第14話 隠秘 –– インピ ––
––––今から1年程前。
「それにしても、もっと落ち込むかと思ってたんだけど……案外平気なのね」
「だって、予想できてたしね」
「それもそうだけど、私が言いたいのは……」
「もー、またそれ?辛気臭くなるからやめなさいよ」
「やめたくても思い出しちゃうわよ!だって、あんたの車椅子を押してるのは私なんだからね?」
「まあ、それもそうね。感謝してるわ〜」
「むー、心がこもってないなぁ」
「ごめんごめん。本当に感謝してるから」
「……別に、感謝される為にやってる訳じゃないよ。だけど、こうやって押すたびに考えちゃうんだもん……
–––どうして文の足は動かないんだろう?って」
「……」
「考えれば考えるほどおかしいもの。足以外の傷も事故の痕跡もない。突っ込んできたとかいうダンプの運転手についても手がかりなし。本当は事故なんてなかったんじゃないかって思うほど––––––––ごめん。私が悩むことじゃないよね。1番辛いのは文なんだし……」
「……ぷっ、馬鹿じゃないの?」
「え?」
「確かに不便だし、困ることも多いんだけどさぁ––––」
車椅子に乗った私––––射命丸文は笑っている。
「––––飛べるようになったから、いいのよ」
「はぁ?あんた……酔いすぎなんじゃない?」
私の車椅子を押す"元"同僚––––姫海棠はたても、呆れた様子で笑っている。
私達は今しがた、飲みに行ってきたところだ。
今日は私の退院祝いと退職祝い––––ただのクビなのだが––––を兼ねた2人だけの飲み会。
足以外は至って健康な私が病院に居続ける理由はなく、また足が使えない私を会社が雇う理由もなくなった。
突然の解雇のため、30日間は給料が保障されているが……
これからの生活をどうすればいいのだろうか?
そんな悩みもあったからだろうか?
私は、かなり酔っ払っていた。
私達2人は酒には強い方なのだが……
それにしても、かなりの量を飲み食いしたと思う。
––––それでも私は、お腹が空いていた。
––––今から半年程前。
私は大手企業の事務員として働いていた。
特に私のことを可愛がってくれていた上司のコネがあった為だ。
まだ若いとはいえども新卒でない、況してや足の不自由な私を雇ってくれる会社などある筈がないと思っていたが……
上司にいい顔していてよかったと、心の底から感じた。
その新しい職場環境は、悪いものではなかった。
ハンディキャップを背負った私に対する周りの目の中には辛辣なものもあったが、そんな私を支えてくれる人も多かった。
また、タイピングなどのパソコンの扱いには元々精通していた為、業務上困ることはなかった。
––––しかし、今まで取材業をしてきた私には退屈すぎた。
刺激のない単純作業の繰り返し。
私にはストレスが溜まっていた。
よく、ストレスを食事で解消する人がいる。
今までの私は専ら、飲むことでストレス解消をしてきた。
しかし、最近のストレス解消法は"食事"に変わっていた––––
「なんだか最近は……よくお腹が空くわね」
––––そして、現在。
「……ッ!!」
私は目を見開いていた。
息切れが激しく、鼓動が早い。
––––本当に、死ぬかと思った。
「随分と厄介な能力だったわ。時を操るなんて……チートじゃない」
私は1人、部屋の中で悪態を吐く。
「はぁ……食欲も失せちゃったわ」
先ほどの夢の中で一応3人は喰べていたが、それでも満腹とまでは行かなかった。
しかし不思議と、食欲は収まっていた。
食欲以上に命の危機を感じたからかもしれない。
––––それにしても、最後に喰べた1人は中々美味しかったわね。
そんなことを思いながら、私は家を出た。
今日は日曜日。
久々のオフである。
私はハンドリム––––車椅子の車輪についている持ち手––––を握り締め、前進した。
最近、腕の筋肉が付いてきた気がする。
逆に足の筋肉は落ちているのだが。
