第17話 無力 –– ムリョク ––
私は、"元"魔理沙の病室にいた。
ここには私のよく知る2人が眠っている。
1人は、咲夜の夢の中で殺されたルーミア。
もう1人は、その夢と同タイミングで展開された誰かの夢の中で殺された八雲紫だ。
––––私は、無力だ。
––––私には、何も出来なかった。
「私も……ユメクイなのに」
"空を飛ぶ程度の能力"
それが私の能力だった。
しかし––––そんな能力無くとも、ほとんどのユメクイは空を飛ぶことができる。
私の能力は無意味だった。
寧ろ私は、この能力が無ければ飛ぶことすらできない、"出来損ないのユメクイ"なのだ。
「誰も……守れない」
––––コンコンコンッ
扉が叩かれる。
私が返事をすると、扉は開かれた。
そこに居たのは、十六夜咲夜だ。
「食事を持って参りましたわ」
外は暗くなりはじめていた。
咲夜が、少し早めの夕食を持って来た。
「……ありがとう。いつも悪いわね」
「別に私は、院長に言われて持って来てるだけだもの。仕事のうちよ」
「そう」
咲夜が食事の乗ったトレーを、病室に備え付けられている棚の上へと乗せた。
「ここに置いておくわ。少ししたら取りに来るから」
「……今日のは、貴女の手作りじゃないのね」
それは、明らかに咲夜の料理とは思えなかった。
「私は、他の仕事がたくさんあるのよ。貴女の食事に構っている暇なんてないわ」
「……そう。でも、用意してくれてありがとう」
「だから、仕事のうちだって言ってるでしょう?」
はぁ、と溜め息を吐きながら咲夜は扉を開けた。
「それじゃあ、失礼致しますわ」
一礼する咲夜。
「ちょ、ちょっと待って!」
「……何よ?」
私は咲夜を呼び止めた。
「咲夜はどうして、戦うの?」
「は……?」
咲夜は扉を閉めた。
「……突然どうしたのかしら?私が戦う理由なんて、聞いてどうするの?」
「どうする……ってわけじゃないけど、聞きたくなって」
「はぁ……もしかして戦うのが怖くなったとか?」
「え?」
「もしくは……そうね。戦っても、勝てる気がしないとかかしら?」
「……そう、かもしれないわ。私は、誰も守れない––––何も出来ないッ」
「はぁ……」
咲夜は私に近づくと、私を見下ろすように立った。
元々身長の高い咲夜だが、私が椅子に腰掛けている分、余計に高く見えた。
またそれだけではなく、咲夜の威圧感や纏うオーラも、彼女自身を大きく見せていた。
「……貴女、本当にユメクイかしら?」
「え……?」
「ユメクイには何故か、自尊心が高い者が多いわ。おそらく己の力への自負からくるのでしょうね」
確かに今まで見て来たユメクイのほとんどが、自尊心が高かった気がする。
「そして、その自尊心こそが強さの秘訣よ。自分を信じられない者に、他人を守ることなんて、出来るはずがないでしょう?」
私は何も言えなかった。
そして咲夜は、突然笑う。
「……ふふっ、まあ、"出来損ない"には無理かもしれないけど」
「ッ……」
「安心しなさい。貴女がこの病院にいる限り、私と貴女は高確率で同じ夢に巻き込まれるでしょう。私が同じ夢にいる限り、貴女のことは私が守ってあ––––」
––––––––––ザワッ––––––––––
「––––げる、わ……?」
辺りが一変した。
座っていた私は尻餅をつきそうになるも、"飛ぶ"ことでそれを回避した。
「また、巻き込まれたみたいね」
咲夜が言う。
私は何も言えない。
「最近多すぎるわ。やはり、ユメクイが増えてきているということかしら?」
私は何も出来ない。
「霊夢?顔が真っ青だけど……どうしたの?」
私は脳裏に焼き付いたあの時のことが、思い出されていた。
「まあ……怖いならそのままでいいわよ。私がさっさと終わらせてあげるわ」
––––私は、"見知った"大草原にいた。
「ふふっ、再戦ね」
私は偶然にも、"再び"射命丸文の夢に十六夜咲夜と共に巻き込まれていた。
私の初期位置は病院からそう遠くなかった。
つい先ほどまで病院に居たからだ。
私は咲夜と霊夢を見つけると、見つからないように尾行していた。
まあ見つかっても、目を見てくれさえすれば簡単に操作できるのだが。
「さて……今回はどちらに軍配が上がるのかしら?」
嬉々とした様子で私は––––鈴仙・優曇華院・イナバは呟いた。
その顔は満面の笑みが埋めていた。
「いけるっ!絶対勝てる!」
ここにも、嬉々として笑みを浮かべる少女がいた。
私––––射命丸文は、喜びに満ち溢れていた。
私はつい先ほど、死なないユメクイと戦ってきたところだ。
彼女の捕食は諦めたが、時を操るユメクイ––––イザヨイサクヤという名前らしい––––との戦いのヒントを得ることが出来た。
「……っと、調子に乗って近付いたら、時を止められちゃうわね」
落ち着け、私。
ここで油断して不意を突かれたら元も子もない。
さて––––どう攻めようか?
