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恐怖七十二候  作者: 如月 一
大雪(たいせつ)
62/72

熊蟄穴(くまあなにこもる)

今回は捻りも何もないです。

ホラーも怪談もSFもありません。

動物パニックものです。

「12月11日 登山計画書を提出してから昇り口登山を開始しました。

5泊6日の行程。

メンバーは自分の他、男一人、女二人の合計四人です。

11日は正午過ぎにこの山小屋に到着して一泊することにしました」

男は青白い顔で訥々と話し始める。

薄暗い山小屋に夕暮れ時のオレンジ色の光が差し込んでくる。二人の警察官が無言で聞いている。一人は男の話しを書き取ることに集中しており、もう一人は逆に男の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見詰めていた。

一方、男の目は虚ろでどこを見ているのかよくわからなかった。

男はびくりと体を震わせると一瞬耳を澄ませる。

「い、今、何か聞こえませんでしたか?」

怯えたような男の言葉を二人の警察官は同時に首を横に振り否定する。

「いいえ。続けてください」

「はい。

翌朝早くにアタックを開始しました。

12日の昼前に計画通りに山頂に到着。

そこで休憩と昼食をとり、尾根伝いに次の山頂に向かいました。しかし、2時間位歩くとガスが出て、視界がきかなくなったので計画を変更して幕営することにしました。

夕食の用意をしている時、(たくみ)が『熊だ』と叫びました」

「工というのは水口(みずぐち)工さんですか?」

書類を書いていた警察官が確認する。

「そうです、水口(みずぐち)(たくみ)です。

見ると工達のテントに熊が頭を突っ込んでいました。熊はテントから工のザックをくわえてそのまま近くの藪に消えました。

でも、すぐまたテントの所に戻って来て、今度は夕貴、沓名(くつな)夕貴(ゆうき)のザックを引っ張り出して中を漁り始めました。

離れた位置でどうしようかと相談していましたが、工が携帯をテントの中に置いているのが分かったので工の携帯に電話をかけました。すると案の定、携帯の着信音に驚いて熊は逃げていきました。その後、藪の中から工のザックを回収しました。それで終わりだと思ったんです」

そこまで言うと、男は顔を両手で覆い、苦しそうに呻く。呻きはやがて嗚咽に変わる。

「あんな、あんなことになるなんて。

本当に思っていなかったんです」



「熊だ、熊だ。熊が出た!」

テントで寝ていた山科(やましな)(まこと)香坂(こうさか)レイはそんな緊迫した声に叩き起こされた。テントの中に水口工と沓名夕貴が飛び込んできた。

山科が寝ぼけ眼で枕元のLEDライトを点ける。

引きつった二人の顔が白いライトの輪にぽっかりと浮かび上がった。

テントからそっと顔を出す。月も星もなく真っ暗でなにも見えなかったが、ごそごそという音は聞こえてきた。不意にむせかえるような獣臭(けものしゅう)が誠の鼻をつく。

誠は慌ててテントの中に隠れた。

「どうだ、いたか?」

誠は首を横に振る。

「いや、何も見えない。だけど多分近くにいる。

昼の熊なのか?」

「分からん。テントが揺れて唸り声が聞こえてきたんで慌てて逃げ出したんだ」

「ねぇ、昼と同じ方法で追い払えないの?」

とレイ。

「携帯はテントの中か?」

「ザックに入れている」

誠は工の携帯に電話をする。山の中に軽快な着信音が木霊した。

熊の驚いたような唸り声が着信音に混じる。しかし、昼のように慌てて逃げることはなかった。何度も低い唸り声がして、がしゃ、がしゃと音がした。ザックをくわえて地面に叩きつけているようだ。

