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恐怖七十二候  作者: 如月 一
小寒(しょうかん)
67/72

芹乃栄(せりすなわちさかう)

新年、おめでとうございます。

今回の話は江戸時代位を想定しております。

(時代考証とか皆無ですが(°▽°))

七草粥を食べられる予定の方は、食後にご覧ください。

多分、食後の方が良いと思います。

正太郎(しょうたろう)の家は古くから庄屋を勤める村の名家であった。

跡取りである正太郎は父母の強い願いで嫁を迎える。

近隣の村の娘だ。じい様の代は侍だったと言う話だが詳しいことは分からない。

器量は取り立てて言うほどではなく、愛想も良くない。ただ、生真面目で働き者と評判だった。

それが、ふらふらと遊び呆ける息子には丁度良いだろうと両親が白羽の矢を立てた理由でもあった。

予想通り良く舅、姑に仕える良い嫁となった。

珠に傷は子供が出来ない事だった。

3年で子供ができなければ石女(うまずめ)と呼ばれ離縁されるのが当たり前の時代であったが、舅、姑にえらく気に入られたこの嫁はそのまま実家に返されることもなく正太郎の嫁として過ごした。

嫁の名は磯良(いそら)と云った。


磯良が嫁いで来て5年目に舅が亡くなり正太郎が家長になったが、そうなっても正太郎の遊び癖は治らなかった。

母親の讒言も聞かず、仕事もせずに始終遊び呆けていた。

そして、突然、正太郎は姿を消した。

結婚6年目の事だ。

正太郎がいなくなり暫くすると怪しい輩が磯良達の所に現れた。なんと、正太郎が田畑を勝手に売り飛ばしたというのだ。

証文を盾に田畑の半分以上を持っていかれた。あまりの出来事に姑はそれから直ぐに体を壊して亡くなった。

一人残された磯良であるが、姑の葬儀や使用人の世話などで忙しくたち働いた。

元来が生真面目な性分のため、苦しくとも使用人を直ぐに辞めさせること事も出来ず、色々と苦労を重ねた。折しも冷夏が重なり、2年ほど食うや食わずの生活が続いた。

それでも朝は畑仕事、夜は遅くまで内職をし、どうにか暮らしていける算段がついた頃、ひょっこり正太郎が帰ってきた。

その傍らには腹の大きな女がいた。


「こいつは鈴菜(すずな)という。

腹の子は俺の子だ」

囲炉裏で胡座をかきながら正太郎は悪びれもなく言った。

「鈴菜です。よろしくね、姐さん」

女は正太郎にしなだれかかった状態でそういった。

磯良は無言で二人を見る。

「あら怖い。姐さん怒ってるの?」

磯良の強ばった顔を見て、女は大袈裟に体を震わせて見せる。しかし、言葉とは裏腹に女は少しも磯良を怖がってはいなかった。むしろ、小馬鹿にしているのが表情で分かる。

「あん、何か文句があるのか?」

正太郎の言葉に磯良は顔を強張らせ、『いいえ、何も』とだけ言うとお辞儀をして席を外した。

立ち去る背中に女の甲高い嬌声が浴びせられても磯良は振り返る事もなかった。


正太郎達が舞い戻って来て一ヶ月が過ぎ、年が明けた早々にそれは起きた。

「それはお前様の物ではない。お養父(とう)様のものだ。返しなされ!」

磯良が声を張り上げ、正太郎に掴みかかった。正太郎の手に握られている徳利を取り返そうとしたのだ。

それは舅の仏前に供えたものだった。

「馬鹿言ってんじゃねー。死んだもんに酒なんて必要ないだろう。

んな、無駄なことするより俺達が飲んでやるって言ってるんだ」

「馬鹿なのはお前様のほうだ。供えた後に飲みたきゃ飲ませてやると言っている。

何故、少しも待てん、辛抱できん。

わりゃ、餓鬼か!」

普段、何を言われても口応えしない磯良に怒鳴られ、正太郎は逆に頭に血が昇った。

「主人に指図すんじゃねー!

俺は今、飲みたいってんだよ」

そう、叫ぶと正太郎は磯良を思いきり蹴り飛ばした。

磯良は土間に転げ落ちる。

磯良は悔しそうに地面を二度、三度と叩き、きっと睨み付ける。

「お前様!

