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恐怖七十二候  作者: 如月 一
寒露(かんろ)
49/72

鴻雁来(こうがんきたる)

(しま)咲三郎(さきさぶろう)はヤクザである。

ヤクザ者と言ってしまえばそれまでだが、縞はそれだけで済まされる人物ではない。

いわゆる任侠の人だ。

世界最初の大戦が終結した1919年にこの世に生を受け、青春を二度目の大戦の激動の中で過ごす。

その(あと)に続く戦後の混乱期、進駐軍の横暴や新興する暴力団から庶民の平穏と希望を反骨と拳骨で守った男である。

たがしかし、日本刀(ぽんとう)拳銃(はじき)で武装した無頼の輩を素手で叩きのめしたこの鉄人も寄る年波と病には勝てず1989年末、この世を去る。

奇しくも昭和最後の年であった。

『俺が死んだら、あの丘のクスの木の近くに埋めてくれ。

そしたら、ずっとこの街を見ていられる。』

それが縞の最後の言葉だったと言われる。

そして、時は流れる。


夜の街を人影が一つ。

右にヨタリ、左にヨロヨロと真に頼りない。

酔っぱらいだろうか。

その人影を路地裏から見つめる者達がいる。

街のチンピラだ。

品定めを終えると手慣れた動きで獲物を囲む。

「なあ、おっさん。」

酔っぱらいの前に立ち塞がった男が歪んだ笑いを浮かべ声をかける。

「金貸してくれねーか?」

ニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながら男は戸惑う酔っぱらいの顔をねめつける。

酔いの回った赤ら顔が氷水に突っ込んだアルコール温度計のようにさーっと白くなる。

「あ、いや、それはちょっと」

目を泳がせ、どもる酔っぱらいの顔面を男の鉄拳が襲った。


「……異常は無さそうですが念のためMRIで診てもらう事をお薦めします。紹介状書きますがどうしますか?」

「じゃあ、お願いします。」

男は力なく答える。

頭と腕の包帯も痛々しい。

男はお辞儀をすると診察室から出ていく。

患者の後ろ姿を見つめながら白衣の医者はため息をついた。

名を坂巻(さかまき)光介(こうすけ)と云う。

この街で町医者をしていた。

専門は内科だが外科も診る。

「帰宅途中に強盗に襲われた、か……

最近、多いねぇ。」

「そうですね。一週間に一人ぐらいありますね。」

後ろに立っている看護師が相槌を打つ。

「この間は『みょーれん』のご主人が担ぎ込まれましたね。」

『みょーれん』とは近くの居酒屋の名だ。

確かについ、三日前に主人の治療をしている。

あれも酷いものだった。料金を請求したらいきなり外に引きずり出され暴行を受けた。

「全く……」

どうなっているんだ、と言いかけ坂巻医師は言葉を飲み込む。

一人の男が駆け込んできたからだ。

「若先生!

