第19話 覚醒 –– カクセイ ––
「……そういえば、こんな草原だったわね」
「咲夜、あんた……勝てるの?」
「今度は油断しないわ。ただ……」
咲夜の表情に、慢心や油断はない。
「……先に見つけないと厄介ね。先制されたら避けられないわ」
「見つけるのだって、至難の技でしょう?」
「さっきから時を止めて周りを見ているわ」
「なるほど。それでも、まだ見つかってないのね」
「ええ」
咲夜は頷く。
索敵は咲夜に任せておけば平気だろう。
私がそう思っていると、フランが咲夜の横から顔を覗き込むようにして、咲夜に尋ねた。
「ねぇねぇ、そんなにここのユメクイは強いの?」
「そうですね。風を操るユメクイで、かなり強力な部類に入ると思われます」
「じゃあ、前回咲夜は負けたの?」
「いえ。勝ってはいませんが、負けてもないと思われます。痛み分け、といったところでしょうか」
その咲夜の発言に、私は少しだけ疑問を持った。
「え、逃げられてるし咲夜の負けじゃ––––」
「あぁ?」
「––––ないわね、あはは」
しかし、咲夜の眼光に、私は負けた。
「それにしても……」
咲夜が辺りを見渡す。
「やけに静かね」
風は吹いていなかった。
「参ったな……あの能力は厄介なのよね」
夢の主––––射命丸文は嘆いていた。
文の得意とする速さを活かした攻撃は、時を操ることのできる彼女には通用しない。
そして、お互いに顔と能力が割れている。
前回のように不意を突くことも難しいかもしれない。
文には解決策が浮かばず、接触を避けていた。
「本当は諦めるのが一番いいのかもしれないけど、この空腹に耐えるのは結構辛いのよねぇ」
誰に説明している訳でもなく、文は1人で飛びながら呟いていた。
「そろそろ1人くらい食べないと。お腹が空きすぎたわ」
辺りをキョロキョロと見回しながら飛んでいる。
すると、人影が見えた。
「よし、あの子にしよう!」
文は勢いよく、文字通り、目にも留まらぬ速さで獲物に迫った。
「やけに何もない場所だな」
少女は1人で呟いていた。
「向こうから訪ねてくれれば楽だが……これは探しに行くしかないか?」
その少女––––藤原妹紅は夢の主を探していた。
「まあ、そんな都合のいいことはないだろうなぁ」
そのとき、突然風が吹く。
妹紅の体は浮かび上がった。
「うわっ!なんだこれ!?」
妹紅は慌てる。
しかし、思考は正常に働いている。
こんなことが出来るのは、ユメクイしかいないからだ。
「くそっ!ユメクイか!?」
「あやややや、貴女もユメクイをご存知で!?」
突如、妹紅の前に1人の少女が現れた。
短めの黒髪に、黒い翼を持つ少女は妹紅の言葉に驚いていた。
「もしかして、貴女も私を喰らう(笑)とかいうユメクイなんですか?」
「……貴女"も"?」
「まあ、どちらにせよ、貴女はさぞかし厄介な方なんでしょう。手加減は無用ですね!」
「はっ!?ちょっとま––––」
文が風を生み出す。
それは前回、咲夜の腕を刎ねたものと同様に、酷く鋭い鎌鼬だった。
そして、その鎌鼬が妹紅の首を刎ねた。
––––妹紅の首が地面に転がった。
「……ん?意外と呆気なかったわね。焦る必要も無かったかしら?」
文の巻き起こす風の上で、首を失った妹紅の体は力なく倒れていた。
「さて、それでは頂きま––––え?」
文が妹紅の身体を捕食しようとした途端に、その身体が炎に包まれ燃え尽きた。
「ちょ、ちょっと!これじゃあ食べれないじゃない!?」
そして、文の肩に手が置かれる。
「おい……首を刎ねたくらいで、いい気になるなよ」
「え!?ななな、何故ですか!?」
「私は、その程度じゃ死ねないんだ」
妹紅はニヤッと笑う。
文は妹紅の手を振り払い、距離を取る。
「ただ、さっきの風……鎌鼬って言えばいいのか?あれは結構楽に死ねるんだな。痛みを感じたのは一瞬だったよ」
「……あやや、やはり厄介な方なんですね。貴女の能力は、"死なない"といったところでしょうか?」
「まあ、ほとんど正解。よく分かったね」
「貴女は死なないユメクイ……なら、貴女に負けはない。ですが、貴女には勝利もありませんよ!」
「すごい自信だね?」
「そりゃそうですよ。貴女は私に追いつけません。それこそ––––時を止めない限りはね」
「ほう……もしかしてお前、咲夜と殺り合ったのか?」
「……サクヤ?」
「十六夜咲夜。時を操るユメクイだが……違ったか?」
「あの方、イザヨイサクヤさんと仰るのですか。覚えておきましょう。私は面白いことと厄介なことは忘れませんので」
「はっ、咲夜に手を焼いているようじゃ、お前もその程度のユメクイって事だな」
「貴女も大した自信ですね」
「そりゃそうさ。だっていくら速くても––––それこそ時を止められても––––私は"負けない"からね」
「––––ッ!?」
妹紅が、また笑う。
その刹那、文の周りを炎が覆う。
「どうだ!これで逃げられないだろ?」
「こ、これはッ……」
––––使えるッ!
