今回も引き受けたようなもの。
「あっ、アスカ! 待ってよ!」
私は振り返り、小走りに走ってくるサツキを見た。
「だ・か・ら、私はアスカじゃない。あんた馬鹿?」
突然、歓声とシャッター音が湧いた。
サツキは目を見開き、突然、抱き締めてきた。
「キャーっ! なんだかんだ言ってなりきってるぅ!」
「へ? 何が?」
「アスカはね、『あんたバカぁ?』が口癖なの!」
私は二度と言うまいと心に誓った。
私は更衣室に入り、赤毛のかつらを取る。
「――とにかくさ、ちゃんとバイト代払ってよ。この前みたいに半年後は勘弁だからね」
「分かってるわよぉ。そうだっ! この後、ちょっと寄りたいところがあるの。付き合って」
私はピッタリした衣装を脱ぎ、大きく一息ついた。
「あー、生き返る…… 何処行く気なの?」
「評判の衣装屋さんっ! すっごいいいんだよっ!」
私はジーンズにノースリーブのニットを着、上にライダースジャケットを羽織った。
「仕事に間に合うの?」
「大丈夫、余裕よ。しかも、そこの店長、超カッコいいんだよっ!」
私はサツキの着替え終えるのを、適当に相槌を入れながら待っていた。
サツキはそのメビウスという衣装屋の店長の話をベラベラと話している。
サツキはキャバ嬢。
どうやら、その店長は店に何度か来た事あるようだ。
かなり嬉しそうにその店長の話をしている。しきりにかっこいいを連発する。
私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。よほど、気に入っているのだろう。もしくは淡い恋心なんて抱いているのかもしれない。
「――でも、つれないんだよねえ」
サツキは私に苦笑いを返してきた。
「冷たいの?」
サツキは首を振る。
「うんん。どちらかと言ったら、誰にでも愛想がいいの。この前、店に来た時もさ――」
サツキの話は尽きない。今度はヘルプに付いたキャバ嬢の愚痴になった。
私はサツキの後ろ斜め横を付いて、会場を後にした。
結局、私達はメビウスに向かった。
秋葉原の路地を何度か曲がり、なんか怪しい店がある通りに出た。
「あそこがメビウスだよ」
サツキが指を差す。
メビウスはその通りの中でも、異色を発していた。
表から見ている限りでは、ゴスロリショップに見えなくもない。
「こんにちはぁっ! 佐伯さん、例の友達連れて来たよっ!」
サツキはガラス戸を引き、中に入っていく。
「いらっしゃい、サツキちゃん」
私はサツキの後を付いて行くと、店内のカウンターショーケース越しに、男がいた。
確かにサツキの好みだけど、それなりかな……
「まどか、店長の佐伯さん」
「初めまして」
佐伯は私を見て、目を細めた。
「佐伯です。サツキちゃんの言う通りだ…… 似てるね」
「でしょ?」
サツキは嬉しそうに、佐伯を見詰めていた。
佐伯は私を一瞥し、サツキを見て苦笑いを浮かべる。
「でも、彼女、興味なさそうだよ」
サツキは私を見て、口を尖らせた。
「もう、まどか」
「なによ」
「少しは興味しめしてよ」
は? なんでよっ! 興味がないんだからしょうがないじゃないっ!
と、喉まで出掛り、ゆっくりと飲み込んだ。
「サツキちゃん。ほら、人の趣味趣向なんだから、押しつけるのはね……」
「だってぇ、佐伯さん」
サツキは佐伯に甘えるように腕に手を添える。
佐伯がショーケースの向こう側から出て来ていたのに、今気が付いた。
全然気が付かなかった。ついさっきまで、ショーケースの向こう側にいたはずなのに……
そんな空白の時があったのかしら。
サツキは私を一瞥して、佐伯を見た。
「まあ、いいや。佐伯さん、出来てる?」
「出来てるよ。試着する?」
サツキは既に注文をしていたようだ。
「もちろん! まどか、試着してくるから、ちょっと待ってね」
サツキはそう言って、佐伯と共に店の奥に入っていく。随分と嬉しそうに歩いている。佐伯に嬉しいのか、新しい衣装に嬉しいのか。恐らく両方かもしれない。久しぶりにあんな嬉しそうなサツキを見た。
私は肩を竦ませ、店に置いてある、商品と思われる洋服を見始めた。
しかし、凄い量だ。各メディアコーナーが作られ、その中にもコーナーがかなりの数がある。
超人気のロールプレイングゲームやアニメ、和洋問わずの人気映画。
私は洋画のコーナーの衣装を手にとった。
「すご…… これキャットウーマンじゃない。カリビアンもある……」
「凄いでしょ?」
私は肩を竦ませ、慌てて振り返った。
私の後ろに佐伯が立って微笑んでいた。
いっ、いつの間に…
全然、足音とか、しなかった…
私は佐伯にゆっくりと愛想笑いを浮かべる。
「――ええ。これ、全て手作りですか?」
「ここにあるのは見本だけどね。良かったら、鏡に併せてみない?」
佐伯はそう言って、キャットウーマンの衣装を手にとり、私の腕も取り、有無も謂せんばかりに姿見の前に連れて行く。
佐伯はゆっくりと私の体の前に、キャットウーマンの衣装を合わせてきた。
思わず、鏡の中の自分を見入ってしまう。
キャットウーマンの衣装が体の前にある……
着てみたい……
私の脳裏にそんな欲求が芽生えた。急激に唾が口の中に溜まり、思わず飲み込んだ。
「着てみたくない?」
佐伯が微笑んでいた。
「えっ! いえ、遠慮しておきます。ところでサツキは?」
「試着し終えて、着替えてるところだよ」
佐伯は私の前から衣装を外した。
少し寂しい感じがした。明らかに自分の欲求が高まっていた。でも、外されて、なぜだかホッとしたのも事実だ。
そこへサツキが奥から出て来た。頬が紅潮している。余程、嬉しいのだろう。
「もう、佐伯さんは天才だよっ!」
佐伯はサツキに微笑み返し、衣装をサツキから受け取り、薄紙に包み始めた。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ。でも、くれぐれも約束守るんだよ」
「分かってるって」
サツキは佐伯に一万円を数枚差し出した。
「はい」
「御預かりしましす」
佐伯はその万札達を受け取り、ショーケースの向こう側に移動し、簡易レジを操作する。
衣装って意外と高いのね。一着に数万も掛かるなんて、いい商売してる。
まあ、見本と言っていたぐらいだから、オーダーメイドなんだろうけど。
佐伯はサツキに衣装の入った紙袋を差し出した。
「毎度ありがとうございます」
サツキは物凄い笑顔で、嬉しそうにその紙袋を受け取り胸に抱き抱えた。
今でもその笑顔が忘れられない…
それからしばらく後、サツキが行方不明になった。