バキンと音がすると着信音が止んだ。

誠と工は無言で顔を見合わせる。

熊を興奮させただけのようだ。かなり危険な状況だった。熊とテントの距離は3メートルもない。

狭いテントの中で四人は息を殺して熊がいなくなる事を願ったが、その願いは叶わなかった。

フー、フーという息とも唸り声ともつかない音が少しずつ近づいてくる。

不意にテントがざわざわと波打ち引っ張られる。

「くそ!」

誠は叫ぶとテントが倒れないように引っ張る。工も一瞬遅れたが同じように引っ張る。

熊も負けじと引っ張り返す。

テント越しに奇妙な引っ張りあいが始まった。

と、熊の鋭い爪がテントを突き破る。

「「きゃあ」」

夕貴とレイが同時に甲高い声を上げる。

びりびりとテントが裂け熊が顔を突っ込んできた。

ぐぁー。

熊が大きく咆哮した。

ぶん、と熊の太い腕が伸びる。間一髪誠はそれを避けた。

「いやー」

レイが一声叫ぶとザックを熊に思いきり投げつける。

それが偶然、牙を剥いて噛みつきにきた熊の顔面にカウンター気味に入る。

面食らった熊は首を振りながら後退した。

誠は携帯を向けるとフラッシュをたく。

一瞬、あたりが白色に煌めく。もう一度。

熊は目をぱちくりさせ、更に後退する。

「「「ワァー!」」」

工、夕貴、レイが手を叩き、大声を上げる。

熊は暫く唸っていたが不意にくるりと背を向けると逃げ出した。

四人はその場にへたりこんだ。

助かった、その安堵の気持ちがちいさなクスクス笑いを呼び、やがて大爆笑になった。

発作的な笑いが収まった所で四人はどうするか相談を始めた。夜中の12時だった。夜が開けるのにはまだかなりの時間があった。幸い水口達のテントは倒れただけだったので立て直し、女性二人はテントの中、男は外で火を焚いて交代で番をする事になった。

