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恐怖七十二候  作者: 如月 一
立冬(りっとう)
57/72

金盞香(きんせんかさく)

美少年であったナルキッソスは、湖面に映る自分の姿に一目で恋に落ち、寝食を忘れて自分の姿を見つめていました。

やがてナルキッソスは衰弱して死んでしまいます。

その後、ナルキッソスがいた所に一輪の花が咲きました。

その花の名は水仙(ナルキッサス)と呼ばれています。

ついに僕は理想の人を見つけた!

ついに、ついにだ!!

僕に相応しい人なんて見つかるはずがないと

諦めていたのにこんなに近くにいたなんて。

運命とはなんて狡猾で苛立たしい存在なんだ。

だが、それも今日までだ。

僕はもう見つけたから二度と見失うことはない。

これからは苦しみも、悲しみも二人で分かち合うのだ。僕らの仲を引き裂くことなんて誰にもできはしない。

もしも、僕らの仲を裂く者が現れたら容赦はしない。

例え神だとしても許しはしない。


+ + +


ピピピ ピピピ ピピピ

目覚ましの音で私は目を覚ます。

11月も三分の二近くになると少し寒い。

布団から出るのが辛いけど思いきって起き上がる。

眠い目を擦りながらパンをトースターに入れ、お湯を沸かす。

リモコンに手を伸ばした私の手が凍りつく。

そして、テーブルにちょこんとおかれている箱に首を傾げる。

はて?この箱はなんだろう?

キラキラした包装紙と赤いリボンで飾られた細長い箱。

何かのプレゼントなのだろうが全く覚えがない。昨日、寝る時には絶対なかった。

箱には小さな紙切れが付いていた。

『鏡を見て!』

と書かれていた。

鏡の方を見て、私は声にならない悲鳴を上げる。

『誕生日おめでとう

ボクからのプレゼントだよ』

鏡には真っ赤なルージュで、そう書かれていた。


- - -


「お早う、愛しい人。どうしたんだい、そんなに慌てて」

サンドイッチを頬張りながらボクは呟く。

みずみずしいレタスをシャクシャク噛みきり、飲み込む。

「慌てると危ないよ。階段なんかで転んで怪我なんてしたらボクは悲しいよ」

望遠レンズの倍率を上げ、愛しい人の首もとをアップにする。

「うーー」

ボクは不満で小さく唸る。

何で彼女はボクのプレゼントをつけてくれないんだ。絶対君に似合うはずなのに、いったい何が不満だと言うのだ!

ボクは近くのイスを思いきり蹴飛ばす。

イスを派手な音を立て棚を破壊し、棚に置かれた沢山の食器も粉々に粉砕する。

荒い息に肩を震わせながら、ボクはガリガリと頭をかきむしる。

まったく まったく まったく まったく

なんで なんで なんで なんでだ!

部屋の中をグルグル回っていたボクはふと気がつく


なぁんだ、そういうことか

ああ、きっと友達の前で自慢しながらつけるつもりなんだね。

うん、そうしょう。それは凄く高かったんだからね。うんと、自慢できるよ。


ボクはもう一度、遠ざかる愛しい人の後ろ姿を望遠鏡におさめると、見えなくなるまで追い続けた


+ + +


「朝起きたらテーブルの上に箱が置いてあったの。で、箱の上にメッセージがあって、『鏡を見ろ』って書いてあるの。

でね、鏡を見ると『誕生日おめでとう。プレゼントがどうとか』書いてあるわけ。そのメッセージ、何を使って書いてあったと思う?

私の口紅よ!私の!!

それも一番のお気に入り!!!

もう、最悪」


(おいおい、突っ込むのそこか?)


「笑い事じゃないわよ。

女にとって化粧品はね、大事な武器なの。

サムライの刀と同じなの。

それを誰だか分からない輩に使われるなんて我慢ならないの」


(そうかもしれないが、そんなことよりそいつは何処から侵入したんだ)


「何処から入ったのか分かんない。窓も鍵がかかってたし」


(ドアの鍵が開いてたってオチじゃないだろうな?)


