第19話 親子 –– オヤコ ––
「貴女が、この世界のユメクイね?」
ふと、声がする。
それは突然だった。
つい先ほどまで、そこに人の気配などしなかったのだが……
というよりも、人間がいるはずがないのだ。
––––私は、飛んでいるのだから。
「誰かしら?」
「名乗る意味がある?」
「そうね……無いかもしれないわ」
「……貴女、既に誰かを喰ったの?」
「え?あぁ……喰べたわよ。なかなか美味しい子だったわ。でも、どうして分かったのかしら?」
「口の周りにそれだけ血を付けていれば、簡単に想像できるわよ」
「ふふっ、それもそうね」
「でも……おかしいわ」
「何かしら?」
「まさか貴女、"自分の口"で人を喰べたの?」
「もちろんよ。それ以外の何処で喰べると言うの?」
「……ユメクイは決して、自分の口で人を喰らうことはないわ」
「?」
「ユメクイ自身のものではない、別の大きな口が現れて……人を喰うのよ」
「貴女が何を言ってるか分からないわ。そのユメクイって何なのよ?」
「貴女のように、人間の夢を集めて喰べる生き物のことよ」
「……ふふっ、あははは!」
「何がおかしいの?」
「人間の夢を集める?そんなこと、私してないわよ?」
「……どういうこと?」
「ここは私が作った夢だもの。他の誰のものでもないわ。私は自分の夢に人を––––ありとあらゆる生物を引き込むの」
「……?」
「教えてあげるわ。私はこの世界の全てを操ることができるの。もちろん、貴女のこともね」
「……ッ!!」
––––パチンッ
時が止まっている。
なるほど。
私にこの夢を操る能力があるように、彼女には時間を操る能力があるのだろう。
どうして彼女にそんなことができるのか?
彼女は人間ではないのか?
そんな疑問が浮かんだが、すぐに興味を失った。
だって私には––––どんな能力も無意味だもの。
具現化させたナイフを手に、彼女は私との距離を詰める。
「物騒なものを持ってるのね」
「ッ!?!?」
「ふふっ、なんて顔してるのよ?」
「な、何故……?時間は止めているはずなのにッ!?」
「言ったでしょう?私は、この世界の全てを操ることができるのよ」
「そんな……私の能力が……通用しない?」
––––パチンッ
時間が流れ始めた。
彼女の能力は、私によって殺されたのだ。
「貴女も、霊夢と同じような匂いがする……けど、紛い物ね」
彼女からの返事は得られない。
「さて、貴女には消えて––––ん?」
––––天網蜘網捕蝶の法
私の周りに、得体の知れないレーザー光線のような何かが、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた。
それは私に命中させるよりも、私の動きを制限することを目的としているように思われた。
私はその光源へと視線を移す。
そこには医者の風貌をした女がいた。
「咲夜に––––私の娘に、手出しはさせないわ」
「か、母さん!?」
「咲夜、貴女は下がっていなさい」
空を飛ぶ目の前の彼女もまた、人に非ざる存在なのだろう。
そんな彼女は、私に大きな弓矢を向けていた。
「貴女は霊夢と同じ匂い……」
「夢を終わらせなさい!!」
そして彼女は、私に矢を放つ。
––––夢操天生
彼女の矢は私の居る地点を"通過"した。
「当たっていない……?」
「美味しそう」
「ッ!?」
私は彼女の方へと向かう。
––––辺りに張り巡らされたモノなど、気にも留めずに。
「どうして……貴女から––––貴女"達"からは霊夢と同じ匂いがするのかしら?」
「霊夢と……同じ匂い?」
「ええ、特に貴女からはハッキリとするわ。さっき食べたウサギちゃんも同じ匂い」
「ウサギ……?まさか、優曇華を喰べたというの?」
「ウドンゲ?それがあの子の名前なのかは知らないけど……そうね」
––––幻朧月睨
「それは優曇華の……ッ!?」
「へぇ……面白い能力ね。相手のリズムのような何かを操ることができるのかしら?」
私は彼女の目の当たりの何かを弄っている。
……そういうような感覚、というだけだが。
相手のリズムを狂わせることで、五感に干渉できる……というようなものなのだろうか?
