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恐怖七十二候  作者: 如月 一
霜降(そうこう)
53/72

霎時施(こさめときどきふる)

リミッタ、やや外れ気味


わたしは校舎の裏で立ちすくむ

校舎の裏の垣根の片隅で自分の制服であった残骸を見つめる

無惨に切り刻まれて泥にまみれた布の切れ端に成り果てた物

拾うとぐっしょり濡れている

()えた尿の異臭が鼻をつく

わたしは慌てて汚物を手放す

嘲笑う声がわたしの頭の中でぐるぐると回る

あの女

すーっと伸びた黒髪、ぷくっりした唇

見映えの良い悪魔

そして、取り巻きのあいつとあいつ

ポニーテール、茶髪と赤いリボンのあの二人

5人の男

悪魔の忠犬達

馬面

ニキビ

ガリ

(ふと)

そして、あの、あの鬼畜

わたしの中で何かが爆発する

もう沢山だ

  タクサンだ!!

イキテイテモ仕方がない

わたしは誰にも聞こえない絶叫をあげながら学校を飛び出る

そのまま裏山へ

裏山のお歯黒沼に

あそこに飛び込めば死体はきっと上がらない

この世から消えられる

誰の目にも止まらなくなる

沼に飛び込む

10月下旬の沼の水は冷たい

でも構いはしない

だってわたしは死ぬのだから

足ににゅるりと気色の悪い感触

そして ズブズブと体が沈んでいく

苦しい 苦しい

苦しさに耐えかね、わたしは口を開く

泥臭い水が肺に充満する

苦しい 本当に苦しい

苦しい 苦しい くるしい クルジイ

クルジイ グルジイ 

グルジイ グルジイ グルジイ

死にたくない!

なんで自分だけがこんな苦しい思いをする

嫌だ 嫌だ

一人で死にたくない

もがくけど 沼の底の泥は柔らかく 手がかりにならない

ドンドン沈んでいく

意識が遠のく

わたしの人生はいつでも頼りになるものなんかなかったもの

なに?

足に何か固いものが当たる

微かな希望を込めてわたしはその固い何かに乗ろうとする

でもそれはぐらりと呆気なく動く

ああ そうよ

いつもそう

いつも希望をは打ち砕だかれる

それがわたし

そして わたしは闇に沈んでいく


時計は夜の零時を回っていた。

広い職員室に女性が一人。

キチンと着込まれた紺色のブレザーと肩口で切り揃えられた髪が几帳面な印象を与える。

整った顔は微笑むと可愛らしく男子にも女子にも人気があった。

だが、その顔も今は暗く曇っている。

職員室の扉が音を立てて開き、頭の禿げ上がった男が顔を覗かせる。

校長先生だった。

「小宮先生。まだ、残っているのですか?」

小宮と呼ばれた女性は力のない笑みを浮かべる。

「はい、ちょっと気になる事が有りまして」

「気持ちはわかりますが余り思い詰めないように。

なんでも自分一人で背負い込んでは行けませんよ。

私は帰ります。小宮先生も早く帰るように」

「はい、ありがとうございます」

校長の顔が引っ込むと、小宮は机の上に広げた資料に目を落とす。

そこには女生徒3人と男子生徒5人の顔写真付きの報告書があった。

みんな、小宮の担当するクラスの生徒だ、いや、生徒だった。

彼らはここ二週間の間に立て続けに死んでいた。

正確には男子生徒の3人は行方不明でまだ見つかってはいない。

口に出すことはないが小宮は内心もう生きてはいないだろうと思っていた。

(この3人が全ての始まりなのよね)

小宮は改めて3人の書類に目を通す。

馬場(ばば)文男(ふみお)

細長い顔が名前の通り馬を連想させる。そのユーモラスな風貌と言動がクラスのムードメーカーだった。

磯部(いそべ)(つとむ)

頬のこけたクロブチメガネの少年。勉強の良くできる子という記憶はあるが、正直それ以上の記憶はない。元来無口だったので小宮はほとんど話をした事がなかった。

近藤(こんどう)(みつる)

小肥りで、どこか虚ろな目をしていた。何を考えているのか良くわからない不気味な雰囲気があった。担任としてはあってはならないがどこか敬遠しているところがあった。当然、ほとんど話したことはなかった。

この3人が突然姿を消した。

3人同時に。

行方不明の当日も普通に学校に来ていた。学校で何かトラブルがあったわけではない。授業後、突然姿を消した。

大騒ぎになった。

警察や町の人々が大規模な捜索を行ったが遺留品も見つかっていない。

それだけでも大事件であったが、三日と経たない内に渡部(わたべ)(ゆう)がトラックに跳ねられ死亡した。

赤信号を無視した飛び出しだった。

小柄で顔中のニキビが特徴的だ。丁度、色気がついてきた頃で小宮も際どいトークに辟易させられていた。

落ち着きのない子供であったので飛び出して事故に巻き込まれても不思議ではなかったがなにもこんな時期にと、小宮を嘆かせた。

だが、悲劇はそれでは終わらない。

今春(こんぱる)早苗(さなえ)

