第2章 仲の良くない二人 ~後日談
「言われた通り渡したけど……。好みじゃないからって、読まないで捨てられちゃったよ」
私は、しわくちゃの手紙を達也に返した。
お世辞にも奇麗とは言えない文字で書かれた、『川上唯子様』という宛先。
「そ、そんな……。マジかよ……」
「ああ見えて、唯はクールだからね。恋愛に関しては」
目にみえる落胆ぶり。
肩を落とし、今にも泣きそうに引き攣る表情。
決死の告白だったんだろう。
でも、私だって必死だった。
達也からラブレターの配達を頼まれた時は、目の前が真っ暗になった。
お人好しの唯が断るとは思えない……。
私がこれを彼女に届けてしまったら、きっと付き合い始めてしまう。
そうなったら私は毎日、どんな気持ちで二人を見ればいいの……。
その時、心の悪魔が囁いた、『握り潰せ』と。
届けた振りをして、受け取りを拒否されたことにしよう。
芽生える、罪悪感。
バレたらどうしようという、不安感。
でも、『中澤達也』という人物を取られたくない感情が、それを上回ってしまった。
「まいったな……。俺、明日からどうすればいいんだろ」
「私で良ければ、そばにいてあげるよ」
――その日から、達也との交際が始まった。
後ろめたさを抱えながらも、幸せな日々。同棲も始めた。
きっと、このまま結婚するんだ。そう思ってた。
でも、徐々に達也の気性が激しくなる。
帰りが遅いと、蹴られる。
献立が気に入らなくて、叩かれる。
お風呂が熱いと、突き飛ばされる……。
理由は成人式の後の飲み会だった。
手紙なんて知らないと、唯から聞いてしまったらしい。
そうか……、バレちゃったのか……。今頃になって……。
「……さん。鳴海沢さん……」
「ハッ……」
唯子の声で起こされ目を覚ますと、正面に彼女の顔。
どうやら、病室脇のソファーで居眠りをしていたらしい。
あまりにも深く記憶を覗くと、決まってこんな夢を見る。
この癖は、何とかならないものか……。
「メグの意識が戻ったのが嬉しかったもので……。無理に付き合わせちゃったみたいですみません。お疲れでしたか?」
「いや、大丈夫だ」
確かに、唯子が家まで訪ねて来た時は驚いて、そんな面倒なこと……と、あしらい掛けたのは確かだ。
だが、今回の一連の三角関係がスッキリしていなかったことを思い出し、下劣だとは思いつつも、その誘いに乗ったのは俺自身の判断だ。
居眠りも調子に乗って記憶を覗き過ぎた結果で、唯子は何一つ悪くはない。
メグこと、『鹿島 恵』。意識の戻った彼女の記憶を覗いて、最後のピースは埋まった。
とんだ親友だ。と言いたいところだが、人間なんてみんなこんなもんだ。
結局のところ彼女にも原因はあったらしい、自業自得と言えなくもない。
「昨夜、中澤君は自分が突き落したから警察に行くって言ってましたけど、なんでそんなことになっちゃったんでしょう……。それに、彼を改心させるなんて、鳴海沢さんは一体どんな魔法を使ったんですか? 昨夜は話してくれなかったけど、ずっと気になってて……」
昨夜は、まだ中澤の気が変わるかもしれないと黙っていたが、本当に自首してしまった今、旨味の欠片も残っていない。
もう、しゃべってしまっても構わないだろう。
昨夜、中澤に突き付けた事実を唯子にも告げる、日常的なDVや、転落の経緯を。
「……そして、あいつが本当に好きだったのは、君みたいだよ。それに君の親友とやらも、嘘で取り入って彼女の座を獲得したみたいだしね。嘘で固めて作り上げた愛の絆なんて、真実が明らかになれば壊れるに決まってるさ」
「メグ……嘘なんてつかなくても、私だって好きでもない人と付き合ったりしなかったのに……。昨夜だって、中澤君の告白はお断りしたし……」
昨夜の告白。中澤のアパートで調べて回ってる時だろうか。
唯子の名前を出せば中澤は落とせると踏んでいた。しかし、まさかの開き直り。
不思議に思っていたが、これで納得がいく。
あの時点で既に失恋済みだったから、中澤にかけ続けた圧力は全て、自首への後押しに働いてしまったというわけか。
「そのお断りが魔法の呪文だよ」
唯子は、不思議な顔をして首をかしげる。
俺は、思わぬ計算違いに苦笑する。
「でも、中澤君も被害者だったんですね……」
「――いや、奴は自分の命運を他人に委ねたから罰が当たったんだよ」