文は、そんなことを考えていた。
灼熱地獄の中にいる文の様子に、周りの炎に対する焦りや恐怖の色はない。
「そのまま、私の焔で燃え尽きろ!」
その時、爆風が妹紅を襲う。
その風は熱を帯び、火の粉を伴っていた。
それは妹紅に熱を感じさせた。
「な……ッ!?」
文は内側から風を起こし、炎を搔き消した。
そして……とても嬉しそうな表情をしていた。
「素晴らしいです!こんな簡単なことなのに、思いつきませんでした!そうです、そうですよ!逃げ場をなくしてしまえばいい!ありがとうございます!突破口が見えました!」
「……は?」
「ただ貴女は、私と相性が悪かったですね」
文は妹紅に笑いかけ………………そして、消えた。
「お、おい!どこいった!?」
その場には妹紅の声だけが響く。
「くそ……追いかけないと…………あいつ、どこにいった?」
どこまでも広がっているその草原。
風は、吹いていなかった。
「ねー咲夜ぁ、まだ見つからないの?」
「はい、妹様。誰もいませんわ」
「もう疲れたよ、私」
「申し訳ありません」
駄々をこねるフランに、咲夜が軽く頭を下げる。
「時を止めても見えないレベルの速さ……とか、無いわよね?」
「霊夢、そういうのをフラグって言うのよ」
「何言ってんのよ、それは漫画やアニメの話でしょう?」
「……まあ、そんなものは物理的に考えてありえないわ。そもそも速さの定義は、単位時間あたりにどれだけ進むか、なの。分母の時間が0なら、速さが定義できないのよ」
「あっそ。そんな小学生でもわかる理論が、この世界に通用するとは思えないけどね」
「とにかく、時を止めても見えないなら、ここには居ないと考えるしかないでしょう?たとえ居ても分からないわ」
「そうね。でも咲夜」
「何かしら?」
「私と喋っている時、つまり貴女が能力を使っていないこの瞬間に近付いてるなら、察知できないんじゃ––––」
その時だった。
咲夜と私の間に、風が吹いた。
私は吹き飛ばされた。
一瞬のことに訳が分からず、尻餅をつきながら辺りを見渡す。
「咲夜!?」
私と同様に吹き飛ばされたフランが叫ぶ。
その声に反応し、私はフランを見てから、すぐに咲夜を見る。
風は私達を吹き飛ばす為に吹いたわけではなかった。
咲夜と私達を遮るように––––咲夜を取り巻くように風が吹いている。
「お久しぶりですね。1人、知らない子がいるようですが」
「ぁ…ぁ……ッ」
––––もし、あのユメクイが現れたら、私はどうするのだろう?
