第22話 繰返 –– クリカエシ ––
––––霧雨魔理沙の夢は崩壊した––––
「––––ッ!」
「詳しい話は後で聞くわ。とにかくこの点滴薬のせいなのね?」
「ま、魔理沙は……?」
「死んではないわよ。……たぶんね」
「た、たぶん……?」
夢の中で、魔理沙が私に手をかけた瞬間、咲夜が魔理沙の顳顬にナイフを投げた。
その衝撃で、魔理沙は私から離れる。
するとすぐに、咲夜が魔理沙の喉元を掻き切った。
おそらく能力を使ったのだろう。
一瞬だった。
「夢の中で2度殺された者は見たことがないから、分からないだけよ」
咲夜はそう言うと、魔理沙の点滴を外す。
「すぐに代わりを持ってくるわ。私の薬を混ぜたものをね」
「……ええ。お願いするわ」
ユメクイとしての空腹を抑える薬を混ぜるのだろう。
それはつまり、魔理沙がユメクイであると言うことだ。
さらに言えば、私や咲夜達と同種のユメクイになるという事だ。
そんなことを思っていると、咲夜が戻ってきた。
そして、魔理沙の点滴薬を付け替える。
「……よし。これで大丈夫なはずだけど……霊夢、一体何があったの?」
咲夜が説明を求めてきた。
「あんたが点滴を変えた後、少しして、また変えにきたのよ」
「……誰が?」
「あんたよ」
「私?」
「正確には、あんたの振りをした誰かよ」
「変装ってこと?」
「たぶん違うと思う。あれは咲夜だったわ」
「どういうこと?」
「私も自分の言ってることが分からないけど、あれは咲夜にしか見えなかった。少なくとも外見や声は全く同じだったわ」
「ドッペルゲンガーかしら?」
咲夜は少し笑う。
「けど、そいつが犯人なのは間違いなさそうね。魔理沙の事はもちろん、ユメクイを増やして回ってるのもおそらくそいつでしょう」
咲夜の顔から笑顔は消えていた。
「それと、魔理沙の事は許してやりなさい」
「え……?」
「ユメクイの空腹ってのは、簡単に耐えられるものじゃないのよ。それこそ、正確な判断力も無くすほどね」
「……」
「魔理沙が貴女を喰おうとした。それは仕方のない事なの。そこだけは理解してあげなさい」
「……私があの程度のことで、魔理沙を嫌うとでも思った?」
少し驚いたような表情をした後に、咲夜は再び笑顔を私に向けた。
「いえ、全く」
––––腹減ってるんだ。
「……ッ!!」
いつもの病室。
寝ている魔理沙と紫。
私は、うたた寝してしまったようだ。
「魔理沙……」
––––私のせいだ。
私は自責と後悔の念でいっぱいだった。
––––私は気づいていたんだ。
そうだ。
私の勘はずっと言っていた。
––––それなのに私は……
何もできなかった。
ただ、座って見ているだけだった。
––––また私は何もできなかった。
…………また?
––––コンコン
扉を叩く音がした。
聞き覚えのある、咲夜の叩き方だ。
「入っていいわよ」
「失礼するわね。夕飯を持ってきたわよ」
「もうそんな時間……?」
「どうしたの?また寝てた?」
咲夜がクスッと笑う。
「警戒心がないのね。また私のドッペルゲンガーさんが来たらどうするのよ?」
「殺すわ」
「あら怖い」
「見た目じゃわからないから、とりあえず殺してみようかしら?」
「遠慮させていただきますわ」
咲夜は食事の入ったトレーを棚に置く。
「それじゃあ、また少ししたら取りに来るから」
「ええ。いつもありがとね」
「構わないわ」
咲夜は一礼して、病室を出る。
私は食事をとることにした。
私は箸を使い、食べ物を口に運ぶ。
それらはいつも通り、暖かかった。
––––––––––ザワッ––––––––––
「…………?」
私は食事を口に運んでいる。
しかし、なんだか違和感があった。
口にしているものは先ほどと変わらず美味しいし、私の居る場所も、いつもの病室だ。
––––ここは、どこ?