彼女には飛行能力があるのだろうか?
無ければ上空から索敵していれば、攻撃されることはないかもしれない。
いや……ダメだ。
もし飛行できたらどうする?
というか、先ほどの死なないユメクイも飛んでいたし、飛べるのが普通なのかもしれない。
それに、飛び道具を持っていないとも言い切れない。
空中から不用意に攻めるのは却下だ。
では、地上から行くべきだろうか?
それも危険だ。
私の世界の草原は、人の体を隠すほど伸びていないし、木なども生えておらず死角になるところがない。
こちらから目視できるということは、あちらからも目視できるということになる。
絶望的に目が悪いことにでもかけてみようか?
そんなこと、命懸けの戦いでできるわけがない。
地上から近付くのも却下だ。
––––攻め手がない……ッ
時間を操るということが、どれだけ大きなアドバンテージであるか、考えれば考えるほど思い知らされていた。
どんな近付き方をしても、時を止められては敵わない。
確実に仕留められてしまう。
どうする––––?
逃げられないように、動きを封じる術を見つけたいうのにッ……
時を止めても抜け出せない、風の壁を––––
––––風の壁……?
「はぁ……はぁ……」
私と咲夜は、ほとんど移動していなかった。
初期位置に留まり、"彼女"が訪れるのをひたすらに待った。
しかし、彼女は訪れない。
「…ふぅ………」
能力を使い、索敵をする咲夜。
その表情には疲れの色が見える。
いくら能力によって自由に操れるとは言っても、連続して何度も操っていれば疲れるのだろう。
それはおそらく、常に走り続けたら息が上がるのと同じような事なのだろう。
––––風は、吹いていない。
私は、気持ちの整理を終わらせていた。
この夢に巻き込まれた時は少し動揺してしまったが、今ではある程度の冷静な判断は出来る。
私には、辺りをキョロキョロと見回すことしかできないが––––
「……ッ!!」
突然だった。
咲夜が目を見開いた。
私がそれに気がついたのは、ふと咲夜の顔を眺めた瞬間だったからだ。
「咲夜……?」
私はそう呟く。
咲夜は何も答えない。
私は辺りを見渡してみた。
––––風は、吹いていない。
「咲夜、一体––––「黙れ」
咲夜が言う。
普段とは異なる、酷く低い声だった。
正直言って、怖かった。
「そこね」
咲夜が呟く。
そして同時に、具現化させたナイフを飛ばした。
ナイフは一直線に飛んでいく。
––––しかしある点で、そのナイフが不可解な動きを見せた。
軌道が曲がったのだ。
「……外した?」
咲夜がそう呟いた瞬間だった。
––––風が吹き乱れた。
「やはり、最大限の警戒をしておいて間違いはありませんでしたね!」
姿を現した。
魔理沙の仇––––風を操るユメクイだ。
彼女は超スピードで飛行しつつ、自身に風を纏わせることで咲夜のナイフの軌道を変えたのだろう。
随分と器用なことが出来るユメクイだ。
そしてそんなユメクイが、新たな風を巻き起こす。
「貴女はもう、逃げられないッ!!」
その風は、咲夜を取り巻くように吹いていた。
それは、あの時に咲夜の腕を切り落とした鋭い風––––鎌鼬だった。
分散している分、幾らか殺傷力は弱まっているようだが、それでも多少の傷を付けるには十分だった。
「咲夜!!」
私は叫ぶ。
あんなに強かった、そして自信のあった咲夜が囚われてしまった。
––––私に、何が出来る?
