第5話 ユメクイ⇒ヒト –– ユメクイ ナラバ ヒト ––
––––あれ?ここは?
私は、見知らぬ場所で目が覚めた。
こんな場所に来た記憶はない。
況してや、眠った記憶なんてもっとない。
辺りを見渡すと、いくらか木が生えている。
そんな木々の間から、日が差しているのが分かった。
そんな中で私は親友を見つけた。
「おーい、霊夢。ここはどこなんだ?」
その親友––––博麗霊夢は、私の声に反応し、大袈裟な振り返り方をする。
「………ぇ…?」
なぜか驚いているようだ。
人の顔を見ていきなりその反応とは、なかなか傷つくものである。
私は上体を起こし、霊夢に声をかける。
「何だよ霊夢、私の顔に何かついてるのか?」
霊夢は驚きのあまり、口をパクパクさせていた。
あ……あ……などと、情けない声を出している。
「あら、夢の中では正常に活動できるのね」
すぐそばに、銀髪を2つに束ねた長身の少女が居ることに気がついた。
霊夢の知り合いだろうか?
––––しかし、私の知らない奴だ。
はっきりと明言するのは、いささか恥ずかしさがあるが、私と霊夢はいつも一緒にいることが多い。
だから、霊夢の交友関係は大方把握していた。
加えて霊夢は、自ら進んで関係を広げようとはしない。
だから、霊夢が知らない私の知人は居るとしても、逆は殆どありえない。
––––こんなこと考えるなんて、私が霊夢を束縛しているみたいじゃないか。
心の中で苦笑する。
「……その顔だと、やはり私のことを覚えていないみたいね。まあ、それが正しい反応なのだけど」
銀髪の少女––––幾らか私より年上に見えるが––––は、うっすら微笑みながら言った。
「改めて自己紹介するわ。私は十六夜咲夜。よろしくね、霧雨魔理沙さん?」
「な、何で私の名前を……?」
「まあ……いろいろあったのよ」
何だかはぐらかしている気もした。
とても気になったが、それ以上に気になることがあった。
「おい霊夢?いい加減なんか喋ったらどうだ?」
そこで霊夢は我に帰ったように、目を見開いた。
左手が圧迫される。
ふと見ると、霊夢は私の手を握っていた。
そういえば、さっきからずっと握られていた。
「まりさ……?」
霊夢が弱々しい声を出す。
霊夢のこんな声を聞いたのは、いつ以来だろうか?
「おう!霧雨の魔理沙さんだぜ!」
そんな弱々しさは私が吹き飛ばしてやるぜ!
そう思いながら、私は元気に名を告げる。
当然、霊夢は知っているだろうが。
「––––魔理沙ッ!!」
「うぉっ!?」
急に霊夢が私に抱きついた。
私はつい、変な声を上げてしまった。
「ど、どうしたんだ霊夢!?」
私は訳が分からなかった。
「はぁ……私が説明するわ、魔理沙」
咲夜が言う。
大人びている彼女は、その容姿も合わさって、瀟洒という言葉が似合っていた。
「貴女、ユメクイを知っているのよね?」
「ユメクイ……?ああ、あのネットに書かれてたやつか?」
「ええ、おそらくそれよ。そして貴女はそれに喰われたの」
「そうか私はユメクイに………えぇっ!?!?」
端的に、冷静に説明する咲夜とは対照的に、私は大きな声を上げて驚いていた。
「ユメクイに喰われるって……そりゃあ、あれだろ?窒息しちゃうんだろ?私、死んでないぞ?」
「ええ、死んでないわ。だけど、貴女は既に窒息しかけたのよ」
「はぁ???どういうことなんだ???」
「簡単に説明すると、ユメクイは人の夢を集めて繋げる。そしてその夢の中で人を食べることで空腹を満たすのよ」
「ふむふむ」
「そして、その夢の中での出来事は、普通の人間は覚えていることが出来ず、忘れてしまう。つまり、喰われたことも忘れてしまうのよ」
「……それが今の私ってことか?」
「ええ。喰われた貴女は、霊夢の家で呼吸が止まったの。そんな貴女はすぐに病院まで運ばれて、応急処置を施された。意識は戻ってないけど、一命を取り留めたのよ」
「意識は戻ってない?私は意識があるぞ?」
「ここは現実の世界じゃないわ。夢の中よ」
「え?んーと……つまり?」
「私たちは、"また"夢へと巻き込まれてしまったのよ」
「そうか……ここは夢の中なのか……」
納得できるようなものではなかったが、それを受け入れる他なかった。
私は、私に抱きついている霊夢を見る。
霊夢は私の腹あたりに顔を埋めて、動かない。
微かに鼻水をすするような音がしている。
霊夢……泣いてるのか?
