第7話 空腹 –– クウフク ––
私は、"また"夢の中に来ていた。
その夢は地面の全てが赤いレンガ造りで、何本か大きな時計塔––––これも赤レンガである––––が立っているのが確認できる。
しかし、その時計塔はひどく歪んでおり、暗い雲が覆う空も、心なしか歪んでいるようだ。
そしてなにより––––今回は、仲間だと思っていた、十六夜咲夜に集められたのだ。
「安心して霊夢。貴女は妖夢の次に食べてあげるわ」
咲夜が私に言う。
その表情は、殺気に満ちているように思えた。
だが、私の勘は言っている。
––––咲夜は敵ではない。
「さて、妖夢。貴女の夢は–––– オ イ シ イ ノ ?」
「ひっ!?」
咲夜は狂ったように襲いかかる。
妖夢は出現させた刀で、咲夜のナイフを、いなしていた。
「咲夜は薬で食欲を抑えてるんじゃないの!?」
「言ったでしょ?さっき貴女に飲ませたのは私の薬。私はまだ今夜の分を飲んでいないの」
「まさか、薬が切れてるってこと……?」
「ええ、そうよ。早く食べさせて頂戴!」
妖夢は怯えている。
しかし、余裕がないわけではなさそうだ。
妖夢は、咲夜のナイフが見えている。
「……遅いっ!」
攻撃の合間を縫って、妖夢が斬りかかった。
––––パチンッ
「……あれ?」
妖夢の刀は空を切っていた。
「くっ、時を止めたのか!」
「……ふぅ。なかなかの剣捌きね」
「裏切り者に褒められる筋合いはない!!」
「裏切り者ねぇ……あはっ、面白いじゃない」
「今すぐ、その不愉快な笑いを止めてやる!!」
確かに、咲夜は笑っている。
だが私は、その額に滲む汗を見逃さなかった。
もしかして咲夜はかなり疲れている?
––––ユメクイの戦い方は各々によって異なる。
まず、ユメクイはそれぞれ特有の"能力"を持つ。
また、ユメクイ自身が"武器"と認識したものを出現させることができる。
例えば十六夜咲夜の場合。
彼女は"時を操る程度の能力"を持つユメクイである。
そして、武器としてナイフを無限に出現させることができる。
また、魂魄妖夢の場合。
彼女は"剣術を扱う程度の能力"を持つユメクイである。
そして、武器として二本の刀と半霊を出現させることができる。
彼女たちの攻防は長く続いた。
2人の勝負は拮抗している、ように思えた
遠距離からナイフを用いて、手数で圧倒する咲夜。
間合いを詰め、一本の刀で攻める妖夢。
2人の戦い方は両極端な物だった。
「……くそっ、なんて数なの!?」
時を止め、無尽蔵にナイフを繰り出す咲夜。
咲夜が優勢になるのは容易に想像ができた。
「はぁ、はぁ……」
「そこだっ!!」
「ッ!?」
確かに、咲夜が押しているように見える。
しかし、咲夜の方が疲弊し、隙が多いのは明らかだった。
先ほどから、紙一重で躱している。
咲夜には、普段の余裕が見られなかった。
それに……おかしい。
もし咲夜が本気で妖夢を殺したいなら、以前のように、一瞬で––––それこそ時を止めて––––踏み込み、首元を抉るはずだ。
しかし、先ほどから時を止めるのは回避の時のみ。
攻撃に能力を使っていない。
咲夜は一体何を考えている?