「はぁ~?

どんな間抜けよ。そんなわけないじゃん」


(警察には届けたのか?)


「ううん。あなたとの事を色々詮索されたくなかったから」


(大丈夫か?)


「ま、明日、ドアの鍵を変えるようにするわ。

それに何があってもあなたが守ってくれるでしょ?」


(そりゃ、守るけど……)


「なら、安心。それじゃあ、また、明日」


(え、ああ。また、明日)


- - -


(……

私の口紅よ!私の!!

それも一番のお気に入り!!!

もう、最悪)


誰だ 誰なんだ

誰と話をしているんだ

ボクはイヤホンに神経を集中させる


(……じゃないわよ。

女に……化粧品はね、大事な武……の。

サムラ……刀と……なの。

それを……分からない…………われるなんて我……らないの)


盗聴機からの音声は安定せず途切れ途切れだ。

愛しい人の声しか聞こえない。電話でもしているのだろう


(……あなたとの……色々詮索されたくなかった……)


(……ドアの鍵……変えるよう……するわ。

……に何があってもあなたが守ってくれるで……)


(な……、安心。それ……、また、明日)


詮索されたくない?

守る? 

まさか、まさか男なのか?

ボクの頭の中がカッと熱くなる。

許せない。ボクがいるのにお前は他の男と話をしているのか?

ボクに知らない間に他の男に色目を使っているのか!

許せない 許せない 許せない

これはお仕置きが必要だな。

待っていて 愛しい人。

ボクの存在を君の心に刻み付けてあげるから。


- - -


深夜

ボクは静かにドアを開ける。

愛しい人が留守の間にこっそり作っておいた合鍵だ。

何度も忍び込んでいるので明かりなんて必要ない。

迷うことなく君が寝ているベットヘ向かう。

ベットの中で寝る君。

ボクは感嘆の息を漏らす。

なんて美しいんだ。

これこそ神が作り出した美だ。

ボクはゴクリと唾を呑み込むと愛しい人に近づいた。


+ + +


変な気配で私は目を覚ました。

枕元に立つ黒い人。

驚き、上半身を起こす。

悲鳴を上げようとしたところを猛然と襲いかかられた。

両肩を掴まれ、ベットに押し付けられる。

頬に衝撃が走る。

二度、三度と頬を叩かれる。

痛い 痛い

痛みで気が遠くなる。

必死で抵抗するけど女の力では敵わない。

馬乗りにされて首を締められる。

息が詰まる。

助けて、助けて

(ひかる) 助けに来て……


- - -


この この この

よくもボクの顔に傷をつけたな!

血が……

血が出てるじゃないか!!

許さん 許さんぞ

甘やかしたら図にのりやがって

殺してやる


ハハハ ボクの手を払い除けるつもりか?

可愛い 可愛い か弱い力だ

女が男に勝てるわけないだろ

ホラホラ 頑張れ

うん? どうしたんだ 目を見開いて、舌を出して

苦しいか 苦しいのか?

良い女も台無しだな

このまま縊り殺してやる

……

ん?

な、なんだ? なんだこの力


うがっ


な、殴られたのか?