「うわぁー、見てよ文!あのお店並びすぎ!」
私は今日、はたてと共に駅の方へと出掛けていた。
「そうね。並んでるのを見ると、美味しそうに感じるわよね」
「行ってみる?」
「あんた、ケーキ好きだったっけ?」
「嫌いじゃないわ」
「別に並んでもいいわよ。私はどうせ座ったままだし」
「んー、文が乗り気じゃないならいいや」
「まあ、私達にはケーキみたいなオシャレなものより、居酒屋の枝豆みたいな渋い方が似合うわよ」
「私達、中身はオヤジかもね」
そんなことを言いながらも、私達には明確な目的地があった。
寄り道をする余裕など、元からなかった。
況してや、行列のできるケーキ屋なら尚更だ。
私達は目的地であるカフェへと入る。
そこには既に、ある人物が到着していた。
「こっちよ」
彼女は少し手を挙げると、私達を呼んだ。
「お久しぶりです。早かったのですね。待ちましたか?」
「コーヒーを1杯飲み干すくらいは待ったかしらね」
「それは大変失礼しました」
「気にしなくていいわ。私はただ、時間に遅れるのが嫌いなだけよ。そして、時間に遅れる人もね」
––––今は約束の時間の5分前。
「危うく、嫌われてしまうところでしたか」
「ふふっ、そうね。元々好きでもないけど」
「あやややや……厳しいですね」
はたてが椅子を1つ退かして、私の車椅子をテーブルにつけると、自らはその隣の椅子に腰掛けた。
「……捜査はあまり進んでいないわ。警察はもちろん、私個人の捜査もね」
私と向かい合う形になった彼女が切り出した。
「でも、貴女も知っているように、八意永琳に繋がる情報が多いのは確か。もっと踏み込んで彼女を調べたいけど……」
彼女は私を––––私の足を見た。
「現状、八意永琳とのコンタクトは取れそうもないわ。不用意に近づいたら、貴女のようになってしまいかねないもの」
「……やはり貴女は、コレを八意永琳によるものだとお考えで?」
「ええ。貴女の事故の不審な点を考慮すれば、八意永琳に繋がるのは当然よ。それに、最初に運ばれたのは彼女の病院なのだから––––」
––––偽装も容易だ、と彼女は言いたいのだろう。
「まあ、どうせ"八雲紫"の名前じゃ、門前払い食らっちゃうわよ。八意永琳にとって私なんか、影響力の欠片もない"無名の探偵"でしょうからね」
「その点、私は影響力のある大手新聞社の記者でしたからね」
「ええ。だから私は貴女とコンタクトをとって情報を共有しようとしたのだから」
八意永琳の取材の少し前。
目の前の彼女––––八雲紫は私に接触して来た。
どこで掴んだかは分からないが、彼女は私が八意永琳を取材すると言う情報を聞きつけていた。
彼女は私を利用して、八意永琳を調べようとしていたのだ。
そして私は、それを承諾した。
記者は取材の前に情報収集を欠かさない。
八雲紫は私を利用する代わりに、それまでに彼女が知り得た情報を私に提供したのだ。
私に断る理由はなかった。
八意永琳が開発した"夢散薬"が出回った1週間後に初めての窒息死者が出たこと。
そしてその1ヶ月後に"夢散薬"の開発を中止したこと。
さらに窒息死が全て––––当時は全てであったが、今も極一部の例外を除いては––––病院の半径30キロ以内で発生していること。
それらの情報を手にした上で、私は取材に臨んだ。
––––しかし、結果はこのザマだ。
殆ど皆無といえる情報量に、八雲紫は落胆の色を隠しきれていなかった。
私が重傷を負った手前、あからさまにそれを私に向けることはなかったが……今でも少しだけ、その色が現れ、私に刺さることがある。
「……とまあ、八意永琳が怪しいとは思うけど、なかなか踏み込めずにいるといった状況よ」
はぁ……と溜息を吐きながら、八雲紫は残念そうな表情を浮かべていた。
「同じことを半年以上前にも聞いた気がしますね」
「……ええ、同じことを言ったかもしれないわ。だって、それほど得られた情報が少ないんですもの」
