虹蔵不見(にじかくれてみえず)
論理学の世界でしょうか。
世界10分前生成論なるものが有ります。
時間は5分でも10分でも良いです。ようは世界はほんの少し前に作られたとしても、その世界に取り込まれている人たちはそれに気づくことは出来ない、と言うものです。
実は世界は頻繁に書き換えられていたとしても、私達にはそれが分からない。それって怖いですよね。
虹野希は名前に負けず劣らず派手な女だ。
厚く大きな唇、彼女はその唇に真っ赤なルージュを塗るのがお気に入りだった。
悪役令嬢もかくやとばかりの縦ロール、彼女はそれを天然と言い続けている。真偽はともかく金髪でないのか惜しいところだ。本人に問うと、さすがの私も金髪を天然って言い張るほど図太くはない、そうだ。
何がさすがなのかはよく分からない。
ピンポン玉を乗せて走れるぐらい長く反ったまつ毛。
勿論、マツエク。
兎に角、顔を構成するパーツ、パーツは美しいのに希は美しいと形容するのが憚れる顔立ちだった。
何か、それが何かと指摘することは出来ないけれど、全体的な調和を欠くところがあった。
「ねえ、いこうよぉ~。ねえってば」
希が何か叫んでいる。甲高く、耳に障る声が響く。
これも希のバランスを崩す要素の一つだ。
私たちの仲良しグループの一員ではあるけれどどこか浮いた感じだった。はっきり言えばもて余し気味なのだ。
七海、香織が少しうざそうな表情で希を見ている。
「何揉めているの?」
私の言葉に希はスマホの画面を見せる。
気色悪い!
一目見てそう思った。
二度見する。
半分壊れかけた石の階段が写っていた。
両脇に何か石碑のようなものがあった。蔦に覆われ何が書かれているかは分からない。
冷静に見ると第一印象のような嫌悪感は沸いてこない。
「何これ?」
「心霊スポットだって」
と香織。
「パワースポットだよ。今度の休みにみんなで行こうよ」
と希。
「パワースポットねぇ……」
希はパワースポットの意味を少し取り違えている。
「今度の休みって勤労感謝の日だっけ?」
「そうそう。近くにケーキバイキングやってるお店があるのよ。そこのタダ券持ってるから。後で行こうよ」
むむ、ケーキバイキングは希にしては魅力的な申し入れだ。
なんとかバイキングだけにならないかと思いながら、私は目をぱちくりさせている希の顔を見た。
で、結局私達は希に付き合いパワースポットなるところに来ている。
ケーキバイキング恐るべし。
無料券の魔力坑し難し。
一人はしゃぎ回る希と、テンションだだ下がりの私、七海、香織の四人だ。
「ところでここ何なの?」
「お寺か神社の跡かな」
私は本殿だったと思われる廃屋へ入っていく希の後ろ姿を目で追いつつ答える。
「いや、そうじゃなくて。このパワースポットの御利益みたいなものって言うのかな、そっちの話」
七海の質問に私は首を傾げる。調べては見たのだ。だけど、良く分からなかった。
良いことがあったとか、何か妙なものを見たと言う話はない。ここに来た人が怪我や病気になった訳でもない。
「分かんない。ネットでの評判は『変な所』。
来ると何か不安になるって」
「なにそれ、意味分かんない」
「なんも無いねぇ。つまんないから、そろそろ行かない?」
香織がつまらなさそうな表情で提案した。確かに見るべきものは何もない。私もその意見に大いに賛成だった。
「そうね、行こうか」
私達は早々にその場を引き上げた。
ケーキ屋さんは盛況だった。
さすが最近話題なだけはある。
「じゃ、無料券頂戴」
私の言葉に七海と香織が顔を見合わせる。
「持ってないよ。」
「えっ、嘘。だって、ここのケーキバイキングの無料券があるから、パワースポット寄ってからここに、……来ようって、……」
あれ?
七海でも、香織でもない。勿論、私でもない。
あれ? あれ……?
一体誰が言い出したんだっけ?
私達三人はケーキ屋さんの軒先でお互いの顔を見合わせるだけだった。
私は正体不明の気持ちに苛まれている。
恐怖ではない、不安でもない。
何か忘れているのにそれが何か思い出せないもどかしさ。
傘を持って出掛けた事をすっかり忘れて、家に帰るまで思い出せない時のような感覚。
こんな気持ちになったのは三人で例のパワースポットに行った時からだ。
だから、私は明日、もう一度あそこに行ってみようと思っている。
行けばきっと何か分かる気がする。
きっと何か起きるはずだ。
2017/11/22 初稿
2017/11/23 次話投稿日変更
世界が頻繁に書き換えられていたとして、書き換えられた世界に自分が存在するとは限らない。
『う~ん、このキャラ被るから没!』とかで、自分の存在が消えてしまったら怖いですよね。
次話投稿は11月27日を予定しております
次話 朔風払葉