霊夢の泣いたところを見るなんて、これこそ、いつ以来だろうか?
「その子が、貴女を必死になって病院に連れ込んだのよ。今貴女がこうしていられるのも、彼女のおかげね」
「そうか……私は霊夢に助けられたのか……」
「ぢがゔ!!」
「うわぁっ!?」
霊夢がいきなり顔を上げた。
その顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
私は純粋に驚いた。
「魔理沙は……私を助けて……私の身代わりにッ」
「れ、霊夢……?」
私は親友の弱っている姿にオロオロすることしか出来なかった。
「魔理沙、貴女は夢の中で霊夢を救ったのよ。その子が喰われそうになったとき、貴女はその子を突き飛ばして、身代わりとなって喰われたの」
咲夜が告げる。
「……はっ、私らしいじゃねぇか。良くやったぜ、私」
「よ"く"な"い"い"い"い"!!!!」
霊夢がまたしても、いきなり叫ぶ。
その様子は駄々をこねる子供のようだった。
俯き、少し間を置いて、落ち着いた霊夢が声を出す。
その声は、震えていた。
「私が……私が巻き込まなければ……魔理沙は喰われなかったのに……元気でいられたのに––––」
霊夢は、ぐっと何かを堪えた。
「––––違うわね。こんな風に嘆いたら、せっかく魔理沙が救ってくれたのに、その行為を無駄にしてしまう」
そして普段の霊夢に戻っていた。
「助けてくれてありがとう、魔理沙。今度は私が助けてみせる……!!」
霊夢は何かを決意したような表情を浮かべる。
「……イマイチ、まだ状況が掴みきれてない…と言うより、全く掴めてないが……とりあえず、霊夢が立ち直ってくれて良かったぜ!」
私は元気よく霊夢に言った。
しかし、あることに気がつく。
「そういえば、その……前回の夢での出来事を、霊夢や咲夜は覚えてるのか?普通の人間は忘れちまうんだろ?」
「ああ、それは、私も霊夢も普通の人間じゃないからよ」
「え……?」
「私は、撒き夢なの」
霊夢がポツリと言った。
私は言葉の意味がわからない。
「マキユメ……?」
「ユメクイを引きつける餌、みたいな人間らしいわ。そしてこれから何度も何度も、夢に引き込まれてしまうらしいのよ」
「そんな……それって、ユメクイに喰われる確率が高くなっちまうってことだろ!?」
霊夢は諦めたような、悲しい目つきをした。
少し間を置いて、咲夜が話す。
「そして私はユメクイなのよ」
「え!?」
私は驚きが隠せなかった。
なにせ、私たちを餌とする天敵が、こんなにも近くにいたのだ。
「でも安心して、私は人は喰わないわ。ユメクイを喰らうのよ」
「ユメクイを喰らう……?」
「正確には"殺す"だけだけど。食べようとは思ってないわ」
咲夜は私から霊夢へと視線を移す。
「そして霊夢も、私たちと共に戦うと決意してくれた。今はまだ、ただの撒き夢だけどね」
「霊夢……それは本当か?」
「ええ。私は咲夜と共に、ユメクイになってユメクイを殺すわ」
「だ、ダメだ霊夢!!」
私は大きな声を上げていた。
「でも、そうしないと、私は何の力も無いまま夢の中に引き込まれてしまうのよ?」
「……そう、だけど……もし霊夢が戦って、ユメクイを殺しちまったら……間接的に、人殺しになっちまうんだろ?」
「……え?」
「そうね。現実世界では私のように、ユメクイは人間に紛れて生活しているわ。それこそ、普段は人間と変わりないから見分けなんてつかない。だからこそ、夢の中で殺しているんだもの」
「……私は、たとえ罪人でも、殺しちゃいけないと思う。夢の中で殺せば、外見上はただの窒息死。霊夢が罪に問われることはなくても……霊夢に、殺人の重圧を背負わせたくない……!」
