款冬華(ふきのはなさく)
「痒い、痒い、痒い、痒い」
車内で男の声が響く。
見るとサラリーマン風の男が仕切りに首の回りを掻いている。
アレルギーが何かだろうか?
24節気最後の節気、大寒が始まった日の夜の9時の電車の中。
一年で一番寒い時期。
皆、分厚い防寒具で身を包み、動きが緩慢になっている時期。だからなのか乗り合わせた人々の反応は緩い。
自分もやはりそうだ。
気にはなるが、かかわり合いになるのは面倒。見て見ぬ振りを決め込むんでいると隣に立っている女性がゴソゴソし始めた。マフラーに指を差し込みゴシゴシ擦っている。
やがて我慢できなくなったのかマフラーを外すと首元を掻きむしり始める。
「かゆい、かゆい、かゆい」
女の人はお経でも唱えるように呟いている。
僕はさりげなく女性から距離を置いた。
背中が後ろの人にぶつかった。
「あ、すみません」
反射的に謝罪してぎょっとなる。ぶつかった若い男も必死で首を掻いていたからだ。
気がつくと電車には首を掻きむしる人々で溢れていた。その異様な風景に言葉を失う。
なんだ、なにかの伝染病か?
何となく自分の首もとを擦ってみる。幸い異常はなかった。
「きゃー」
突然、甲高い女の悲鳴が聞こえた。
最初、何に悲鳴を上げているか分からなかったがよく見ると隣の男の首がない。
服装から察するに最初に痒い痒いと騒いでいた男の様だ。
ゴトリと何か重いものか床に落ちる音。そして、何かが自分の足に転がり当たる。
嫌な予感を感じつつ足元を見ると女と目があった。焦点の合わない両の眼が足元から睨み付けている。
隣のマフラーをしていた女の生首だ。
女は、と思い隣を見ると胴体だけがつり革を持ち何事もなく立っていた。不思議な事に血は一滴も出ていなかった。
余りに想定外の事が起きると人は動けなくなると言うが、今が正にその状態だった。
どうすべきか悩んでいると、女の首から何か緑色の物が出てきた。平ぺったい植物の葉だ。それが何枚も首のところから生えてくる。
何かの蕾のようだ。
何処かで見たことがある、しかし、思い出せない。
いつの間にか車内に草を刈った時の青臭さが充満していた。
そこここで悲鳴が上がる。
痒いと言っていた人達の首は皆、人外の物にすげ替わっていた。
植物頭達は手近な人に襲いかかり始めた。
自分も元マフラー女に抱きつかれ、床に転がる。
植物頭はぐいぐいと自分の頭を押し付けてくる。
物凄い力だ。振りほどく事などとてもできない。
誰かに助けを求めようと左右を見るが、まともな人間はみんな自分と似たり寄ったりの状況だった。
ドアのところにおばあさんがへたりこんでいた。
「おばあちゃん、助けて」
ダメ元で助けを乞うが、おばあさんは両手を擦り合わせて拝んでるだけだった。
「蕗の薹じゃ、蕗の薹じゃ、蕗の薹じゃ」
ああ、そうか、蕗の薹か。
この頭の奴、天ぷらなんかで食べるあの蕗の薹か。さっきまで気になっていた疑問がすとんと腹に落ちた。
「もがぁもが!?」
押し付けられた葉っぱが鼻と口を塞いで息が詰まる。
呼吸困難で意識が薄れる。このままでは死ぬ。
(そ、そうだ!食えばいいんだ。
くそ、死ぬ前に食ってやる!)
そう思った僕は蕗の薹にかぶり付いた。
口一杯に青臭さと苦味が拡がる。
(ダ、ダメだあ~、アクが強くて生なんて食べれない!
い、意識が……意識が飛ぶ。)
チャチャラ チャラチャラ チャチャチャ
チャチャチャ チャチャン チャーン
軽快な音楽と共にフェードアウトしかける視界に割烹着の女性が現れる。
(誰?)
女性はにこやかに笑いながら言う。
「蕗の薹はアクが強いので水などにつけて、しっかりアク抜きしましょう」
(……
3分間クッ○ングかよ!)
酸欠なのか脱力なのかとにかく力が抜けて行く
サザッと視界が歪み、青い空が広がる。
幻覚だ。
死の間際に見る幻覚なんだと分かる。
このままどこまでも青い空に昇っていくんだ。
ああ、僕は死ぬんだ。と思う。
(うん?
あの黒い点はなんだ。
あれは。あの赤いスーツは!
国民的キャラ、アンパ○マ○か?!)
「さあ、僕の頭をお食べ」
頭が蕗の薹のアンパ○マ○は力強くそう言った。
「お腹が空いているなら僕の頭をお食べ。
さあ、食べるんだ。
さあ
さあ
さあ 」
だから、生はダメなんだってアンパ○マ○……
2018/01/20 初稿
そう言えばコメディタッチのホラーがなかったので。
でも
書いててゾンビパニックより怖い気がします。
次話投稿は1月25日を予定しています。
次話 水沢腹堅