自宅での夕食での中毒死。

信じられない事故。

夕食の食材として買ってきたキノコに毒キノコが混じっていたのだ。

激しい腹痛に襲われたらしく、自らの吐瀉物と排泄物の汚物の中でのたうちまわって悶死した。

小宮は目頭を揉みながらため息をつく。

そして、もう一枚の書類を手に取る。

ポニーテールの少女が微笑んでいる。

牧野(まきの)遥香(はるか)

彼女は病死だ。

劇症溶血性ナンチャラという聞き慣れない細菌に侵された。

朝、学校に着いた時点で発症してすぐに病院に担ぎ込まれたがその日の深夜に亡くなった。

手足が真っ黒に壊死してもげたと聞く。

呪われたクラス。

この頃には世間からそう囁かれていた。


「不幸が重なるとなんか呪われているように思っちゃいますよね」


突然の声に小宮は心臓が止まるかと思った。

半ば腰を浮かせ声の方を見る。

悲鳴をあげなかったのが奇跡に思えた。

少女が一人立っていた。

小宮は驚く。

さっきまで確かに誰もいなかった。

この少女はどうやって自分に気付かれずに目の前に現れたのだろう。

「あはは。先生、なにそんなに驚いてるんです。受ける~」

少女は口許に手をやってクスクスと楽しそうに笑う。

この少女。

見覚えがあった。

間違いなく自分の担当のクラスの生徒だ。

なのになぜか名前を思い出せない。

「え、えっと。

あなた、どうしてこんな夜中にこんなところに来ているの」

小宮はとっさに名前を思い出せない事を誤魔化すように当たり障りのない質問をした。

「勿論、先生に話があったからですよ~」

生徒は歌うように答える。

表情も声も明るいのに、小宮は寒気を感じた。なぜかとても怖い。

なんでこんなに怖いのか良くわからないが、とにかく怖かった。

全身にねっとりとした脂汗が吹き出てくる。

「は、話?

話ってなにかしら」

山城(やましろ)大和(やまと)霧島(きりしま)春奈(はるな)

少女の表情から微笑みが消え、能面のような無機質な顔が現れる。

その名前に小宮はビクリと体を震わせる。

机に置かれた残り二枚の書類。

一枚には黒髪の美少女の写真。

そして、もう一枚、金髪で目付きの悪そうな男子生徒が写っている。

何故、この少女はこの二人の名前を出してきたのか?