「ジワジワと嬲り殺しにしてあげましょう!」
「くっ……咲夜を解放しなさい!」
私は御札を具現化させた。
当たれば、一定時間は動きを封じることができる。
––––当たれば、の話であるが。
「あやっ?貴女は人間だと思っていたのですが……どうやらユメクイだったようですね」
私は御札を投げつける。
それは一面に広がるように投げつけられ、避ける隙間を与えない。
「……はぁ、御札による弾幕ですか。お粗末な攻撃ですね」
少女は私の御札を、いとも簡単に吹き飛ばした。
「避けるまでもありませんよ」
「ッ……」
「……貴女も時を操る彼女のように、私を楽しませてくれるのかと思いましたが……期待外れですね」
––––やはり、私には何も出来ない。
「後で食べてあげますから、大人しくしていてください」
鎌鼬が飛んできた。
目にも留まらぬ速さのそれを避ける術を、私は持っていなかった。
私の右足が、刈り取られた––––
「さて、こちらの方が死んでしまう前に、貴女のことを食べましょうかね––––イザヨイサクヤさん?」
風の中に囚われた私に少女は言う。
彼女に名前を教えた覚えはない。
「……何故、私の名前を?」
「貴女のお仲間から聞いた、とでも言っておきましょうか?」
「まさか貴女、私の仲間を……?」
「あの炎は厄介でしたが、私には無意味でしたね」
炎から連想されるユメクイはアイツしかいない。
だが、アレは不死身の––––
「妹紅を……喰ったとでも言うの?」
「ご想像にお任せしますよ?」
少女は笑顔で私に問う。
今すぐにナイフでグチャグチャにしてやりたいが、風の壁が私の邪魔をする。
「それよりも、痛々しい傷が幾らか見受けられますが、大丈夫ですか?」
「……これが大丈夫に見えるなら、病院に来なさい。手当てしてあげるわ。主に頭をね」
「あやややや!そんなご冗談が言えるほど余裕があるのですねぇ……それとも何か秘策でも?」
––––部分的な時間停止。
停止した時間の中では、あらゆるものが不動となる。
私が"私の身体のみ"の時を止めれば、こんな風は私の身体を通らない。
不動、つまり動かないならば傷が付くこともない。
だが、これには集中力と精神力を使う。
"自分以外"の時を止めるのにも集中力がいるのだが、範囲が大きい分、精密な操作が必要なく簡単である。
範囲が制限されればされるほど、精神を擦り減らす作業となるのだ。
要するに今の私は、時間停止を"しない"のではなく、"できない"のだ。
先ほど、索敵のために空間把握能力を最大限まで活用した。
だからこそ、目の前の少女の接近に気が付けたのだ。
気が付いたところで、完全に無意味だったが……
それに加えて、時を止めてしまっては、私の身体が不動となるが故に、身動きが取れなくなる。
さらに言えば、時を止めたところで、この風の壁は破れない。
––––私には、打つ手がなかった。
「残念ながら全く無いわ。笑っちゃうほどにね」
「自分の死が迫って、開き直っているのですか?」
「さぁ、どうかしらね?」
「……貴女の余裕な笑みは、ムカつきますね。もっと痛みを与えるべきでしょうか?」
「ふふっ、好きにしたらいいわ。抜け出せる気がしないもの」
「では、お言葉に甘えて」
風の壁の内側に、さらなる風が発生する。
それは壁を構成している分散されたものとは異なり、あらゆるものを簡単に引き裂いてしまうほど鋭利な風だった。
それが私の両腕を……肩から先を切り落とした。
「……ッ!!!」
人間は強烈な痛みを感じたとき、声が出なくなるようだ。
私は声も出せずに膝をついた。
「ふふっ、貴女にもそんな顔ができるんですねぇ」
それを見た少女は笑い、私に歩み寄る。
いつの間にか、風の壁は無くなっていた。
私はもう、時間操作どころかナイフを持つこともできない。
「さて、貴女の夢は–––– オ イ シ イ ノ ? 」
少女が大きな口を開け、私に迫る。
––––お嬢様。
最後にもう一度、言わせていただきます。
私を必要としてくれて、ありが––––
ユメクイに喰われたものは、意思が無くなる。
それは、十六夜咲夜がレミリア・スカーレットを想うことすら許さなかった。
「––––っ!!!!!」
私は目を見開く。
程よい歯応えに、滴る紅い血。
骨を砕くたびに訪れる快音と旨味。
どうしてこんなにも––––オイシイのだろう?