「わたしが……ヒトゴロシ?」
霊夢の顔から血の気が引いていた。
「ああ、そうだぜ霊夢!私は霊夢に、そんな風になって欲しくはないぜ!」
「……はぁ、要らないことを言ってくれるわね」
咲夜が悪態を吐く。
「せっかく霊夢が決心してくれたのに……どうしてくれるのよ」
咲夜は大きくため息を吐いた。
「ねぇ咲夜」
霊夢が咲夜に問う。
「何よ?」
「咲夜は、どうして……ユメクイを殺すの?」
「……」
「どうして躊躇わずに、殺せるの?」
「……さあね、そんなの忘れちゃったわ」
「教えてよ。あるんでしょ?戦う理由が」
「随分と深入りしてくるのね」
「教えなさいよ」
「はあ……そうね。あなたが決意したときの理由と同じようなものよ。私も仇討ちという名目で、自分の為に殺しているのよ」
「それが……私と同じ理由?」
「そうでしょ、霊夢?貴女は、喰われた魔理沙の仇討ちという名目で、自己嫌悪に陥らない為に、ユメクイを目の敵にしているのよ」
「……!」
「いい顔してるわ、霊夢。図星だったみたいね」
「……ええ、そうよ。私はそんな理由で、人殺しをしようとしていた……」
霊夢はグッと目を閉じた。
そしてゆっくりと開く。
「でも、私を動かすには十分な理由かもしれない」
「……本当に、少し昔の私を見ているようだわ」
––––この手、離しちゃダメよ。
––––咲夜!後ろ!!!
「咲夜?」
「ッ!……な、なんでもないわ。少し昔を思い出してしまっただけ」
咲夜は遠い目をしていた。
その目には、咲夜の大切な人が映っているのだろうか?
「そんなことより、そんなに呑気に話してる場合じゃないわよ」
「どうしたんだ?」
「ここは夢の中。その夢の主であるユメクイがいるはずよ。今も虎視眈々と、私たちを狙っているかもしれない」
咲夜は辺りを見渡す。
「生憎ここには、たくさん木が生えている。死角は多いわね」
「そのユメクイを倒さないと、ここからは出られないのか?」
「いや、ここから出る方法は全部で3つあるわ」
咲夜は親指、人差し指、中指を立てて、霊夢と魔理沙に突き出した。
「まず1つ目は、ユメクイが満腹になるのを待つ。この夢の創造目的は捕食。つまり、その目的が果たされれば自然とこの世界は崩壊するわ」
咲夜は中指を畳む。
「そして2つ目は、何らかの方法でユメクイに捕食を諦めさせたとき。魔理沙は見ていないし、見ていても忘れてしまっているでしょうけど、前回の夢の崩壊はこの方法によるものだった」
咲夜は人差し指を畳む。
残った親指を、自らの顔へと向けた。
……しかも何故かドヤ顔。だけど、それが絵になる。
なんとなく、ムカつく奴だ。
「そしてもう1つは、ユメクイにしか出来ない方法––––ユメクイを殺すことよ」
咲夜は微笑みながら、腕を下ろす。
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
咲夜は笑う。
その笑みは、己の強さへの自信から来るものなのだろうか。
実際、咲夜は強いのだろう。
霊夢の様子を見るかぎり、咲夜の実力に一目置いているように思える。
霊夢にそんな風に思われている咲夜に、少しばかり嫉妬していた。
そして同時に、頼りにもしていた。
「咲夜!後ろ!!!」
そんなことを考えていると、突然霊夢が叫んだ。
「何叫んでんだよ霊……む…?」
––––気付けばそこには、銀髪の頭が転がっていた。
*キャラ設定(追記なし)
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」
17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。