私の勘が言っている。
私は自身に答える。
ここは病院に決まって––––
「……霊夢」
「ッ!?」
ありえない方向から声がする。
私は勢いよく振り返る。
ありえない。
嬉しい。
でも、ありえない。
そこには、魔理沙がいた––––
「その、さっきぶり…………だな」
魔理沙は何処か恥ずかしそうに……いや、後ろめたそうだ。
「さっきは、本当に……ごめん」
「……え?」
「私……お前を………………喰べようと……ッ!」
魔理沙は涙を浮かべていた。
罪悪感に押しつぶされているような、そんな涙だった。
「しっかりしなさい、魔理沙!私は気にしてないから」
「霊夢が気にしなくても、私が気にする!!」
「はぁ……じゃあ、もしこの場で私が、あんたに助けられたことを悔やんで泣きついたらどう思う?」
「え……?」
「どう思うのよ?」
「そりゃ…………私は後悔してないから、気にするなって……」
「そういうことよ。そりゃ、あんたに喰われそうになった時は、正直ショックだったわ。けど、仕方のないことだし、悪いのはあんたじゃないのよ」
私は魔理沙を諭す。
魔理沙は俯きながらも、納得してくれたようだ。
「…………ごめんなさい、2人とも。お取り込み中のところ悪いんだけど……」
私と魔理沙は声のする方を向いた。
「これはどういう状況なのかしら?」
そこには、首を傾げる紫がいた。
「ゆ、紫!?」
「ええ、私よ。それで、1つ聞きたいのだけど…………私って八意永琳と話していたはずじゃなかったのかしら?」
「……ああ、紫の中ではそうなるのね」
「どういうこと?いくら私でも、理解に苦しむわ」
「私にだって、この状況が分からないのよ。だけど…………とにかく、咲夜に聞くべきだと思う。あいつなら分かるかもしれないわ!」
––––パチンッ
「申し訳ないけど、そう上手くは行かないみたいよ」
振り返ると、そこには咲夜がいた。
「私にも何が何だかさっぱりよ」
「咲夜、今、能力を……?」
「ええ。どうやらここは、夢の世界らしいわね」
「……ここが?」
「そうとしか考えられないわ。ここでは能力を使えるし……」
咲夜がナイフを出現させ、手に握る。
「……こうして武器を出現させることもできる。これは、ここが夢の世界である証拠になると思うのだけど?」
「確かに……そうね」
「でも明らかに、今までの物とは種類が違うわ」
「そうね。こんなに現実と瓜二つってのは初めてよ」
「それだけじゃないわ」
「え?」
「巻き込まれた人間の数が異常よ。今見た限りだと、この病院の者は、ほぼ全員巻き込まれてそうね」
「ぜ、全員……?」
その時、扉が開いた。
「や、やっぱりここにいた!」
「よ、妖夢!?」
「あなたも目覚めたのね」
「私、なんであんなところで寝てたの?」
「……貴女、殺された記憶はないの?」
「え……?」
「一瞬だったものね。仕方ないかしら」
「ま、待って?私、やられちゃったの?」
「一瞬で爆発させられたのよ。本当に一瞬だったから、貴女の記憶にもないのでしょう」
「そ、そんな…………あれ?でもそれが本当なら、私はなんで生きてるの?」
「貴女、今、剣出せるわよ」
「え……?……あ、ほ、本当だ!ちゃんと二本出せる!え、現実世界で能力が使えるなんて……私、進化しちゃったの!?」
「違うわよ、馬鹿。ここは夢の世界なの。現実じゃないわ」
「え、あ、そっか。だからこうやって…………って、ここが夢!?」
「貴女、いちいちリアクションが面白いわ。状況を考えなさい」
「な、なにその怒られ方!?」
私は半ば呆れながら、2人の掛け合いを見ていた。
「霊夢」
すると、後ろから声がかけられる。
「なによ、紫?」
「私、さっきから話についていけてないわ。この頭脳を持ってしてもね」
「なにその自信。気持ち悪いわよ」
「とにかく理解出来ないの。どういう状況?」
「そんなに簡単に説明できることじゃないわ。今はそんな悠長な時間もないから、終わったら説明してあげるわよ」
この夢が終わったら、紫は忘れてしまうだろうけど。
「そう……分かったわ。なら、私なりに推理するわ」
「さすが名探偵ね」
「ありがとう。それじゃあ、その推理を元に1つだけ提案するわ」
「何よ?」
「八意永琳のところに行くべきだと思う」
紫はまっすぐ私を見ていた。
紫の思考回路など、私には到底理解できないが、信頼に値するものである事だけは分かっていた。
そして紫の結論は、私の勘とも一致していた。
「……あんたに言われなくても、私もそう思っていたところよ」
私は咲夜へと向き直した。
「咲夜。永琳のところに行きましょう」
「院長のところ……?あの人は夢に巻き込まれないはずよ?」
「この夢は今までとは違う。それに、私の勘が向かうべきだと言っているわ」
「……貴女の勘ね。何よりも信用できるわ」
「ありがとう。それと、あんたら!」
私は紫、魔理沙、妖夢に言う。
「状況がまだよく分かっていないあんたらは、ここで大人しくしてなさい。間違ってもここから出ないようにね、絶対よ」
私はそう言って、咲夜とともに病室を出た。
病室を出ると、普段の静かな病院からは想像できないほど、何やら騒がしかった。
「夢の中では状態異常が消える。患者達が、それで騒いでいるみたいね」
私は不思議そうな顔でもしてたのだろう。
咲夜が説明してくれた。
少しして院長室に到着する。
昨夜は扉をノックし、声をかける。
「院長。よろしいでしょうか?」
返事はない。
「院長、返事がないなら勝手に開けますよ?」
咲夜はドアを開ける。
鍵はかかっていなかった。
「やっぱり、居ないわね」
「…………この病院に、永琳しか知らない部屋ってないの?」
「そんなの知らないわよ。そもそも、院長しか知らないなら、私が知るわけないでしょ?」
「確かにそうだけど」
「とりあえずこの部屋……漁ってみる?」
「プライバシー……とか気にしてる場合じゃないわね」
「善は急げ、よ」
「え、これって善なの?」
私たちは院長室を漁る。
本当にそこは夢の世界なのだろうか?