「はぁ、はぁ……妖夢。さっきよりも剣筋が遅くなったんじゃない?避けやすくしてくれてありがたいわ」
「咲夜に言われたくないよ!そっちこそ、もうヘトヘトじゃない!」
「……ねぇ、咲夜」
2人が止まったタイミングで、私は咲夜を呼んだ。
2人とも一旦休戦し、私の方を見た。
「あんた、なんで本気で殺そうとしてないのよ?」
「……」
咲夜は何も言わない。
だが、私の目をしっかり見ていた。
「……ちょっと待って?咲夜本気出してなかったの?」
「もし咲夜が本気を出していたら、貴女は剣を振ることなんてできないでしょ?それは前回で、既に分かっていることだと思うのだけど?」
「た……確かに……ッ」
咲夜がその気になれば、妖夢は手も足も出ない。
それはすでに経験していたことだ。
妖夢も悔しそうだが、認めているようだ
「何が言いたいの、霊夢?もしかして、貴女から先に食べて欲しい?」
「ええ、いいわよ?食べたいなら食べればいいじゃない」
「……」
「どうしたの?私は無抵抗な人間よ?ユメクイにとって、これ以上の獲物はないでしょう?」
私は両手を広げ、咲夜にアピールした。
しかし咲夜が私を襲うことはなかった。
「……はぁ、わかった。もういいわよ」
––––バリッ
「終わりにしましょう」
空が割れ始めた。
「ま、待ってよ!私、状況が掴めてないんだけど!?」
「咲夜は裏切ってなんかないってことよ」
「え……?」
「おそらく、妖夢の強さを見る為。あるいは私と妖夢にユメクイ同士の戦い方を教える為。もしくは、その両方かしら?」
「え?ほ、本当なの、咲夜!?」
「………………はぁ、霊夢。貴女の勘は本当にすごいのね」
「どうも」
––––十六夜咲夜の夢は崩壊した––––
「……ふぅ」
私たちは戻ってきた。
咲夜が溜め息を吐いた。
「咲夜、本当は薬なんて切れてないんでしょ?」
「当然よ。私の薬は切れてないわ。そんな失態、この私が犯すわけがないでしょ?」
「薬が効いてる状態で夢を集めるのは相当疲れるの?」
「……貴女には全てお見通しなのかしら?そこまでくると怖いわ」
咲夜が呆れたように答えた。
「ユメクイの集めた夢は、ユメクイの捕食の意思によって保たれてると言ったでしょう?だから、食欲が湧いてない場合は、その世界を維持するどころか、そもそも夢を集めることさえ、普通のユメクイには出来ないわ」
「況してや、薬の効果で食欲を"消している"状態なら尚更…………ってこと?」
「ええ、そうよ。こんな風に自由に夢を集められるようになるには、相当な熟練度が必要になるわ。こんな芸当は、私のように力のあるユメクイにしか出来ないでしょうね」
咲夜は、またしても謎の自信を持て余していた。
「だから、あんなに疲れてたんだ……」
「そうよ。そんな状態の私と互角程度で、他のユメクイを倒せるのかしら?」
「……」
妖夢は黙り込む。
「貴女がこれから戦おうとしているユメクイは、今まで相手にしていた人間とは違うの。自分がユメクイだから分かると思うけど、ユメクイは夢の中で超人的な身体能力を得るわ。個々の能力とは無関係にね。だからこそ、人間に負けるなんてことはあり得ないのよ」
さらに咲夜は続ける。
「だから妖夢には危機感を持って欲しかった。常に命の危険をかけて戦うことに対する心構えも一緒にね」
「……」
「さっきの私は、普段の私よりも相当弱かった。他のユメクイだって、身体能力に加えて個々の能力があるからもっと強いわ。危機感を持ちなさい」
「う、うん……わかったわ」
「……でも」
俯く妖夢に咲夜が笑いかける。
それは裏側に何かが潜んでいるような笑みではなかった。
「貴女も本気を出していなかったでしょう?私を本気で殺そうとは思ってなかった。現に、半霊を使った攻撃もしてないし。だから……貴女ならできると思うわ。一緒にこれから頑張りましょう?」
咲夜は妖夢の肩に手を置く
先ほどの置き方とはまるで違う、安心感のある置き方だった。
妖夢は顔を上げた。
妖夢の顔にもまた、笑顔があった。
そこは穏やかな、ほんわかとした空気のだった。
そんな中、私はあることを考えていた。
そしてそれを口に出す。
「…………お腹すいた」
「え?ああ、そう言えば、ずっと食べずに放置していたわね」
「冷めちゃったかしら」
私は立ち上がり、用意された食事に手をかざす。
「あれ……?まだほのかに温かい……?」
「まあ、現実世界の時間ではまだその程度の時間しか流れてないってことよ」
「そうなの……?」
「夢の中での時間の流れは特殊よ。少ししか寝てないはずなのに、かなり長い夢を見た経験くらいあるでしょう?」
「あぁ、そういうことね」
「でも、流石に冷めてるわ。温め直してくるわよ」
「別にこのままでも平気よ?」
「遠慮しなくていいわ。そんな冷めたものを客に出すなんて、私が許せないだけよ」
「私、客ってわけじゃないと思うけど……」
少しツッコミを入れつつも、咲夜の好意に甘え、温めなおしてもらうことにした。
「じゃあ、私は帰るね。何か分からなくなったりしたらここに来るよ」
「別に遊びに来てもいいのよ?」
「あはは……」
なんだか妖夢は気まずそうだった。
そうして2人とも病室から出て言った。
室内には私と魔理沙だけが残された。
––––霊夢を助けたこと、後悔してないぜ!