もうほとほと愛想が尽きた。

それほど、そこな女が良いなら。私を離縁して、そいつを嫁にすれば良かろう!」

磯良は金切り声を上げると物凄い形相で正太郎、そして、その後ろから現れた女を睨み付ける。

女は、おお怖い、などと呟くが大して動じる様子を見せていない。

磯良の神経を逆撫でする様に、これ見よがしに正太郎の肩を撫でながら囁く。

「あんたの女房ってのも言いかもね。

でも、私、畑仕事なんかしないわよ。

だって、姐さんみたいにごわごわの手になんかなりたくないもの。

ねえ、それともあんた、私に畑仕事なぞさせる気かい?」

「ああん、そんな事はさせねーって。これもってあっち行っとけ」

正太郎は徳利を女に渡すと奥に下がらせた。

そして、磯良の髪の毛を掴んで立ち上がらせる。

「お前が指図するなって言っんだろ。

お前は黙って働いて、飯作ってりゃいいんだよ。

全く、そんぐらいしか出来ん石女がぁ!

黙って土間で這いつくばって頭、冷やせや」

磯良の頭を地面に叩きつけると正太郎は唾を吐きかけ障子をぴしゃりと閉めた。

「うう、ううう」

磯良は土間にうつ伏せになったまま、小さく呻く。両手で土間の地面を掻きむしり、いつまでもいつまでも呻き続けた。


次の朝。

正太郎はぶるりと体を震わせ目を覚ます。

酒を喰らっていつの間にか寝てしまったのだろう。寝具もまともに羽織っておらず、体が芯まで冷えていた。

「おう、鈴菜?どこ行った」

眠気眼(ねむけまなこ)で隣で寝ていた鈴菜を探すがどこにもいない。(かわや)かと思いつつ居間に出てみると良い匂いがする。

囲炉裏に目をやると膳が一つ。その上にはお椀が一つ白い湯気をたてていた。

正太郎は、ごくりと喉をならすと胡座をかき、椀を手に取る。

「七草粥か。そーいや、そんな時期だな」

鼻孔を広げ旨そうな香気を堪能してから、汁を啜る。

「くぅー、うめえ」

熱々の汁が冷えきった体に染み渡った。

「おう?肉も入ってやがるぜ」

正太郎は親指大の肉片を頬張る。

肉は柔らかく、噛みしめると肉汁が口中に広がった。

肉を噛みしめ、汁を啜る。

と正太郎は囲炉裏の向こう側に座る人に気がつき、驚く。磯良だ。

「うわ!

な、なんだ、磯良、お前かよ。

びっくりさせやがって」

磯良は小さく縮こまったように正座をしていた。うつ向いていて表情は見えない。

「おう!居るなら居るって言いやがれ。びっくりするじゃねーか」

「どうだね、お前さん。その粥の味は?」

うつ向いたまま磯良は静かに問う。

「あ?

ああ、旨いぞ。ただ、この肉、柔らかくて旨いが、ちょっと(くさ)みがあるな。

何の肉だ。猪か?」

「お前様の口に合わなんだか」

磯良はぼそりと言うと、くっくっと喉を鳴らし笑う。

「お前様が毎日毎日、旨い旨いとむしゃぶりついとった肉じゃが口に合わんかったか」

「毎日、肉なんて食っちゃいねーぞ。

おめぇ、何いってんだ」

そう言いながら、椀を見て正太郎はぎょっとなる。箸の先にベッタリと黒いものが張りついていた。

「こ、こいっぁ……髪の毛?

ま、まさかお前。

おい!鈴菜はどこだ!?」

口に手を当て怒鳴る正太郎を見て、磯良は口許に薄ら笑いを浮かべながら立ち上がる。

「鈴菜はどこだぁ?

さっきから、わりぁの目の前に居るだろうが。

このぼんくらの穀潰しがぁ」

磯良は、ずいっと手に持った包丁を正太郎に向ける。包丁の先は赤黒くぬめり、光っていた。

「七草を知っとるか

せり

なずな

ごぎょう

はこべら

ほとけのざ

()()()

すずしろ じゃあ!

よう覚えてきぃや

アハハ、アハハハ

アヒ、アヒャ、アハハハ

アーハッハッハァ …… 」



2018/01/05 初稿

2018/01/05 最後付近の正太郎の台詞を追加しました。


上田秋成先生の雨月物語

その最恐と良く言われる「吉備津の釜」が元ネタで御座います

人間って化けて出なくても生身のままで十分怖くなれるって思います

特に昨今の事件等を見てみますとね……


次話投稿は1月10日を予定しております。

次話 水泉動しみずあたたかをふくむ

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