乃東生(なつかくれくさしょうず)
皆さんは体調が悪い時
直ぐに薬を飲む方ですか?
それとも、我慢する方ですか?
朝、目が覚めると腋の下が無性に痒かった。
触ってみると何かが生えている感触があった。腋毛とは明らかに違う。
鏡で見てみると緑色をした何か細長いものだ。
思いきって引っ張ってみる。
プツンと抜けた。
ちょっと痛かった。
まるで髪の毛、いや、腋毛を抜いた感じと言うのだろうか。
少し涙目で抜いたものを見ると植物の芽のようだった。
いや、さすがにそれはないだろうと思いながら、その日は会社に行った。
次の日。
やはり、右の腋が痒かった。
触ると昨日と同じ感触があった。
鏡を見るとやはり緑色のものが生えている。
それも2本も。
少し悩んだが抜いてみた。
抜いたものをしげしげと見る。
どう見ても植物の芽のようだ。どうしょうと思ったが、外せない会議があったので会社にいくことにした。
会社の帰りに薬局で塗り薬を買って寝る前に脇の下に塗った。
次の日。
今度は左の脇の下から4本新芽が生えていた。
そうきたか、と内心思う。
右に生えてこなかったのは塗り薬に効果があるからだろうか?
悩む。
4本の芽を痛みに耐えて抜くと両腋にたっぷりと薬を塗り、会社へ行く。
明日、また生えてくるようなら今度こそ医者に行こうと思った。
朝、背中が痒くて目が覚める。
体をよじって鏡を見るとやはり、背中に生えていた。
数は8本だ。
むず痒くて仕方ない。頑張って引っこ抜くことにした。
途中で肩が脱臼しそうになって悲鳴を上げる。
とにかく今日は医者に行くことにした。
色々悩んだがやはり、皮膚科に行くことにした。
皮膚科の先生に事情を話したが全く信用してもらえなかった。
まあ、そうかもしれない。当事者の自分も半信半疑なのだから。
念のために引っこ抜いた芽を見せても駄目だった。
とにかく生えている所を直に見せないとなんとも言えないと言われた。
その日は痒み止めをもらって帰る。
次の日。
やはり、背中が痒かった。
例のように芽が生えている。数えるのが面倒臭い。
多分、16本生えているのだろう。
痒み止めを飲んで医者に行く。
……
なんてこった!
今日は天皇誕生日じゃないか。
背中に芽を生やしたまま、すごすご家に帰る。
日曜日。
背中じゅうが痒い。
薬、ちっとも効かないじゃないか!!
ようやく月曜日。
寝不足の頭を抱えて朝一で医者に行く。
医者は開口一番、これ何?と言った。
それはこっちが聞きたいことだ!
医者は暫く、背中から生えているものを観察していたが、一本抜いていいかと聞いてきた。
良いと言ったが直ぐに後悔した。
引っ張ると皮膚に引っ付いて簡単に取れなくなっていた。
引っ張っても抜けなくて物凄く痛かった。
2日間放置していたのですっかり根づいてしまったようだ。
「こりゃ、うちでは手に負えませんね」
医者は芽を引っ張るのを止めると言った。
「紹介状を書くので大学病院で診てもらって下さい」
……
と言うことで、大学病院に来た。
大分待たされた。
麻酔をかけられ無理矢理10本程抜かれた。
皮膚が破れて、芽に切れ端が少し付いていた。
「無理矢理抜くと皮膚がズタズタになりますね」
分かってるなら抜くなよ、と言いたかったが止めた。
「引っこ抜いても次の日には生えてくるんです」
「こんな病気は聞いたことがないので治療法が分かりません」
医者は困惑ぎみに言う。
「とりあえずレントゲンとMRIをやりましょう。採取したサンプルは付属の研究室に回して調べます。なんにしても入院してもらう必要がありますね」
「入院ってどのくらいですか?」
「う~ん、正直分かりませんね」
う~ん、面倒臭い事になった。
結局、その日の午後は入院の手続きやら会社への連絡で費やされた。
入院、1日目。
全体的に体が重い。
薬のお陰でなんとか我慢できたが背中は相変わらずむず痒い。
背中を見る気はしないが、きっと沢山生えているのだろう。
「夏枯草だそうですよ」
「はい?」
診察する医者の言葉に私は間の抜けた返事を返す。
「あのサンプル、夏枯草と言う植物に似てるらしいです。
夏枯草は、このくらいの時期に芽を出すそうですよ」
「その夏枯草が何で私の体から生えてくるんですか?」
医者は私の顔をキョトンとした顔で見る。
そして、カルテに視線を落として言う。
「さあ。
それを今、調査中なんです」
その日の残りは、医者が言ったようにレントゲン、MRI、エコー、採血等検査に明け暮れた。
しかし、原因は分からなかった。
入院、2日目。
体がふわふわした。
鏡を見るとげっそりも頬がこけていた。
「まずいですね」
血液検査の結果を見ながら医者は言った。
「どうも栄養失調のようです」
「栄養失調?