「では何故––––今日は私を呼んだのですか?」
今日、八雲紫とこうして会っているのは、親睦のためでは勿論ない。
私は目の前の彼女に呼び出されここに来ている。
––––久々のオフだというのに。
––––はたてと飲みに行く約束をしていたというのに。
そんな愚痴を心の中で垂れながら、表面には出さずに営業スマイルを浮かべている。
「そんな大した理由は無いのよ。ただ、探偵というものは同じことを何度も聞いたり説明することがあるの。そうすることで新たな発見があったりもするのだから」
そんな私に、八雲紫も笑いかける。
本心から笑ってないのは明らかだろう。
「……嘘ですね」
「……?」
「後半の探偵どうたらこうたらは、私の知ったこっちゃありませんが……私を呼んだのには理由がある。そうでしょう?」
「……ふふっ、やっぱり私、貴女のこと嫌いかもしれないわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「うん、本当に嫌いだわ」
八雲紫は笑顔を浮かべて言った。
私は黙って、その顔を見つめる。
私の顔からは、営業スマイルが消えていた。
「時には、突飛な発想って大事よね。別の角度から見ることで、ある事象が立体的に浮き出て見えることもあるわ」
「……」
「でも、そんな発想出来る人は中々いない。選ばれし、ほんのひと握りの天才にしか出来ないのよ。それは勉学なんて関係なく、生まれ持った天性の才だもの」
「……何が言いたいのですか?」
「つまり、私は天才だということよ」
「はぁ…….?」
「貴女––––"窒息死"に関係があるでしょう?」
「……え?」
「その足も、演技だったりしてね?」
「な、何を……」
「貴女には聞きたいことがあって呼んだのよ。あの日––––八意永琳と何を話したの?」
私は目を見開く。
無性に喉が渇き、唾を飲み込んだ。
まさかこの女––––私を疑っている……?
「ちょっとあんた!さっきから黙って聞いてりゃ偉そうにッ!」
八雲紫と会ってから今まで、ずっと口を閉ざして会話を聞いていた同僚が突然大声を出した。
「あんた、文がどれだけ辛い思いをしてるか知ってるの!?想像したことある!?いきなり両足が動かなくなる恐怖を!!」
はたては自分のことのように怒りを露わにしていた。
「理解しろだなんて言うつもりはないわ。私だって自分の身に起きたことじゃないから、文の気持ちを完璧に理解するなんて不可能よ。でも、考えることはできるでしょう!?少し考えれば、あんたの発言が文にとってどれだけ––––「はたて!!」
私がはたての言葉を遮る。
「……文?」
「もういいわよ。私、そんなに気にしてないから」
「文が気にしてなくても、コイツのさっきの発言は許せないよ!」
「……ふふっ、元気のよろしいことで」
八雲紫は笑っている。
「私、貴女のことは好きかもしれないわ」
「……は?」
笑いかける八雲紫とは対照的に、はたての顔は引きつっていた。
「いえいえ……ごめんなさいね。私の発言が2人を傷つけるようなものであったことは自覚しているわ」
八雲紫は続ける。
「それに、彼女の足が本当に動かないのは分かっているわ。彼女の入院した病院に行って、診断書を少し調べさせてもらったからね」
八雲紫の背後には国家警察という大きな組織がある。
本当に"無名の探偵"ならば、診断書を調べるなどといった行為は認められないのだろうが、それを八雲紫は可能にしていた。
「その診断書には、貴女の足が動くことはないと記されていたわ––––八意永琳の名前と共にね」
私の目を真っ直ぐ見て、八雲紫は言った。
「そういえば貴女はどうして––––すぐに否定してくれなかったのかしら?」
その目を見ていると、何故か飲み込まれてしまいそうな感覚に陥った。
「貴女の仲良しな元同僚さんは、すぐに否定したのにねぇ?」
「……文?」
そんな感覚のせいだろうか?