た、大変だ。」

それは近くのマンションの管理人だった。

「大塚のお婆ちゃんが大変なんだ。

殴られて血まみれだぁ!」


金江(かなえ)さん、坂巻病院最古参の看護師、の()れたお茶を受けとると坂巻医師は一人呟く。

「全く世の中間違っとる。」

「オレオレ詐欺だそうですよ。」

本多(ほんた)由香(ゆか)、こちらは坂巻病院の若手看護師、が後を継ぐ。

「大塚のお婆ちゃん、お金はおろしたけど渡す直前におかしいと思って渡すのを渋ったらいきなり殴られてお金取られたそうです。

本当、最近、物騒ですね。

これもあれですよ、あれ、何て言ったかな。

そう、怒愚魔(どぐま)です。」

「怒愚魔?何、それ。」

「最近、この辺を仕切ってる犯罪者集団の名前ですよ。

盗み、強盗、詐欺、薬物販売と、何でもありの犯罪集団です。

警察も手を焼いてる見たいです。」

「暴力団?」

「いえ、そんなに組織だってはないみたいですよ。

でも、なんか化け物みたいなのが何人かいて、その人たちのカリス、って言うか虎の威を借る狐的な感じで悪さしてる連中です。」

「化け物みたいな人……

どんな人なの?」

「知りません。

会ったら最後らしいですよ。」

突然、金江さんが忌々しそうに叫ぶ。

「ああ、そんな連中、縞さんがいれば絶対のさばらせちゃおかないのに。」

「縞さんて誰です?」

由香はキョトンとした顔で聞く。

「昔、この辺を仕切っていた人よ。」

「うーん、でも、仕切っていたって云うとやっぱりヤクザさんなんでしょ?」

「縞さんはヤクザじゃあない。任侠の人よ。」

「にん、きょう?」

「弱きを助け、強きを挫く。筋目を通す男の中の男よ。」

「はぁー、そんな格好いい人がいるんですか。

金江さんの知り合いなら紹介してくださいよ。」

「残念だけどもう死んじゃったのよ。

大分昔にね。

若先生が小学生の頃かしら。」

不意に自分の事が出てきたので坂巻医師は内心ドキリとした。

縞という名前には覚えがある。たまに怪我の治療に自分の父親の治療を受けていた。その姿は記憶にあったが金江さんの言葉はピンと来ない。絶えず穏やかな笑みを浮かべた老人。そんな印象しかない。

「えー、そうなんですか。残念だなぁ。

ハンサムでした?」

「うーん、どうかしら。

今のハンサムとはちょっと違うわね。

全体に角張っている感じかしら。

目元も吊りあがってちょっと怖い感じだったし。」

「あらま、やっぱりヤクザ風。」

由香は苦笑する。

「でもね、(うぶ)な所もあってね。

ありがとう、って言うと照れちゃって黙ってコクコク頷いて背中見せて去ってちゃったりする人だったのよ。

後ろ向きで、ちっちゃく手を振ってね。可愛かったわ。」

「付き合ってたんですか?」

由香の質問に金江は吹き出す。

「私?