様々な書類がたくさん出てきたが、どれも作り物とは思えず、現実の物と違いなど分からなかった。
「……はぁああ!」
突然雄叫びをあげる咲夜。
咲夜が、なんとも似合わない声を出した後に、ガゴンッという大きな音がする。
「咲夜……?」
「鍵のかかった引き出しがあったから……壊してみたわ」
「……それも、ユメクイ特有の超人的な力って奴?」
「そうね、基礎的な腕力は上がってるわ。でもちゃんとナイフも使って開けたわよ」
「それって"ちゃんと"なの?」
私が呆れてる間に、咲夜は中から書類を出す。
鍵をかけるだけあって重要そうな書類が入っていた。
病院の経理報告書、重症患者のカルテ、そして一番奥に眠っていたのは––––
「……なに、それ?」
「………………さぁ、初めて見るわ」
「やっぱり、永琳のやつ、何か隠してたのね……」
【Ym-ki 及び Dm-ki 被験体に関する調書】
『Ym-ki』は、現在蔓延しつつある『Dm-ki』の母となる存在であるが、その性質は根本から異なる。
『Dm-ki』は、人が見る夢を集めて世界を形成する。
そしてその世界は『Dm-ki』自身が作るものであるため、基本的には己の力が発揮される環境や、己の能力を象徴した空間となり、それは草原や岩場、砂漠や森などといった簡素なものが多い
また、その世界の形成は集めた夢の捕食を目的としており、その世界で死んだ者は現実世界で夢を失う。
夢を失うとは、つまり意思を失うことと同値である。
対して、『Ym-ki』は、あらゆる生物を自らの夢に引き込むことで世界を形成する。
そしてその世界は『Ym-ki』が作るものではなく、引き込んだ生物達の記憶によって形成される。
故にその世界は現実世界とほぼ同じ形をとるため、現実世界と見分けがつかないものとなる。
また、その世界の形成は特定の夢の捕食を目的としている。
現在開発された、『Ym-ki』検体は以下の2人。
*検体No.001 「始祖体」
夢喰研究の始まりの存在。
その脳異変が先天的なものなのか、事故による後天的なものであるかは不明。
自らの世界に引き込むことのできる人数は数億単位。
"夢を操る程度の能力"を持つ。
*検体No.002 「八意永琳」
始祖体の血液から作り出した薬によって開発。
後天的な能力のため始祖体には劣るが、自らの世界に引き込むことのできる人数は数百人程度。
"あらゆる薬を作る程度の能力"を持つ。
「院長が––––母さんが……ユメクイ?」
「それは違うわよ」
「「!?」」
私達は声のした方向へ顔を上げる。
「貴女達、こんなところで何をしているのかしら?」
「……永琳」
そこには八意永琳がいた。
「違うって、どういうこと?これを見る限り、あんたもユメクイと書いてあるように思えるのだけど?」
「確かに、同じような存在であることは確かね。だけど、そこにも書いてある通り、性質が違うのよ」
「この世界は、貴女が形成したの?」
「あら咲夜、院長とも母さんとも呼んでくれないのね」
「質問に答えなさい」
永琳が少し悲しそうな目に変わる。
私の気のせいでなければ、といった程度の変化だが。
「……この世界は私のものではないわ。私にはこんなに多くの人間を引き込むことは出来ないもの」
「じゃあ、この世界は……?」
「そこにも書いてあるでしょう?始祖体の世界よ」
––––引き込むことのできる人数は数億単位。
「そう、それだけ分かれば十分だわ」
「咲夜……?」
咲夜が立ち上がる。
私には、その意図がわからない。
「とにかくその始祖体ってのを殺せば良いんでしょ?」
咲夜の声には力が篭っていた。
「すごく簡単な話じゃない」
そして咲夜は笑った。
咲夜と霊夢は院長室から出て行った。
始祖体を倒す為に。
「繰り返すのか。終止符を打つのか。それとも––––」
––––八意永琳は呟いていた。
*キャラ設定(追記なし)
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
(原作と大きく異なる解釈をする為、必ず参照のこと)
・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。
・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。
○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」
年齢 : 17歳くらい
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
【能力 : 魔法を使う程度の能力】
主に攻撃系魔法を使う。
武器として箒とミニ八卦炉を出現させる。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
年齢 : 19歳くらい
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
年齢 : 37歳くらい
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。
○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」
年齢 : 17歳くらい
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。
【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。
武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。
○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」
年齢 : 国家機密
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。