三度三度の食事はちゃんと取っていますよ」
「それなんですけどね。どうも夏枯草の芽のせいじゃないかと思っています。
ミネラルの欠乏が酷いですね。放っておくと心臓麻痺を起こしかねない状況です」
「マジですか?」
「マジです。
点滴で栄養を補給しましょう。抗生物質も同時に投与します。
投与する抗生物質はかなりキツい奴なので副作用も強いです。目眩、吐き気が伴いますが短期間で一気に治してしまう方が良いと思います。辛いとは思いますが暫く辛抱してください」
「抗生物質って細菌とかに使う奴ですよね。植物に効くんですか?」
「よく調べると形は夏枯草ですが、実際はキノコの菌糸類に似ているそうです。
だから、抗生物質が効かなくないと思っています。今、専門の研究室に効果のありそうな薬剤を探してもらっていますが、結果が出るのに時間がかかりそうなのでとりあえず投与しながら様子を見ましょう」
詳しく聞くと不安になりそうなので、もう聞くのをやめた。
指折り数えてみる。
確か昨日で256本だから、今日は512本ほど生えている計算になる。
背中は芽でびっしりと埋まっている事だろう。
明日は1000本の大台だ。
変なところから生えてこないといいなと思った。
「おはようございます」
朝、看護師が病室の扉を開ける。
部屋は暗い。
看護師は、窓のカーテンを開ける。
明るい日の光が病室に差し込む。
「ご気分はいかがですか?」
看護師は努めて明るい口調で声をかけながら部屋の真ん中のベットを見る。
シーツを頭から被り姿が見えない。
ベットのすぐ横には栄養剤と抗生物質の点滴のパックが吊り上げられていた。パックから伸びた管がシーツの中に消えている。
昨日、点滴を始めて時はうんうん唸って
かなり気分が悪そうだったが、今は静かだった。
看護師は名前を呼んでみる。
答えはない。
静かすぎる。看護師は嫌な予感にかられシーツを捲った。
ベットに横たわるものを見て、看護師は思わず2、3歩後ずさる。口を開けるが声にならない。
そのままあたふたと部屋を飛び出す。
後にはベットとベットの上に乗った緑色の塊が残されていた。
その緑色の塊は人の形をしていて少しサワサワと蠢いていた。
それより少し前の事だ。
早朝の研究室に白衣の若い男が入ってきた。
口笛を吹きながら温度をチェックして培養庫から棚を取り出す。
棚には底の浅い円い皿、シャーレと呼ばれる物が沢山並んでいた。
「なんだこりゃ」
若い男は思わず声を上げる。
シャーレには2日ほど前にある患者から採取したサンプルが培養されていたのだが、その一つが異常に増殖していたのだ。
こんもりと緑の山ができていた。
シャーレの番号を確認すると特殊な抗生物質を入れたものだった。
死滅するのを期待していたのが逆に増殖するとは意外すぎる。
若い男は携帯を取りだし担当教授に連絡をする。
「ああ、教授。朝早くすみません。
この間のサンプルですが面白い事が分かりました。特定の抗生物質を与えると成長が爆発的に早くなるみたいです。
え?どのくらい早くなるか、ですか?
そうですね、通常、24時間で倍になるのに対して、投与すると1時間程度で倍になる計算でしょうか。だから、1本の芽が24時間で16,777,216本になる……」
2017/12/22 初稿
昔、スティーブン・キング先生原作の『クリープショー』と云う映画がありました。
オムニバスなのですが、その中の一つに、隕石だかに触った男に植物が繁殖して、やがて全身が植物に覆われる、と言うのがありました。
オマージュです(笑)。
私の記憶が確かなら、その作品はキング先生みずから演じていたと思います。
次話投稿は12月27日を予定しています。
次話 麋角解