ダメダメ。

縞さんの回りには良い女がひしめいていたから、私なんててんで相手にされなかったわ。

まあ、本当に良い女は本物の男を知ってるって事よ。

だから、あなたも精々女を磨きなさい。」

「はぁーい。」

由香はクスクス笑いながら包帯の束を抱えて隣の部屋へ向かう。

金江は由香の後ろ姿を見つめ。そして、本当に縞さんが居てくれたらねぇ、と少し寂しそうな声で呟いた。


真っ黒な空が閃き、大粒の雨が大地を打つ。

ずぶ濡れになった一組の男女が走っていた。

「きゃっ。」

空気を震わす雷鳴に女が微かな悲鳴を洩らす。

男は前方に現れたクスの木の根本に身を寄せる。

空が再び光る。

「ね、雷、鳴ってるのに木の下ってヤバくない?」

「大丈夫。まだ遠いさ。」

男が答えて二呼吸した位で雷鳴が轟く。

「な、音は大きいが光ってから音がするまでに大分時間があるから大丈……』

男は言葉を飲み込む。

目の前が真っ赤に染まり、鼓膜が破れるか、と思うばかりの轟音に全身を包まれた。

すぐ目の前に雷が落ちたのだ。

カップルは仲良く尻餅をつき、暫く身動きが取れないでいた。

男は股間に生暖かさを感じなから雨で全身ずぶ濡れで良かったと思っていた。

「何に落ちたの?」

最初に口を聞いたのは女の方だった。

「って言うか木の下ヤバイじゃん。」

女は四つん這いで木の下から這い出ようともがく。

「あ、いや、雨止んでる。」

男はようやくそれだけで言った。

不思議な事に落雷が合図のように雨も雷もすっかり止んでいた。

「ホントだ。」


オオォ


「え、何?何の音?」

ホッとしたのもつかの間、何か変な音が響く。


オオオオオ


それは地面の下から響いてくる。

「何、何、何!」

「わ、分からん。俺に聞くな。」

ボコりと地面が隆起する。

声にならない悲鳴をあげて二人は抱きあう。

地面を突き破り、泥まみれの腕が一本現れる。

更にもう一本。

頭、肩、上半身が地面からモコモコと現れる。


ウオオオオオ


意味をなさないうめきが発せられる。

全身が姿を現した。

泥にまみれているが確かに人の形をしている。

だが、それがただの人であるはずがない。

二人は声もなく震え上がる。

ギロリとそれはカップルの方を睨む。

それは暫く身じろぎもせず二人を見つめていたが、何もせずヨロヨロと街の方へと歩き去った。

カップルは凍りついたように動かない。

どれ程の時間が経過しただろうか、男が呟く。

「な、なんだったんだあれ。」

女は答えない。

「地面から出てきたよな。」

女は無言のままだ。

「人……だよなぁ。」

「あれの顔見た?」

女はようやく口を開く。

「しわくちゃのミイラみたいだった。

絶対、人なんかじゃないよ。」

女の声はしわがれて、まるで老婆のようだった。


夜の街を人影が一つ。

右にヨタリ、左にヨロヨロと真に頼りない。

酔っぱらいだろうか。

その人影を路地裏から見つめる者達がいる。

街のチンピラだ。

品定めを終えると手慣れた動きで獲物を囲む。

「なあ、おっさん。」

男が歪んだ笑いを浮かべる。

酔っぱらいは身じろぎもしない。

丁度、街灯の死角になっているので獲物の表情を伺うことはできないが恐らくは恐怖で固まっているのだろう。

男は更に口角を上げる。

一発殴ってやればビビって財布を差し出すだろう。

男は拳を振り上げ打ちおろす。

獲物の顔面を捉える寸前、闇から現れた手が拳を鷲掴みにする。

「なっ?!」

男は驚く。

振りほどこうとするが、まるで万力で掴まれたようにピクリとも動かない。

万力の圧力が上がる。

「うおおお。」

男は渾身の力で掴まれた拳を外そうとするが、微動だにしない。

メキメキメキ。

骨が軋み、皮膚が破れ、血が噴き出す。

男の呻き声が悲鳴に代わる。

獲物を囲んで周囲を警戒していた二人が異変に気付き、男を助けようと慌てて酔っぱらいに襲いかかる。

が、二人は酔っぱらいに触れる事なくなぎ倒される。

酔っぱらいの稲妻のような後ろ回し蹴りが炸裂したのだ。

男は驚きで目を丸くする。

この酔っぱらいは、目の前のこの酔っぱらいは一体何者なのだ。

と、男は思う。

単なる酔っぱらいにそのような芸当ができるはずがない。という基本的な事に男は思い至らない。

男は、それほどのパニックに囚われていた。

掴まれた拳が軽く、本当に軽く捻られる。

ただそれだけなのに男は何の抵抗もできずに空中で綺麗に一回転して地面に叩きつけられた。

そうなって初めて男は自分が対峙した相手が酔っぱらいなどではない事に思い至る。

警察の囮捜査に引っ掛かったか、敵対する組織の刺客か。

