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恐怖七十二候  作者: 如月 一
秋分(しゅうぶん)
48/72

水始涸(みずはじめてかる)

Aさんは困った顔で田んぼを眺めた。

田んぼの土はどろどろにぬかるんでいる。

時期は10月の頭。稲を刈る時期なのにこんな状況ではトラクターも入れられない。

もう二週間も前に水抜きをしたのに一向に地面が乾かない。

Aさんは眩しそうに太陽を見上げた。

ずっと晴天続きで乾かないはずがないのだ。

現に隣の田んぼは普通に乾いている。

それなのに何故かAさんの田んぼだけが乾かない。

よく観察すると朝から夕暮れにかけて乾いてくるが、朝になるとまたどろどろになっている。

夜半に雨が降った訳ではない。霜がおりる季節でもない。

Aさんは首をかしげた。

誰かが嫌がらせで夜中に水でも撒いているのかと思い、Aさんは夜中に田んぼを見回ることにした。

その夜の事である。

深夜零時を少し回った頃、ライトを持ち田んぼに来たAさんは田んぼの中に黒い人影を見た。

ほっそりとした黒い影がゆらゆらと田んぼの中を歩き回っていた。

アアアア

ウウウウ

嗚咽だろうか、微かな泣き声のようなものも聞こえる。

女のようだ。

Aさんは少し迷ったが、その人影に声をかけた。

おい、と声をかけたのと人影の足元の稲がおかしい事に気づくのは殆ど同時だった。

稲刈り前の田んぼなのだ。

実った稲で足の踏み場がない状態だ。

それなのに人影の通った後も立っている所の稲も少しも倒れていない。実体をもつ存在には決して出来ない芸当だ。

ああ、これは会ったらいかん奴だとAさんはとっさに悟ったが、もう遅い。

声をかけられた人影はピタリと動きを止めるとゆっくりと振り返った。

振り向いた女は頬がごっそりと落ち込んでいる。

大きく見開いた眼は真っ赤に腫れ上がり、涙がとどめなく流れていた。

涙は頬を伝い地面にボタボタ滴り落ちている。

オオオオオ

女はAさんを認めると見開いた目を更に見開き意味不明の声を上げる。

オオ、オオオオオ

女は片手を前につきだし一歩、二歩とガクガク揺れながらAさんに近づいてくる。

Aさんは逃げた。

とにかく逃げた。

一目散に家に逃げ帰ると鍵をかけ布団を被って夜が開けるまで震えていた。

昼近くになって田んぼを見に行ったが女はいなかった。

次の日の早く、人を頼んで稲刈りをした。

泥にはまりトラクターが動かなくなるなど散々な目にあったが、どうにかこうにか稲刈りを終わらせた。

そして、今になるまでAさんは田んぼに近づこうとはしない。

Aさんの田んぼは今もぬかるんだままだと云う。




2017/10/03 初稿


朝起きたら田んぼから家までの道が湿っていて、庭がぬかるんだ。

Aさんは庭に面した窓を閉めきって決して開けない。

という終わりかたも検討しましたが、書きすぎと思いこちらに落ち着きました。

どっちが怖いですかねぇ。


次話投稿は10月8日を予定しています。


次話、鴻雁来こうがんきたる

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