草木萌動(そうもくめばえいずる)
Iさんの住んでいる所は山あいの小さな村落だ。
多少、過疎の波に襲われてはいるものの、安定したコミュニティーをここ何十年と維持していた。
村人は皆、顔見知りで家族のようなものだ。
悪く言えば退屈、良く言えば平和な所だった。
ただ、まるで事件がないかと言うとそうでもない。
自殺者が多いのだ。年に2、3人は必ず出た。
村の人間ではない。皆、外から来た者たちだ。
村は四方を山と森に囲まれているが北東に位置する森に奇妙な場所があった。
普通に林立していた木が、突然なくなる。
急に視界が開けたかと思うと、ただの草はらが広がる。
奇妙な風景だ。
草はらの真ん中に一本だけ木が生えていて、その木を中心にほぼ円形の広場のような空間が姿を現すのだ。
村の古老によれば、広場に生える木はくすの木だそうだが、とてもそうは見えない。
というのも奇形化が進み、幹は曲がりくねり、そこここに大きな瘤がある。
見るからに不気味である。
更に不気味なのは自殺者が、皆、この木で首を括っているという事実であろう。
最寄りの車道から、その木まで来ようとすると、かなり歩く必要がある。
広場の事は他所の者には余り知られていないので、自殺をしようとしているものが当てもなく死に場所を探していて、偶然たどり着いたとは考えにくい。
この話を聞いた者は誰もが木に呼ばれていると思うだろう。
そんな木、伐ってしまえばよいだろう、と思うかもしれないが、この手の話には良くあるように祟るのだ。
木を伐ろうとした者はことごとくひどい事になっている。
一日で一家、全てが死に絶えたと言う話もある。
なので村では、木を伐る話を口にしただけで障りがあるとしてタブーとされていた。
その日、Iさんは朝から村役場に呼ばれていた。
新しい自殺者が出たからだ。
2月が終わり、春が始まろうという時節だった。
手続きや死体の運びかたの段取りに午前中を使い、例の木の所についたのは午後の2時を過ぎた頃だった。
誰も一言も話さず、黙々と作業に没頭する。
皆、一刻も早くその場を離れたいようだった。
死体を担架に乗せ運び出す時、Iさんは、後ろで草がざわめく音に何事だろうと振り返り、声にならない声を上げる。
広場が膝下に届く位の白っぽい草に覆われていた。
さっきまで一面、むき出しの地面だったのに、と訝しげに草を見て、今度は大声を上げる。
白い草ではなく細長い人の手だった。ヒョロヒョロと人形のような手がびっしりと地面を覆いサワサワと蠢いている。
足下を見ると、Iさんの足のところにも生えている。
思わずのけ反り、バランスを崩して尻餅をつく。
地面についた手にグニャリとした嫌な感触が伝わる。
恐る恐る見ると、地面にのっぺりとした顔が浮かんでIさんを恨めし気に睨んでいた。
逃げたいが腰が抜けて立てない、それでも必死になって這って広場から出ようとする。
草のように生えている手を振り払うと地面が剥き出しになる。
剥き出しになった地面には、うらめしそうな顔が浮かんでいる。
そこいら中が手と顔で埋め尽くされている。
死ぬ思いで広場を抜け、ぐったりして振り返ると後には茶色い地面ばかり。
手も顔も消えていた。
後から聞く話では、Iさん以外は誰も、それを見ていないらしい。
その場にいた人は突然、大声を上げて、転げ回るIさんを訳もわからず見守るだけだったそうだ。
幸いな事にその後は一度も見ることはないという。
あれは、あの広場で自殺したものが浮かばれる事なく、地面に埋まっているのではないか?
そして、その怨念が次の犠牲者を呼び込むのでは?
と、Iさんは考えている。
本当の事は誰にも分からない。
2017/02/28 初稿
2018/08/18 形を整えました
次話投稿は3月 5日を予定しています。
次話 蟄虫啓戸