魔理沙は最後、そう言っていた。
この言葉に嘘はないと思う。
だけど……どうしても……
罪悪感だけは拭えなかった。
「魔理沙……ごめんね……」
私は魔理沙の頭を撫でた。
––––コンコン
扉を叩く音がする。
咲夜だろうか?
「入っていいわよ」
「失礼するわ」
入って来たのは咲夜ではなかった。
「永琳……?どうしたの?」
「いや、咲夜がなかなか戻らないから、何してるのかと思って見に来たのだけど……ここにも居ないのね」
「ああ、咲夜なら私のご飯を温めなおしに行ったわ」
「そう。2人で話し込んでたの?」
「ええ、まあ……そんなところかしらね」
「もしかして……また?」
「また…って?」
「あぁ、意味が分からないなら気にしなくていいわ」
永琳は、そこで話を切ろうと右手を軽く上げる、
しかし私は、永琳のその対応で、彼女が何を意図していたのかを理解した。
「––––ユメクイのことなら、"また"集められたわよ」
「……本当に記憶が残っているのね」
「忘れたくても、忘れられないと思うけど」
「そういうものじゃないのだけどね……にしても、大分時間がかかってるわね?」
「色々あったのよ」
「色々?」
「えっと、この10分の間に2回集められて……」
「2回も集められたの?」
「ええ、1回は魂魄妖夢っていうユメクイに集められて、もう1回は咲夜に集められたのよ」
「咲夜が夢を集めた……?」
「もちろん、誰かを食べるためじゃないわよ」
「そりゃあそうでしょうね。あの子は人を食べたいだなんて絶対に思わないわ。たとえ薬が切れてもね」
「あ、そういえば……貴女たち親子だったのね。血は繋がってないらしいけど」
「ええ、そうだけど……あの子を養子に迎えたのは、ついこの間の話よ」
「え、そうなの?」
「まあ、色々あってね……1年くらい前のことかしら?」
「そんな最近のことだったのね……」
「……あの日の咲夜は、1人の少女を抱えてこの病院にやって来たわ。ちょうど、今日の貴女と同じようにね」
「……え?」
「運び込まれた子は、まだ意識が戻らない。魔理沙と同じ状態で、1年間ずっと」
「そんな……」
––––少し昔の私を見ているようだわ
不意に咲夜の言葉が蘇ってきた。
「さて……これ以上のことは私から言うことじゃないわね。気になるなら咲夜に聞きなさい」
「ええ、そうするわ」
「それともう1つ、連絡事項があるわ」
「何?」
「魔理沙の手術が、明後日に決まったわ」
「そう、分かったわ。よろしくね」
「ええ、しっかりやるわ。任せなさい」
永琳はそう言って病室から出て言った。
入れ替わるようにして、咲夜が入って来る。
「はい、温め直してきたわ」
「ありがとう」
「院長、ここにいらしてたの?」
「ついさっきまでね。そこで会わなかったの?」
「私が来たのとは逆の方に向かったもの。ただ、その後ろ姿が見えたから、ここに来たのかと思っただけよ」
「そう。……ねぇ咲夜、永琳から少し聞いたのだけど……」
「もしかして昔の話?あまり思い出したくも、答えたくもないのだけど」
「どうして?今でも、この病院にいるんでしょ?」
「あら、そんなことまで聞いたの?……喋りすぎね、あの人」
「……私が昔のあんたと似てるってのは、そういうことだったのね」
「そうね。貴女の姿は、完全に昔の私とダブって見えていたわ」
咲夜は虚空を見つめていた。
その瞳には、何かが映っているような気がする。
「とにかく、この話は明日にしましょう。今日はこれを食べて、早めに休みなさい。今晩ここで寝るつもりなら、毛布でも持ってくるけど」
「いや、一旦帰るわ。家にほとんど荷物なんてないけど……着替えくらいは欲しいもの」
「ナース服なら貸すけど?」
「嫌よそんなの!」
私は怒った。
そして、咲夜が笑う。
その場には和やかな空気が流れていた。
「私は泊まり込みで働いてるから、何かあれば、いつでも呼んでいいわ」
「あんた、病院に住んでるの?」
「正確には病院の裏に家があるから、泊まり込みとは違うかもしれないわね。院長も一緒に住んでるから、いつでも急患に対応できるようになってるのよ」
「へぇ……なるほどね」
「じゃあ失礼しますわ」
そう言って一礼すると、咲夜は病室を後にした。
その姿を確認し、魔理沙へ視線を落とす。
––––魔理沙は安らかな表情だ。
もちろん、その表情は何があっても変わることなどないのだろうが。
そして私は食事に手をつけた。
「……美味しい」
それは、とても温かかった。
*キャラ設定(追記なし)
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」
17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」
17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。
【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。
武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。