第28話 回帰 –– カイキ ––
「……………………!」
少女は目覚めた。
見覚えのあるその空間に違和感を感じながら。
––––お前は思い出さなければならない。
「何を思い出したらいいかも、分からないんだけどね」
少女は苦笑した。
––––ピンポーン
––––ピンポーン
インターホンが立て続けに鳴った。
まるで、世界の始まりを知らせるように。
「あーもう、うるさいわね………………っしょ」
少女は身を起こす。
ベッドから出て、欠伸をする。
そして頭を少し掻きながら、玄関へと向かった。
––––ピンポンピンポンピンポーン
インターホンが鳴り響く。
少女は少しイラついた様子だが、どこか嬉しそうな……
不思議な表情を浮かべていた。
そして少女は扉を開けた––––
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」
そこには少女––––博麗霊夢の名を呼ぶ、霧雨魔理沙がいた。
「……いつも通り、霊夢が夢を展開したわ。貴女もいつも通りよ。せめて霊夢が能力に目覚めるまで、空腹に耐えなさい」
返事はない。
「今度はちゃんと、霊夢に喰われてほしいわね」
"夢の中の夢"において、博麗操夢は博麗霊夢を捕食した。
そして操夢の夢は崩壊し、霊夢の夢––––咲夜達だけでなく、霊夢すら現実世界だと思い込んでいた世界––––に戻った。
そして意思を失った霊夢は、夢を維持する意思も失い、すぐさま霊夢の夢は崩壊した。
そして"本当の"現実世界へ戻る。
霊夢は己が死ぬ前に夢を崩壊させることになった為、己の夢の中で命を落としてはいない。
しかし、"また"失敗してしまったのだ。
今度こそ––––と、霊夢は再び夢を形成した。
もうこれで何度目か、誰も覚えていない。
「今はまだ、こうして色々考えられるけど……そろそろ私も……」
––––霊夢の夢では記憶障害が起こる。
記憶が改竄され、今が"本当の現実"だと思ってしまう。
そしてそれは、操夢が夢の展開をするまで––––
「––––さて、そろそろ診察の時間ね」
前回の夢において、"本当の現実"とは異なることが幾つか発生した。
その中でも大きな影響力を持ったものは以下の3つである。
1つ目の相違点は、霧雨魔理沙の生存。
現実の魔理沙は、射命丸文に喰われ、そのまま息絶えた。
博麗霊夢は己の勘に従い、彼女を病院へと連れて行くも、間に合わなかった。
––––しかし、前回の夢では、間に合ったのだ。
これは霊夢が、無意識のうちにユメクイとしての飛行能力を使用し、病院へと向かった為である。
この、魔理沙の生存という現実との相違点こそが、前回の夢において最も大きな影響力を持つこととなった。
そして2つ目の相違点は、霊夢の圧倒的な力。
現実での霊夢は、その「撒き夢」の性質から魔理沙の死を憶えており、それを切欠に『Dm-ki』型のユメクイになるための薬を服用した。
そして、その薬の服用により、霊夢は本来の圧倒的な力を出せなくなってしまっていた。
––––しかし、前回の夢において、それを回避することができた。
結果として霊夢は他のユメクイを凌駕する力を手に入れることができた。
いや、元々持っていたため、力に目覚めたと言った方が正確だろうか。
最後に3つ目の相違点は、十六夜咲夜の生存。
現実の咲夜は、射命丸文との2度目の対戦で敗北し喰われている。
––––だが前回の夢では、射命丸文の夢での出来事が霊夢の能力覚醒の切欠となり、咲夜とフランは救われた。
ほんの少しの狂いから、"前回の夢"は"現実"と懸け離れたものとなったのだ。
そして今回も、前回の夢と殆ど同様にして、操夢の夢が展開した––––
––––––––––ザワッ––––––––––
「––––ッ」
八意永琳は院長室にいた。
「––––ああ、始祖体が目覚めたのね。いつものことながら、霊夢の夢の中では、どうして忘れてしまうのかしら?」
1人呟く。
急がなければ、霊夢や咲夜が準備を終わらせてしまう。
すぐに部屋の扉を開け、始祖体のところへと向かう。
––––鍵は、掛けていない。
ギイィ……と音のする古びた扉を開ける。
そして私は目の前の女に声をかけた。
「ごきげんよう」
「……誰?」
彼女は、今の自分の状況が理解できていないようだ。
まあ、いつものことだが。
「私は八意永琳。貴女の担当医よ」
「えっと、私は確か事故で––––死んでないの?」
「死んではいないわ。少なくとも頭はね」
彼女––––博麗操夢は考え込む。
「……もしかして、ここは私の––––夢?」
「ええ、そうよ。そしてもうすぐ、貴女の娘がここに来るわ」
「霊夢が………………?」
「貴女が"死んだことになって"10年以上経った。霊夢はもう高校生。そしてユメクイでもある。貴女を止めるくらいの力は持ってるわ」
「そう…………10年以上も経っているのね。道理で私––––」
操夢は自らの顔を触りながら言う。
「––––ちょっと老けたと思ったわ」
操夢は水槽を見つめ、そこに映る己の顔を見て苦笑いをしていた。
––––その水槽は、己の脳が保存されている場所だとも知らずに。
「とにかく、貴女は霊夢に喰われなさい。そうすれば、全てが丸く収まるわ」
「まあ霊夢に喰われるなら本望かも」
「貴女、今は冷静だからそんなことが言えてるけど、これまでに何度も失敗してるのよ」
「……え?」
「この後、霊夢に会えば、貴女は極度の空腹感に襲われるわ。それに耐えられず、貴女は霊夢を喰べてしまう」
「そんな……私が霊夢を?あり得ないわ」
「いつも貴女はそう言っていたわ」
「はぁ……訳がわからない。いつもって何よ?」