ここまで美味な人間は初めてだ。
いや、人間ではなくユメクイか。
ユメクイって、こんなにもオイシイのだろうか?
「なんて美味しさなの!?!?」
私は悲鳴にも近い声を上げていた。
それほどに美味だったのだ。
そして私は気付く。
この夢には、まだあと2人のユメクイがいる。
そしてそのうちの1人は、すぐそこで––––まるで死体のように––––身動きが取れなくなっている。
「もっともーっと、食べたいわ!」
私は十六夜咲夜を喰らい終えると、もう1人のユメクイの下へと向かった。
「貴女の夢も––––」
––––空が、割れ始めた。
右足を失った。
痛い。動けない。
傷口を抑えることもできずに倒れこんでいる私は、多量出血の為に、意識が朦朧としていた。
おかげで痛みが少し緩和されている気がする。
痛いことには変わりないが。
そんな霞む視界の中で、私は咲夜が喰われるのを見た。
私は––––何も出来なかった。
私は––––無力だ。
少女がこちらに歩み寄る。
何か私に言っているようだ。
私はもう、意識が遠のき、その言葉を理解することはできなかった。
私はこのまま、喰われるのだろうか––––
––––空が、割れている。
「ちょっ、待って!!なんでよ!?」
私は叫んでいた。
「私はまだ喰べ足りないのにッ!?」
––––空が割れている。
しかし私は、まだ満腹を迎えていなかった。
さらに捕食を諦めたわけでも、殺されたわけでも勿論ない。
その上、目の前には美味しそうな私の餌がある。
なのに、私の夢が–––––
「……どういうこと?」
鈴仙・優曇華院・イナバは呟いていた。
ユメクイの夢の崩壊条件は全部で3つ。
1つ、その夢の主であるユメクイが満腹を迎えること。
1つ、その夢の主であるユメクイが捕食を諦めること。
1つ、その夢の主であるユメクイが絶命すること。
これらの条件のうち、少なくとも1つを満たせば、夢は崩壊する。
しかし、今回の夢ではどの条件も満たしていない。
それは射命丸文の態度から見ても明らかであろう。
だが、夢の崩壊は止まらない。
それはまるで、強制的に夢を崩壊させられているような––––
でも、ユメクイの夢の世界に干渉できるほどの大きな力があるなんて有るわけ––––
「ま、まさか……目覚めるというの?」
十六夜咲夜は強力なユメクイだった。
"時間を操る程度の能力"という高級な能力に加え、それを応用することを可能にする自身の有能さを、彼女は持っていた。
それ故に、"高エネルギー"なユメクイだった。
喰われた者のエネルギーの行く先は、その者を喰ったユメクイではない。
そう、その行く先とは––––
––––射命丸文の夢は崩壊した––––
––––––––––ザワッ––––––––––
「……ッ」
私は戻ってきた。
そこはいつもと変わらない、白い病室だ。
正面には、博麗霊夢がいる。
その奥には2人の患者が眠っている。
私は、再びこの現実世界に––––
「……咲夜?貴女、どうして––––」
あれ?私は確か夢の中で……
おかしい。
どうして私は––––
「「––––生きてるの?」」
2人の言葉が重なった。
*キャラ設定(追記なし)
○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」
18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()
【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。
武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
武器として御札を出現させる。
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。