蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)
「本当に金目のものが有るんだろうな。」
夕闇が迫る中、男は南京錠と格闘している相方に問う。
「当たり前だろ。この家はこの辺でも金持ちで有名なんだぞ。
その『開かず倉』っていうんだから門外不出のお宝がザックザクよお。
ほうら、開いた。この宝田様に掛かれば、こんな鍵、チョチョイのチョイってな。」
宝田は周囲の警戒をしている相方、七福にドヤ顔を向ける。
七福は神経質そうに黒眼鏡を上げると開いた扉に宝田を押しやる。
「無駄口叩いてなくて早く入れ。」
「そんなに心配すんなって。
ここの連中は通夜で忙しいんだからこんなところに来るやつなんていないさ。」
小声で囁く七福とは対照的に宝田はたるんだ頬を揺らせながら呑気に答える。
宝田と七福はコンビの空き巣狙いだった。
偶然立ち寄った村で旧家の金持ちの主が急死したと聞いて、葬式のどさくさに紛れて一仕事することにしたのだ。
「全くお前はのんびりし過ぎなんだよ。」
扉を閉めてようやく落ち着くと、七福は倉の中をライトで照す。
「何だよ、なにもないじゃないか。」
七福は忌々しそうに言う。
七福の言葉どおり倉の中にはなにもなかった。
普通、このぐらいの大きさの倉ともなればガラクタだとしても何かが埃を被っているものなのだが、倉にはガラクタも箱もない。棚すらなく土壁が赤茶けた表面をさらけ出していた。
床は薄汚れた灰色の板張りだった。
「言ってることとちがうじゃねーかよ。」
「あれ、おかしいなぁ。」
宝田は頭を掻き口を尖らせる。
こんなはずでは、という表情で土壁をドンドンと叩き、床を踏み鳴らす。
倉の真ん中辺りで宝田は膝まずくとコツコツと床を叩き出す。
そして、七福に満面の笑みを浮かべる。今にもVサインをしそうな勢いだ。
「ここだよ。地下があるぞ。」
宝田と七福は隠し扉の下にあった階段で地下に降り立った。
「何だよ。なにもないじゃないか。」
七福は軽いデジャヴを感じながら叫ぶ。
降りてはみたが地下室にもなにもなかった。
一階よりも酷いかもしれない。
地下は床も壁も剥き出しの土だった。
人の手が一切加えられていない。
まるで元々穴が有って、その上に倉を建てたかのようだ。
「なんなんだろうな、ここ。」
のんびり屋の宝田もさすがに困惑気味の表情を浮かべる。
「おっと。」
七福が何かに躓き、声を上げる。
ライトを向けると地面から白っぽいものが突き出ていた。
「なんだこれ。」
七福は自分がつまずいたものが何かを悟り声を上げる。
それは、骨だった。それも頭骸だ。
「人の……、いや、違うよな。」
人にしては細長く、大きい。
ポッカリ空いた眼窩が七福たちを見上げていた。
「馬、いや、牛かな。多分、牛の頭の骨だ。」
「な、なんでそんなもんがこんなところにあるんだよ。」
「俺に聞くなよ。」
「お前がここを選んだんだろうが。」
二人が言い争いを始めようとしたその時、突然地下室がざわめき始める。
二人は黙り、落ち着かない様子で辺りを見回す。
しかし、何かが現れた訳ではない。
ただ、とにかくヤバイ事が起きている、そんな確信が七福の頭に閃く。
隣にいる宝田の二の腕の辺りが粟立っている。
「何だよ。なんかおかしくないか?」
「分からん。でも、なんかヤバイ。」
宝田の上ずった声に七福の掠れた声が応える。
不意に七福はざわめきの原因に思い当った。
空気が小刻みに震えているのだ。
だが、その振動がどこから来るのか皆目分からない。
地面なのか壁なのか?はたまた天井からか。
強いて言うなら地下室全体の空気が振動していた。
人の耳には聞こえない低周波が全身を嘗めるように圧力をかけてくる。
「うわっ!」
宝田が悲鳴を上げ、さっきの牛の骨を指差す。
見ると、宝田が骨を指差していたのでは無いことが直ぐに分かった。
骨の目のところから真っ黒い汚水があふれ出ていた。汚水は地面を黒く染めながらあっという間に二人の足元に迫る。
「これ、虫だ!」
宝田が叫ぶ。宝田の言った通り汚水と思ったのは小さな虫だった。
虫はワサワサと二人の足をはい上って来る。
「うわ、うわ。痛、噛まれた。」
「逃げろ、逃げろ!」
足を振り、虫を払いのけながら二人は慌てて階段を上る。
隠し扉を跳ね上げた七福は愕然とする。
一階も同じ虫であふれ反っていたのだ。
土壁から虫が現れ、床にボトボトと落ちてくる。赤茶けた壁が真っ黒に染まっていた。
七福は出口に向かって走る。既に身体中に虫が張り付いている。全身がむず痒いが構ってはいられない。
「あれ?」
あと少しで出口、というところで七福は膝から崩れ落ちる。
力が入らない。
全身が厚ぼったい感覚に包まれ、急速に力が失われていく。
「あ、こいつら毒持ってるのか。」
その事に思い当たった七福は相方に助けを求めようと宝田の姿を探す。
しかし、宝田の姿は無かった。ただ、七福のすぐ横にこんもりとした虫の山が有るだけだった。
「たからだぁ~」
七福は最後の力を振り絞って叫び、そのまま意識を失った。
「栄作さん、少し良いかしら。」
白髪の喪服の老女に声をかけられ男は振り向く。
「はい、良いです。
何でしょう。お義母さん。」
女は栄作の横に正座をする。
「こんな時にこのような話をするのも嫌なんですけど、時期が差し迫っておりますので。
話というのは地子様の事です。」
「ああ、地子様ですか。」
地子と聞いて栄作の心は暗くなる。
栄作は婿養子だ。
この村で育ったわけではない。
だから、あんな気色の悪い虫に『様』をつけてありがたがっている村の古老たちの気がしれなかった。
だが、それを口に出して言うことは憚れた。
女は、栄作の気持ちを気にせず話を続ける。
「今日が28日です。
分かっていると思いますが、9月の内に地子様のお腹を満たし戸を閉じていただく準備をしなくてはなりません。」
「存じています。牛の方は準備をしております。
ただ、葬式と重なっていて人手が足りなく苦慮しております。」
「それなら、田所さんに頼んでおきました。
ただ、『蟲倉』を開けるのも、供物を奉納するのも当主である栄作さんのお役目ですから、他人任せしないように。
良いですね。」
女は言うだけの事を言うと栄作を置いて立ち去る。
栄作は女が見えなくなると小さくため息をつき、首にかけていた物を引っ張り出す。
『蟲倉』、通称『開かずの倉』の鍵だ。
毎年、この倉に牛を納める。地子はその牛を食べて冬眠に入る。
初めて聞いたときは信じられなかったが、実際一夜にして牛が骨と化しているのを見ると信じないわけにはいかなかった。
夜中、倉から牛の哀しそうな鳴き声が聞こえてくることがあり、あまり良い気分にはなれない。
しかし、この儀式を怠ると冬の間、腹を空かした地子が村に災いをなすと言う。
(まあ、牛ですむならそれで良い。)
栄作は心の中で自分を納得させると通夜の仕事に戻った。
2017/09/28 初稿
間違って忍び込んだらとんでもないことになってしまった、というお話。
大体虫物は、中から出てくるか、でかいのが出てくるか、外から食べられるか、ぐらいですよね。
次話投稿は10月3日を予定しています。
次話、水始涸