問おうとした出鼻を少女の声が挫く。

「先生さ、わたしの名前、思い出せないでしょう」

目の前の少女の言葉に小宮は目を見開く。

図星だ。

小宮は少女の名前を思い出せないでいた。

「そんなもんよね。

先生、本当に上っ面しか見てなかったから」

少女は手近の机に腰掛け、足をぷらぷらさせ始める。

普段ならそんな行儀の悪き事を目にしたら絶対にたしなめるのだが、今は雰囲気に気圧され頭が回らない。

「上っ面しかなんて、私はちゃんと……」

「先生、わたしが苛められてたって知ってました?」

誰に、という質問を小宮は飲み込む。問えば聞きたくない答えが返ってくる予感がしたからだ。

少女は口許を綻ばせる。

白い歯の間から赤紫色の舌がチロリとのぞく。微笑みとは程遠い、凄惨な笑み。

小宮はブルリと身震いした。

「知らなかったでしょう。

ね、だから上っ面だっていってるの。

わたしのクラスはみんな仲良し、なんて頭の中お花畑で思ってたんですよね」

少女の顔は穏やかだったが物言いは辛辣だった。

「わたし、死のうと思ったんですよ。

学校の裏山のお歯黒沼に飛び込んで。

でも、飛び込んだら死にたくなくなった。

悔しかったのね。

わたしは悪くない。

なんで自分だけが死ななきゃならないのか。

泥の底で必死にもがいた。

苦しくて、苦しくて、意識が遠のいた。

もうダメだと思ったんです。

このまま、自分は誰にも気付かれないで死ぬんだって思ったの」

少女はそこで一旦言葉を切った。小宮は金縛りにあったように身動きがとれなくなっていた。

「不思議な事に、気がつくと岸で倒れていた。

誰かが助けてくれたのかと思ったけど誰もいなかった。

ただ、この変な箱だけが傍らにあった」

少女は赤錆びた金属の箱を小宮に見せる。

「鍵が掛かっていて開かないの。

振ってみるとカランって音がした。

何となく貯金箱見たいだからコインかなにかが入ってるのかな。

耳をじっと当ててたら『お前の願いを叶える』って聞こえたの。すごっく微かだったから空耳かも知れないけど……

でも確かに聞こえたように感じた。

だから、願ったわ。

三人をこの沼に沈めてって。

そしたらね、叶っちゃった」

予想外の少女の言葉に職員室の空気が凍りく。

「あははははは」

凍りついた空気の中で少女の乾いた笑い声だけが響く。

「ああ、これは願いが叶う魔法の道具なんだって分かったの。

それでね、他もお願いしたのよ。

わたしの髪を持って引きずり回したバカ男も、掃除の汚水をわたしにかけたバカ女達もみーんなね。

お願いしたのよ。死ねって」

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……」

少女は不意に叫ぶと足を踏みならし始めた。

足元の見えない虫を踏みつけるように、何度も何度も。

最後には両足でぴょんぴょん跳ね始める。

「……死ね、死ね……」

ぴょんぴょんと跳び跳ねる高さは徐々に高くなり、最後は頭が天井に届くぐらいになる。

異常な跳躍力。

金切り声を上げながら跳躍する少女の口は耳まで裂けているように見えた。

小宮は逃げ出したかったが恐怖で体が動かない。

「死ねったら死ねったら死ねったら死ね!」

不意に少女は跳ぶのを止める。顔は再び能面のような凍りついたような微笑みを浮かべている。

口は裂けていない。

目の錯覚だったかと、小宮は自分に言い聞かせる。

「全部叶ったわ」

少女は金属の箱に頬ずりしながら喋り続ける。

「残りはわたしを苛めた主犯の二人だけになった。

ところで、先生。

無理矢理ヤられたことある?

泣いても、叫んでも許してもらえなくて、何度も殴られ、突き上げられて、血塗れになった経験ある?

大和、山城大和、あの鬼畜。

だから、わたしと同じ思いを味わって死ねって願ったの。

で、どうなったかは知ってるよね」

山城大和は通り魔に襲われた。通り魔に殴られ昏倒したところを拉致監禁された。通り魔は変質者で大和は……

「ここで、質問です」

少女はニヤニヤ笑いながら言う。

「釜をほられたからって人は死ぬでしょ~か~?

乱暴にされたら切れて血が出るだろうね。

括約筋切れるともう治んないっていうからウンコだだ漏れになるかもしんないねぇ。

あはは。

でも、そんぐらいで死ぬと思う。

腸壁破れたら出血多量で死ねるかも知れないねぇ。

でも大和はねぇ……」

少女はさも可笑しそうにクスクス笑う。

「お腹をナイフで刺されて、そこに男のナニを突っ込まれたのよ。

何度も何度もね。血塗れで豚見たいにブヒー、ブヒーって涙流しながら泣いてたわ。

あっは、おっかしい。

先生もそう思わない?」

小宮はなんと答えれば良いか分からなかった。

「思わないかぁ~。

ま、いいわ。それで霧島春奈ね。

何が腹立たしいって、見てくれと中身が全然違うことよね。

だからね、見た目も中身と同じように醜くなれって願ったの。本当にそれだけよ」

霧島春奈は発狂した。

自分の体が臭い、臭いと言いながら自分の皮膚を剥ぐ自傷行為を繰り返し、最期には自分の腹を裂いて臓物を引きずり出したと聞いていた。

「嘘でしょ」

小宮は言う。願うだけで人を殺せるなんてあるはずがない。偶然の出来事に後付けで辻褄を合わせているだけだ。

「箱がね」

少女は手に持っている金属の箱を振る。箱がジャラジャラと音をたてた。

「重くなるの」

「はい?」

小宮は少女が何を言いたいのか分からなかった。

「わたしが願って、願いが叶う度に箱の中身が増えてるみたいなの。中身が何なのか分からないけどふえてる。重くなるの。

貯まってる~って感じ?」

少女は箱を愛しそうに抱き締めて、恍惚の表情を浮かべる。

「はぁ、もっと貯めたい、貯めたい、貯めたいのよ。

いえ、貯めないといけないの。

ね、分かるでしょ、先生」

少女に睨まれて小宮は震え上がる。

この少女はおかしい。何から何まで異常だ。

真底、恐怖に包まれた小宮は答える余裕等なかった。ただ、首をブルブルと横に振るだけだった。

「でね、わたし、考えたの。

なんで先生はわたしが苛められてるのに気づかなかったんだろうって。

なんでクラスのみんなはわたしが苛められてるのを見て見ぬふりをしたんだろう。

そう思ったら許せなくなったの。

誰も彼も許せない。

みんな死ねばいいんだってね。

そうすれば、箱ももっと重くなる。

ね、そうでしょう?」

少女は小宮の方を見るとニターと笑った。まるでハロウィンのジャクオランターンのような空虚な笑いだ。

「いい天気だよねー。

こんないい天気に小雨が降ると不思議じゃない?

不思議で面白いよね。

先生も見たいでしょ、小宮(こみや)小雨(こさめ)先生!」

突然、小宮は自分の意思とは関係なく立ち上がる。

「え?何、何なの」

小宮は戸惑い呟く。

「晴天の夜に小雨降れ」

少女の言葉が吐き捨てられた途端、小宮の体は勝手に動き出す。職員室を飛び出し、一目散に屋上に向かって歩き始める。

「いや、ちょっと。ダメ。

だ、誰か助けて。わたしをと、止めてー」

廊下から響いてくる小宮の叫びを鼻歌混じりに聞きながら、少女は次に何を願おうかと考える。


微かな悲鳴とドサリという物の落ちる音がした。


少し間を置いて少女の持つ箱からチャリンという音が響いた。







2017/10/28 初稿


次話投稿は11月2日を予定しています。


次話 楓蔦黄もみじつたきばむ

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