とにかく私は、そんな能力が備わった。
––––とはいえ、この能力も私の"夢を操る程度の能力"の一部であるに過ぎない。
私はこんな能力を得ずとも、同様のことができるのだ。
おそらく目の前の彼女の視界はグチャグチャになっていることだろう。
平衡感覚を失い、フラフラとしている。
「ふふっ。もう貴女には私を捉えられていないでしょう?さぁ、私の餌になりなさい!」
私は彼女に手を伸ばす。
彼女は私の腕すら捉えられない。
捉えたところで、どうすることもできないだろうが––––
「お母さん!!」
声がした。
聞き覚えのあるような––––そんな声が。
「……霊夢?」
私は振り返る。
そこには霊夢の面影がある少女がいた。
「貴女……霊夢なの?」
「お母さん……どうして?」
「私の知ってる霊夢は、もっと小さいはずなのだけど?ねぇ––––紫?」
霊夢であろう少女の背に負ぶさるような形になっている彼女は私の信頼できる友人––––八雲紫である。
紫は霊夢と異なり、ほとんど外見に変化はなく––––少し老けた気がするが––––すぐに本人だと理解できる。
「久しぶりね、操夢。なんだか今、不必要な考えをしていたみたいだけど?」
私に対して凄む紫。
私は勘が冴えると自負しているが、紫の"ある話題"に対する勘は私のそれを遥かに凌駕するものだ。
「そんなことないわ。紫は相変わらず綺麗よ?」
「誰も私の容姿のことなんて言ってないのだけれど?」
「ふふっ、本当に"相変わらず"ねぇ」
「……ふざけるのも大概にしましょう。貴女……どうして生きてるの?貴女はあの時の事故で––––」
そうだ。
私はあの事故で死んだはずだ。
最期は幼い霊夢の顔を見ながら逝ったはずだ。
––––どうして私は生きている?
「私にだって分からないわ。目が覚めたらこの病院の地下に居た。それだけよ」
「やはり八意永琳、貴女の仕業……って、消えた?」
私は振り返る。
いつの間にか、そこには誰もいなくなっていた。
「え?あら、本当ね。時を操る子も居ないみたいね」
時間を止められた気はしなかった。
では、どうして消えたのだろうか……?
「……まあ、関係ないわ。どうでもいい」
私は見据える。
「どうして成長しているのかは知らないけれど……久しぶりね、霊夢」
「お母さん……?」
「操夢、貴女……その目はまるで、獲物を狩る目のような––––」
私は、私の餌に––––博麗霊夢に手を伸ばした。
「ごめんね霊夢。お腹が空いて堪らないの」
母は私の頭に手を乗せながら言った。
「え……?」
それは遠い記憶の中にあった、優しくて柔らかくて暖かい、母の手だった。
––––だが、その手が酷く怖かった。
「だから大人しく私に…………?」
でも私にその手を振り払うことなど出来る訳がなかった。
だって、大好きなお母さんが––––
「貴女…………本当に、霊夢なの?」
「……え?」
私はさっきから母の言葉を聞き返すことしかしていない気がする。
しかし、そうせざるを得ない程度には、母の言動は理解に苦しむものだった。
「なんだか……匂いが混じってる」
母は私に顔を近づけ匂いを嗅いでいた。
「……お母さん?」
「違う。霊夢の匂いじゃない」
「どういうこと?」
「霊夢はどこ?」
やはり私には、母の言動が理解できない。
「操夢。貴女は一体何を言ってるの?」
「紫、霊夢は何処にいるの?」
「だから、貴女は一体何を––––」
「博麗操夢!!!」
突然声がする。
私や紫のものではない。もちろん母のものでも。
「博麗霊夢を探しているなら、私について来なさい」
そこには姿を消していた十六夜咲夜が居た。
「霊夢に会えるなら喜んでついて行くわ」
母は私を探しているようだが、私には目もくれずに咲夜の方へと振り向いた。
––––ブンッ
「ッ!?」
一瞬で景色が変わった。
ここは……病院のフロント?
でも、私はさっきまで空を飛んでいたはずだ。
それにしても今のは––––風?
「やはり"夢を操る"とは言っても、私には追いつけないようですね」
「な、なんであんたがここに––––ッ!?」
少し暖かい風が吹いていた。
*キャラ設定(追記なし)
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
武器として御札を出現させる。
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。
○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」
国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。
○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」
40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの元となる存在。
【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。
・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。
夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。