私の額には汗が滲んでいた。
何か異常を察知したのか、はたても私の顔を覗き込む。
私は再び、唾を飲み込んだ。
「やっぱり貴女––––"窒息死"と関係があるわね?」
「……あやややや。そんなに怖い顔をしないでください」
「私はただ、目を見て話しているだけよ?何か隠し事でもあるから、怖く見えるだけじゃなくって?」
「……隠し事なんてありませんよ。私は清く正しい射命丸ですから」
私は精一杯の笑顔を作って見せた。
精一杯の作り笑顔である。
––––私に隠し事があるのは、誰から見ても明らかだった。
いつの間にか、はたても大人しくなっている。
「……そう。やっぱり私、貴女のことは嫌いだわ」
「私も貴女のことは好きになれそうにありませんよ」
「もー、あいつマジでムカつくっ!」
「まあまあ。探偵という職業柄、疑うのと考えるのが好きなのよ、きっと」
「なんであんたは、何かとあいつの肩を持つのよ?」
「んーまあ、能力としては尊敬に値するだろうし……そして何より年上だもの」
「はぁ……あんたのその年功序列的な考え、古いわよ?」
はたては年齢や地位をあまり気にしなかった。
というより、気にしたくなかった。
年上にペコペコするのも嫌いだし、年下に威張り散らすのも嫌いだった。
つまり、私とは正反対の考え方だ。
「それにしても……」
はたてが言う。
「あんたは一体––––何を隠してるの?」
私がはたてに、"ユメクイ"のことを打ち明けるはずがなかった。
––––翌日、午後。
「頂きます」
私は遅めの昼休みを取っていた。
私の職場では、昼休みを各自が自由に取ることができた。
中には昼休みの分遅く出勤する者もいる。
私は3時過ぎに昼休みを取るのが好きだった。
5時までランチタイム営業しているファミレスも近くにあるし、お弁当を食べるにしても人が少なく快適だ。
元々私は、朝ごはんをかなりしっかり食べる方なので、午前中にお腹が空くことはあまりない。
時には空いてしまうこともあるのだが、それはそれで集中できるし、まあいいかと思っている。
まあ、こんな話はどうでもよく、私は会社の休憩室で持参した弁当を開いていた。
周りに人はほとんどいない。
人見知りでは全くないし、いわゆるコミュ障とはかけ離れた存在の私だが、この姿になってからは如何せん周りの目を気にし始めた。
というより、気を使われるのが嫌だった。
なまじ親切な人間が1番嫌いだった。
もしかしたら私は、気丈に振る舞いつつも、話し相手が欲しいのかもしれない。
先ほどからいらない話をしてしまう。
私は丁寧に盛り付けられた具材を、二本の棒を操り巧みに操り口へと運ぶ。
日本人はどうして、こんなに使いにくそうな道具を生み出してしまったのだろうか?
フォークやスプーンのように、刺したり掬ったりする方がずっと合理的に思える。
しかし、どうしてだろう?
これ以上に使いやすい食器とは出会ったことがない。
この二本の棒––––箸と呼ばれている物––––は、日本人の最大にして最高の発明品だと私は思う。
…………あれ、箸って中国由来だっけ?
いや、そうじゃない。
大事なのはそこじゃない。
ほら……また、どうでもいい話をしてしまった。
そんなことを考えてるうちに、私のお弁当はほとんど空になっていた。
最後の一口を口へと運ぶ。
そして、少し弁当箱にこびり付いていたごはん粒を器用に箸でつまんで口に運んだ。
「……ご馳走様」
私は手を合わせて、小さな声で言った。
我ながら美味しいお弁当だった。
私の胃袋は充分に満たされた。
だが、しかし––––
「––––お腹、空いたわね」
––––––––––ザワッ––––––––––
*キャラ設定(追記あり)
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。
○姫海棠はたて
「もー、あいつマジでムカつくっ!」
25歳になる程度の年齢。
大手新聞社のカメラマン。
年功序列の考えを嫌うも、上には逆らえない。
あまり活発な性格ではないが、仲の良い者といる時や、感情が高ぶった時などは饒舌を振るう。
○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」
国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。