背中の痛みに息を詰まらせながら男は自分がヤバイ状況に置かれた事をぼんやりと認識する。

だが、男はその認識すら甘かった事をすぐに思い知らされる事になる。

闇の中から現れたのは頭蓋骨に薄い皮を張り付けたようなおぞましいミイラのような顔だった。

左の目には眼球はなく、鼻も欠け大きな穴が空いている。

ミイラは大きく口を開けると男の喉笛に食らいついた。


金江は家への帰り道を急いでいた。

10月の上旬となると日が暗くなるのも早い。

本当はもっと早めに帰るつもりだったのだが診察終了間際に入ってきた患者のためにこんな時間になってしまったのだ。

この辺りも最近は物騒になっており、ひったくり、強盗などが週に一、二回起きていた。

だから注意もしていたのだが、金江は後ろから猛烈な勢いで走ってきた自転車の男に持っていたバックを奪われてしまった。

あっ、と思った時には既に何メートルも前を走っている。

呆然と走り去る自転車を見ていたが、横道から黒い影が飛び出し自転車にぶつかった。

自転車はバランスを崩して派手な音を立てながらごみ箱に突っ込む。

自転車にぶつかった影はヨロヨロと転んでいる自転車の方へ移動すると立ち上がろうとしていた自転車の乗り手を足蹴にする。

乗り手は何度も立ち上がって逃げようとしていたが影はそれを許さず、何度も蹴りつける。

やがて、乗り手が動かなくなると影はゆっくりと金江に近づく。

金江はペタリと尻餅をつく。

影が街灯の下を通った時、その姿が露になった。

ボロボロの服にミイラのような顔。

自分に近づくものの姿を知って腰を抜かしたのだ。

化け物が手を伸ばす。

一瞬、恐怖にかられた金江だが化け物の手に握られている物が自分の引ったくられたバックで有ることに気づく。

(私のバックを取り返してくれたの?)

震える手でバックを受けとる。

「あ、ありがとう。」

反射的に出た言葉だった。

化け物は無言でコクコクと頷くとクルリと背を向けて歩いていく。

その仕草に金江は見覚えがあった。

だが、そんなことはあり得ない。

金江は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

化け物はそのまま闇の中へ消えていった。


それから暫くして、街に妙な噂がたった。

街をミイラのような化け物がうろついている、と言うものだ。

「金江さん、向かいのマンションの事件の事ですけど、」

由香が器具を洗浄しながら言う。

由香が言うのは病院の真向かいのマンションの一室で数人が惨殺された事件だ。ほんの一週間程前に起こった。

「何でもオレオレ詐欺グループだったらしいですよ。

大森のお婆ちゃんが警察の人から聞いたらしいです。

お婆ちゃんを殴った男もあの事件の被害者と言う話です。」

由香はそこで声を一段下げる。

「それでですね。あの事件、どうやら例のミイラ男の仕業らしいです。近所の人が事件のあった時刻にミイラ男を目撃しているんですよ。

あれ?あんまし興味無さそうですね。」

がっかりした表情の由香に金江は曖昧な笑みで答える。

「まあね。」

「えー。怖くないんですか?

ミイラが歩き回ってるってだけでも怖いのにそれが人を殺して回ってるんですよ。」

「でも、ミイラ男が殺してるのは悪い奴らばかりなんでしょ。」

「うーん、そういう噂ですけど、単なる噂ですからね。

私たちが知らないところで殺っちゃてるかもしれないし、今までは単なる偶然なだけだったってこともありますよ。

これからもずっと悪人しか狙わないとは限らないじゃないですか。」

「そうねぇ。でも、大丈夫じゃないかしら。」

「へ、なんでそう思うんですか?」

「別に理由はないわ。

何となくそう思うだけ。」

金江は会話を打ち切ると、器具を抱えて処置室へ向かう。 

移動しながら、金江はひったくりにあった夜の事を思い出す。

あの時のミイラ男の仕草。

あの時は気が動転していて分からなかったが今ではあれはあの人の仕草だと確信している。

何故甦ったのかは分からない。

きっと荒れる私たちの街を見かねて、死の淵から帰ってきてくれたのだろう、と金江は思う。

私たちを護る正義の渡り鳥は帰ってきたのだ。

(ね、縞さん。)

金江は心の中で小さく縞の名前を呼んだ。



2017/10/08 初稿

このあと、蘇った縞と怒愚魔四天王との血を血で洗う闘いが展開される事に。

以下、二巻に続く。

(嘘です。虫愛ずる姫君方式です。)


次話投稿は10月13日を予定しています。


次話 菊花開きくのはなひらく

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