「じゃあ、気を付けて」

心配そうにテントに潜り込むレイに誠は笑いながら手を振って見せる。

心配させたくなかったからだ。

焚き火の横に腰かける。手がまだ微かに震えていた。

「危なかったな」

「ああ」

工の言葉に誠は答える。それっきり二人は黙りこんだ。そして、風の音や闇に怯えながら二人は夜が開けるのをじっと待った。


夜は開けたが生憎ガスが出て視界はすこぶる悪かった。

本来なら下山は待つべきなのだが、いつ熊が現れるか知れなかったので下山を強行する事にした。非常食での朝食をすませると直ぐに下山を開始する。

先頭は誠。レイと夕貴を間に挟み、殿(しんがり)が工となった。

30分ほど歩いた所で工が立ち止まった。

「どうした?」

誠の言葉に答えず、仕切りに後ろを気にする。

もう一度尋ねようとして誠は息を飲む。

工の後方、牛乳のような白いモヤに突然、巨大な黒い影が現れると工がモヤの中に引きずり込まれた。

「ぎゃー」

すさまじい叫び声が上がった。

工の声だ。

「いやー!たくみー」

パニックに陥った夕貴がモヤの中に工を追って飛び込む。

「たくみー、工。どこ……きゃーっ」

夕貴の悲鳴が木霊する。

熊だ、と誠は直感する。熊が追いかけて来ているのだ。

「逃げろ!」

誠はレイの手を引っ張るとそう叫んだ。

「え、でも夕貴達が……」

「いいから、すぐにここから離れるんだ」

誠は躊躇するレイを前に押し、無理矢理走らせた。

無我夢中で走る事、2時間。

「ご、ごめん。限界。ちょっと休ませて」

ついにレイが根をあげた。

正直、誠も限界だった。

それにここまで来れば大丈夫だろうとも思った。

「ああ、そうだな。少し休むか」

ガスは相変わらずで視界は悪かった。

「お、おい。どこいくんだ」

藪に行こうとするレイを誠は慌てて止める。

「ど、どこって。お花摘みよ」

レイは少し顔を赤らめていった。

「ああ、いいけど余り遠くにいくなよ。

できれば音の聞こえる所でやってくれ」

「ば、馬っ鹿じゃないの。この変態!」

真っ赤になってあかんべをしようとしたレイは、背後の異様な気配に振り返る。

そこには巨大な熊が仁王立ちになっていた。

レイも誠も恐怖に金縛りにあったように動けない。

大きく振り上げられた熊の腕がレイの頭に振り下ろされた。

ぐりんとレイの首が180度回転して真後ろにいる誠の方を向く。引きった顔がまるで薄ら笑いを浮かべているようだった。

「うわ、うわ!うわぁ!!」

誠は意味不明の言葉を叫びながら、後ずさる。

大地の感触が突然喪失する。

誠はそのまま、崖から落下した。


気がつくと昇り口に横たわっていた。登山客や地元の人たちが自分を覗きこんでいた。崖下で倒れているところを偶然救助されたのだ。あちこち痛む体にむち打ち事情を話す誠の言葉にすぐに警察と猟友会による捜索隊が編成され山狩りが開始された。

レイ、夕貴、工は直ぐに遺体で発見された。

そして、捜索開始から2日目、一頭の熊がしめとられた。そして、誠は事情聴衆を受けていた。

「……成る程、大体分かりました。協力ありがとうございます」

調書を書き終えた警察官がいった。

「ところで、教えてください。レイ達は、その熊に喰われたんでしょうか?」

誠の言葉に二人の警察官は顔を見合わせる。

やがて年長の警察官が口を開いた。

「言いにくい話ですが、正直に言えばイエスです。食害が見られていました」

「そうですか」

誠は膝に抱えたザックを抱き締める。それはレイのザックだった。遺体の側にあったのを回収されたという。誠にとってはレイの形見になる。

そこに一人の警官が入ってきた。

そして、小屋にいる警察官に耳打ちをする。

耳打ちされた警察官は驚いたような声を上げる。

「どうしたんですか?」

誠の問いに警察官は緊張した顔で答えた。

「実は射殺された熊の胃を調べた所、肉類は出てこなかったとのことです」

「つまり、どういうことですか?」

「つまり、あなた達を襲った熊はまだ生きているということです」

そう言うと警察官は慌ただしく立ち上がると誠に敬礼をする。

「それでは我々はもう一度、山狩りを再開します。人喰い熊が冬眠する前に捕まえないととんでもないことになりますから。

では失礼します」

そう言うと警察官達は誠を置いて外へ出ていった。

空いた扉から小雪が舞い込んできた。初雪だそうだ。

既に熊は冬眠に入っているかもしれない。

そして、春になって目を覚ましたら再び活動を開始するのだ。

誠はザックを抱き締めるとぶるりと体を震わせた。

2017/12/12 初稿

2017/12/12 誤記の他、色々修正しました。

特に最後の熊の襲撃の所を逃げるのではなく崖に落ちるとしました。


色々調べてみると熊って怖いですね。

今回の主人公達にはわざとしては熊とであったときにしてはダメな行動をとらせています。

以下は熊とであったときの対応方法らしいです。


1.ヒグマは執着心が強いので一度、熊にとられたものを取り返してはダメ

2.背を向けて逃げてはダメ。背中を見せると本能的に追いかけてくるらしいです。目をそらせずにゆっくり後退して距離をとるのがよいそうです。他の人を加害しているときも逃げたりするとそちらを追いかけてくるらしいです。

3.急な動きなどで刺激をしない。熊が人を攻撃するのはほとんどが防衛的な攻撃らしいので、変に刺激すると攻撃を誘発するそうです。

4.襲われたら、熊は頭を狙ってくる(どうも本能的に目を狙っているようです)ので両手で頭と首をガードしてうずくまり、攻撃に耐えるらしい。でも一番の防御方法は熊に出会わないようにすることのようです。


以上な事を念頭にいれてラストを少し変更した次第です。


次話投稿は12月17日を予定しています。

次話 鱖魚群さけのうおむらがる

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