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恐怖七十二候  作者: 如月 一
雨水(うすい)
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霞始靆(かすみはじめてたなびく)

「こん時期にゃあ、山ぁ、上がっちゃぁダメェだぁ」

 突然、そんな事を言われた時、Yさんは、なんだ、この婆さん。と内心思ったと言う。

 彼女とドライブの時の話だそうだ。

「2月が終わる、ちょうど今時分です」

 場末のバーのカウンターでYさんは、何杯目かの水割りをあけながら喋り続ける。

「峠の所にあった、ちょっとした食べ物とか飲み物とか売ってるようなお店?あんな感じのところで休憩してたら、突然、そんな事を言われたわけですよ。

最初は、店の人かと思ったんですが、どうも違う。

カウンターにいる人に助けを求めようとしても、お店の人も、まるでそんな婆さんいないようにガン無視してる。

ああ、地域でも困った婆さん扱いなんだなって思いました。

で、自分達も無視して車に戻ろうとしたら、」

「霞に気ィつけろ。霞が出たら、動くんじゃねぇ。命、取られるぞ」

 Yさんは、その婆さんの言葉を再現してくれた。

 それにしても、命とられるとは物騒な話だねと感想を述べると、Yさんも大きく頷く。

「そうそう、自分もそう思ったんですよ。

誰にだ?って突っ込みを入れたくなったんですが、関わるとめんどくさいとも思って、敢えて無視しました。

いい天気だったんで霞なんて出るわけないとも思ってましたしね」

 そこで一旦、Yさんは言葉を切ると、暫くグラスを弄ぶ。

「それが、出たんですよ」

 不意に沈黙を破り、ぽつりと言う。

「霞が出たんですよ。

本に載っていた見晴らしのよい高台っていうんですかね。

目的地はそこだったんです。

そこにいくには、結構な山道を通らないといけない。

ま、自分、山道慣れてるし、4WDだし、気にはなりませんでした。

だけど、暫くすると、何か前が見にくい。

全体が白っぽい。

知らない間に霞が出てたんです。

でも、そん時は、ああ霞かぁ。そんな程度でした。

いや、運転に支障が出るレベルでは全然無かったです。

だから、構わず進んでいきました。その内、晴れるだろう、と軽く考えてました。だけど霞は段々と濃くなってきました。

それでも、20、30メートル先は見える。

自分は行けるところまで行こうと思ってたんですが、彼女がね。

停めてっていったんです。

あの婆さんの言葉が気になってたんでしょうね。

怖いから停めてって聞かない。

んで、しょうがないから、晴れるまで車停めて、待った訳です。

1時間位待ってやっとこさ霞が消えたですが、驚いた。

景色が変わってたんです。

うん?意味わからないって顔してますね。

文字通りの意味です。

霞があった時は普通に道の真ん中を走っていて、前も安全だとおもっていたんです。

だけど、霞が晴れたら目の前に道がない。

崖っぷちなの。

後、もう少し車止めるのが遅かったら谷底に落ちてたかもしれない。

もう、訳わかんなかったですよ」

 危ないところだったんだ。と言うと、Yさんは何故か皮肉っぽい笑みを浮かべ、水割りをグッと飲み干した。

「それが1年前の話です。

これからが、本番です。

この間の事です。彼女とのデートの待ち合わせの場所に行こうとしてたら、霞がでたんですよ。前と全くおんなじ感じでね。

嫌な予感がしたんで、車停めて晴れるのを待つことにしたんです。

で、彼女に遅れそうだと連絡しようとしたら、向こうからかかってきた。

携帯から、霞が出た。霞が出た。ってちょっとパニクった感じで、叫んでくる。とにかく、落ち着いて安全なところで車を停めて待てっていったら、そうしてる、て。

じゃあ、霞、晴れるまで喋って時間潰すかと話をしてたら、突然、携帯から凄い音して、プツンって切れちゃった。

焦って、何度もかけ直しても全然、繋がらない。

結局ね、交通事故でした。

トラックに横から突っ込まれて、即死って話でした。

トラックの運ちゃんの前方不注意とのことですが、彼女の方もどうして、交差点の真ん中で車停めてたのかって、警察も不思議がってました」

 Yさんは、不意に黙りこんだ。

 そして、大分してから、ようやく話を再開してくれた。

「誰にも言ってませんが、みんな、霞に騙されたんじゃないかって俺、思ってるんです。

みんな、違う景色を見せられたんじゃないかってね。

だとしたら、俺、スッゲー怖いんです。

もしも、来年、また、霞が出たとしたら。

車停めても、進んでも助からないとしたら。

俺、どうすればいいんだろう。

そう思ったら俺……

ねえ、どうすればいいんでしょうね?」









2017/02/23 初稿

2018/03/20 一部文章修正

2018/08/18 形を整えました


次回投稿は2月28日を予定しています。


次回 草木萌動そうもくめばえいずる


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