「気にしないで。霊夢を喰うか、霊夢に喰われるかすれば思い出すわよ」
「はぁ……?」
「まあ、今の状況を軽く説明するわ––––」
私が貴女を利用する為に生かしてしまったこと。
その結果、様々な"弊害"が生まれ、それらを駆除する為に霊夢達が戦っていること。
魔理沙、紫が既に喰われていること。
操夢が喰われれば、霊夢にとって幸せな結末を迎えること。
私は簡潔且つ正確に伝えた。
「…………霊夢は、私が"始祖体"であることを知ってるの?」
「知らないわ。教えたほうがいいかしら?」
「いいえ、その必要はないわ」
「……どうして?」
「教えない方が、楽しそうでしょう?」
「はぁ……貴女はいつもそう言うわ」
「え?」
「なんでもないわよ。それじゃあ私は、そろそろ戻らせてもらうわ。一応私も、貴女の捕食対象だから」
「……」
「それと、言っても無駄かもしれないけど……なんとかして空腹に耐えなさい。そしていい加減、霊夢に喰われて頂戴」
「任せなさい」
「貴女のその言葉、信用の欠片もないわ」
私はそう言って、院長室に戻った。
院長室の扉を開けると、資料に釘付けになっている2人がいた。
私の接近に、気づいていないようだ。
「院長が––––母さんが……ユメクイ?」
「それは違うわよ」
「「!?」」
2人が一斉に顔を上げる。
私は2人を、冷たい目で見下ろした。
「貴女達、こんなところで何をしているのかしら?」
「……永琳」
私の存在をやっと認識できたような様子の霊夢。
その隣には私を睨みつける咲夜がいる。
そんな2人が、私に問う。
「違うって、どういうこと?これを見る限り、あんたもユメクイと書いてあるように思えるのだけど?」
「確かに、同じような存在であることは確かね。だけど、そこにも書いてある通り、性質が違うのよ」
「この世界は、貴女が形成したの?」
「あら咲夜、院長とも母さんとも呼んでくれないのね」
「質問に答えなさい」
咲夜の目つきは鋭かった。
それなりに長い時間を一緒に過ごした、義理の娘だ。
そんな目で見られると、少しだけ……心に刺さる。
「……この世界は私のものではないわ。私にはこんなに多くの人間を引き込むことは出来ないもの」
「じゃあ、この世界は……?」
「そこにも書いてあるでしょう?始祖体の世界よ」
チラッと資料に目を落とす。
納得したように頷く咲夜。
「そう、それだけ分かれば十分だわ」
「咲夜……?」
咲夜が立ち上がる。
霊夢が弱々しい声をあげて、咲夜を見る。
「とにかくその始祖体ってのを殺せば良いんでしょ?すごく簡単な話じゃない」
笑う咲夜。
相変わらず自信たっぷりな表情をしている。
「貴女が思うほど、簡単ではないわ」
「……どうして?」
「私は、貴女がそう言って、何度も失敗してきたのを見ているもの」
「どういうこと?」
「なんでもないわ。聞き流して頂戴」
「……それが1番気になるわよ」
「とにかく、始祖体を殺せば良いのは確かよ。そうすればこの悪夢も終わらせることができる」
「任せなさい。それが私の仕事よ」
「……貴女に出来れば、苦労はしないのよ。咲夜」
「……は?」
咲夜が私を睨みつけた。
「気分を害したなら謝るわ。だけど、事実よ。貴女では始祖体は倒せない」
私は、未だに少し困惑している様子の霊夢に視線を移す。
「しっかりしなさい、霊夢。この夢で鍵を握るのは貴女なのよ」
「え……?」
「始祖体を倒せるのは、貴女だけ」
「私だけ……?」
「……確かに、私も"あの"霊夢には勝てる気がしないわ。もし本当に霊夢にしか倒せないのなら、私が勝てないのも納得できる」
「ま、待ってよ。私にそんな力あるわけ……」
私は霊夢の肩を掴む。
「貴女がやらなきゃいけないわ。貴女が始祖体を殺しなさい」
「……わ、分かったわよ。分かったから離しなさいって」
「……本当に。終わらせて頂戴」
霊夢の肩から、手を退ける。
「地下の一角に始祖体が眠ってるわ。鍵は外してきたから、あとは貴女達がそこへ向かい……殺すだけよ」
「この夢が終わったら、いろいろ説明してもらうわよ––––母さん」
「ええ………………出来たらね」
「行くわよ霊夢。いつまで間抜けた顔してるつもり?」
「なっ、間抜けってあんたねぇ……って、待ちなさいよ!」
咲夜と霊夢は院長室から出て行った。
始祖体を倒す為に。
「繰り返すのか。終止符を打つのか。それとも––––」
––––八意永琳は呟いていた。
*キャラ設定(追記なし)
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。
・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。
○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」
17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。
○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」
40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの元となる存在。
【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。
・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。
夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。