あ、頭がくらくらする 


うが ま、また殴られた


この女、いい加減に……



うがあぁ



止め、止め、止めてください

た、助けて……




* * *



「ああ、なんだ。

つまり、乱暴目的で、深夜女性宅に忍び込んだ男が逆に返り討ちにあった、って話だろ?」

くねっと曲がった煙草を口にくわえたモジャモジャ頭の男が面倒臭そうに言う。

「はい、警部。大筋はそれであってます」

警部と呼ばれた男とは対照的にパリッとした背広を着こなした青年がメモを片手に答えた。

刑事より事務員と形容した方が違和感がない。

「なんだよ、その含みのある言い方。

被害者の名前は何だったっけ。

湯川(ゆかわ)(ひかり)だっけか?」

「いえ、ひかるです。ゆかわ、ひかる」

「そうかい。で、そのひかるちゃんが男をボコボコにして、最後には絞め殺しちゃったんだろ。凄いねぇ。どんなゴリラ女……

いやいや、すまん。これはセクハラ発言だな。

兎に角だ、正当防衛ってことでいいんだろ」

「いえ、過剰防衛かも知れません」

「過剰防衛?なんでそうなる」

「プロボクサーの免許持ってるんですよ」

「プロボクサー!

なるほど、そりゃ女だてらに剛毅なものだな」

「警部。その女って言うのから問題なんですよ。一度、本人とお話をしてみてください」

「ああん?」


取調室で湯川光と対面した警部は困惑を隠しきれないでいた。

ふっくらとした頬。

ぷっくりした唇。

くりっとはっきりした目鼻立ち。

モデルか女優のような美しさだった。だが、警部を困惑させたのはその美しさではない。

金色の髪は短く刈り上げられている。テーブルの上には置かれている手には茶色のウィッグが握られていた。

喉元を見ると喉仏が確認できた。

これは男だ。

と警部は思う。


「あーー、なんだ。

湯川(ひかる)さん。事件のあった夜の話を聞かせてもらえますかね」

(ひかる)は悪くないんです!」

綺麗なソプラノの声が湯川光から発せられた。警部の体が驚きで微かにピクリと揺れる。

(ひかる)は、私を守るために必死になって闘ってくれたです。ただ、それだけなんです」

そこまで言うと湯川光は両手で顔を覆うとさめざめと泣き始める。

「確かに僕は(ひかり)を守るために必死だった。愛してるんです。その(ひかり)が傷つけられそうになったから、頭に血が昇って何がなんだか分からなくなったんです。

そして、気付いたらあの男が血塗れて倒れて痛んです。殺す気はなかったんです。信じてください刑事さん!」

今度はやや低い男の声が湯川光から発せられる。

「私からもお願いします。刑事さん」

また、甲高い女の声。

警部は軽い目眩に襲われる。

気を落ち着かせる為に警部は手元の資料に今一度目を通す。

鑑定医からの報告書だ。


《湯川光に関する鑑定結果》

本名 湯川 光 (ゆかわ ひかる)

性別 男

年齢 28歳

鑑定の結果、解離性人格多重の徴候が見られる。当患者の特異性として極度の自己愛から理想の異性を自らの中に別人格として作ったところにある。

本来の人格である湯川(ひかる)とは別に女性の人格である湯川(ひかり)が存在する。

(ひかる)(ひかり)は恋人関係で、本来は解離して交流が出来ない二つの人格が、実際の恋人のようにコミュニケーションをとることが可能であり、二つの人格が同時に存在できる非常にレアな症例である。

今回の事件は女性人格の(ひかり)の危機を救うために男性人格の(ひかる)が顕現し暴行者に対抗。結果、殺害に及んだと思われる。

今回の場合、目の前で危機に曝される恋人を守ろうとした行為であり……








2017/11/17 初稿

キンセンカとかかれていますが水仙の事だそうです。

白い花びらの真ん中に黄色い花が咲く可憐な花ですが、ヒガンバナ科で毒が有ります。

年に何件か誤食による食中毒を起こしています。

そこから最初、団地の近くの用水路で子供が溺死した母親が、逆恨みと妬みでおかしくなって用水路近辺に咲いている水仙をカレーに仕込んで子供会で振る舞って……と言う話を考えたのですが、実際に類似する事件が起きているので没にしました。

悩んだ挙げ句、ナルシストの語源でもあることから自分を恋人にした多重人格者のこの話ができた次第です。


次話投稿は11月22日を予定しております


次話 虹蔵不見にじかくれてみえず

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