以前考えたときには、怒りに震えるとか我を忘れて殴りかかるとか、予想はしたが答えは出なかった。
だが、まさかこんな風になるとは予想していなかった。
––––私は、言葉を失った。
「あやや、感動の再会に言葉も出ないほど喜んでくれるのですね!それにしても、人間のくせに記憶が消えていないのですか?もしかして、貴女もユメクイ?」
私は何も言えない。
動けない。
「お前がこの夢の主ね!咲夜を解放しなさい!」
「こっちの子は随分と威勢が良いですね。ユメクイなのでしょうか?」
「お前なんか、壊してやる!!!」
「……ッ!」
フランは右手に、少女の"目"を握った。
そして、すぐさまそれを握り潰そうと手に力を込める。
だが、少女がそれを許さない。
「……え?」
「危ない危ない。何をしようとしたのかは知りませんが、貴女もやはり厄介な方なのですね」
「あ……ああ……ぁぁぁあぁぁあぁぁああぁあ!!!!!」
フランは、手首から先が無くなっていた。
途轍もない速さの鎌鼬が、両手首を刈り取ったのだ。
フランは、存在しない手を抱えて苦しんだ。
「妹様!!!ぐっ!?」
咲夜がフランに駆け寄ろうとするが、風に阻まれる。
その風は抜け穴などなく、竜巻のような形で全方向が覆われていた。
「動かない方が良いですよ。もちろん先ほどの鎌鼬ほどではありませんが、多少の攻撃力を持っています。貴女のことはそれでジワジワと嬲り殺しにして差し上げますから」
少女は声を上げて笑う。
「どうやらこの子は貴女の大切な方の様ですし、目の前で殺してあげるのも良いですねぇ」
「やめなさい、そんなことしたらタダじゃおかないわ!」
「そんな状況で、よくそんなこと言えますね?」
「くっ………………あぁ!!!」
咲夜に、風の壁が迫った。
それなりの殺傷力を持っている様だ。
咲夜の皮膚が切れ、血が滲む。
「前回はよくも、私の食事の邪魔をしてくれましたね?イザヨイサクヤ、さん?」
「ど、どうして私の名前を?」
「さぁ?貴女の仲間から聞いた、とでも言っておきましょうか」
「ま、まさか貴女……私の仲間を……?」
「素晴らしい炎でしたが、私には無意味でしたね」
「も、妹紅を殺した……もしくは、喰った……の?」
「ご想像にお任せしますよ」
「ぐぁぁ!?」
咲夜と風の距離はさらに近づいた。
風は咲夜を中心に回っているが、一定の距離を保っている訳ではない。
近い距離を吹くものもあれば、少し離れたところを吹くところもある。
そのため、どれだけ中心に寄ろうとも、全ての風が当たらない場所は存在しない。
少女の言葉通り、ジワジワと、咲夜の体は削られていく。
「ひ……ひぐっ……さ、さくやを……咲夜を離せぇぇ!!!」
フランは痛みから、涙を流していた。
意思は残っているようだが、両手とともに能力が使えないフランは、闇雲に突っ込むことしか出来なかった。
当然のように、少女は半身になるだけで受け流し、ポツリと言った。
「うるさいですね。さっさと殺しましょうか」
「やめ……がぁあっ!」
「だから、動かない方がいいと言ってるじゃないですか。馬鹿なんですか?」
––––あぁ……まただ。
––––また……こうやって失うんだ。
「嫌だ」
足が竦み、言葉の出ない私はもういらない。
「もう、誰も失いたくない」
私は高らかに宣言する。
「あんたらユメクイは、私が殲滅する!!」
そして私は、"飛"んだ––––
「なんでッ……なんでよ!?」
射命丸文は、動揺した。
ふわふわと浮きはじめた、人間であるはずの少女が自分に迫ってくる。
鋭い眼光は怒りからくるものなのだろうか?
とにかくそれは、文を怯えさせるには十分だった。
「ちょっと、貴女、人間じゃなかったの!?」
普段、文は人と対峙するときは敬語である。
決してそれは相手を敬っているものではない。
むしろ、相手を蔑んでいた。
その、いつもの営業的な口調を忘れるほど、彼女に余裕はなかった。
「くっ、どうして…………どうして風が当たらない!?」
目の前の少女は浮いていた。
それは、飛ぶと言うよりも、浮くと言う表現の方が適切だった。
そして彼女は、究極的に浮くことができた。
「まさか……攻撃からも浮いていると言うの!?」
そんな、焦る文の目に、一枚の札が飛び込んだ。
文は反応することができない。
札が文の顔面に命中し、張り付き、光を放つ。
––––夢想封印
小さく少女が呟くと、文は封印された。
いや、捕食と言った方が正しいのかもしれない。
光が文を飲み込み、噛み砕く。
そして跡形もなく消化される。
そんな"封印"だった。
––––射命丸文の夢は崩壊した––––
*キャラ設定(追記あり)
*霊夢について、原作と大きく異なる独自解釈をする為、必ず参照のこと。
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。
・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○射命丸文
「誰も私に追いつけない」
25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。
【 能力 : 風を操る程度の能力 】
風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。
○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」
9歳になる程度の年齢。
幼いながらも頭が良く、思考力に長ける。
但し、精神的には成熟しきっていない部分もあり、まだ成長途中であることも伺える。
【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。
武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。
○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」
16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。
【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。
武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)




