草露白(くさのつゆしろし)
「だからさ、そんなの嘘っぱちに決まってんだろ。」
堂島誠は少し苛つきながら言う。
「でも、最近うちの爺さんが急に調子悪くなったんだ。
1週間寝込んでこのまま、あの世に行っちゃうじゃないかって思ってたのが、神社の人に祓ってもらったら、次の日には治っちまった。
婆ちゃんが言うには、揚屋跡で変なの拾ってきたのが原因だって。」
「変なものって何だよ。」
「いや、俺にも良く分からないけど、お化け的なアレってやつじゃね?」
誠に問い詰められ鹿嶋六郎はしどろもどろに答える。
「何だよそれ。単なる偶然だろ。」
「ヤッ、本当だって。悪い女の霊が出てきて大騒ぎになったんだよ。
嘘だと思ったら間凪に聞いてみろよ。
あいつも来て、大声上げてたから。」
六郎から意外な名前が出てきて誠は少なからず驚いた。
間凪紫乃。
「パンダテールか。」
誠は大声を上げる。
パンダと言ってもレッサーパンダのほうだ。
間凪は髪を後ろで纏め、無造作に白い紐でグルグル巻きにしていた。それがまるでレッサーパンダの尻尾の様なのでクラスではパンダテールと揶揄されていた。
ぱっとしない変な女子。それが間凪紫乃のクラスでの評価だ。
いつも無表情で小さな声でボソボソと話す。
たまにとんでもなく生臭い臭いを漂わせていたり、何日も学校を休むこともあった。
成績は下の中くらい。どちらかと言うとクラスのお荷物的存在だった。
同じクラスになって一年半になるが、誠は紫乃と話しをした記憶がなかった。
「何で、間凪が出てくるんだよ。」
「あいつの家、神社だろ。
で、お祓いの時に巫女の服着て、やって来たんだよ。」
「パンダテールが巫女さん?
はっ、キモいだろ。」
誠は頭のなかで紫乃の巫女姿を想像すると鼻を鳴らす。
「いや、それが結構良い感じだったんだよ。」
「んな訳あるか。根暗パンダだぞ。
それより……」
誠は横を向く。
丁度噂の間凪が帰ろうとしているところだった。
「おい。」
誠は間凪に声をかける。
「おい。無視すんなよ。」
反応がなかったので誠はもう一度、最初より大きな声で間凪に声をかける。
自分で思った以上に声が荒くなったので内心焦った。
紫乃はのろのろと誠の方を見る。
どこか疲れた表情の紫乃の顔からは感情が読み取れなかった。
「なに?」
かなり間が空いてからの紫乃の返事に誠はイラッとしたものを感じる。
「なに、じゃねーよ。
お前、鹿嶋ん家で大騒ぎしたのかよ?」
「大騒ぎ……?
してないわ」
「そうなのかよ。
六郎がお前が巫女の格好して家で大声あげたってっていってるぞ。」
紫乃は目だけで六郎をじろりと睨む。睨まれた六郎は慌てて視線を反らした。
「なんでもないわ。」
誠に視線を戻すと紫乃はボソボソと答える。
「なんでもないことあるか。
どうせ、お前ら、お祓いとかいって鹿嶋ん家から金踏んだくったんだろう。」
紫乃は一度口を開きかけたがなにも言わずに閉じる。
そして、そのまま席を立とうとする。
「待てよ。黙って行くことはないだろう。」
誠は前に出て紫乃の行く手を阻んだ。
紫乃は諦めると言う。
「お祓いはしました。その対価も頂きました。
これで満足?」
「満足じゃねーよ。
迷惑だっていってんだよ。」
「迷惑?
鹿嶋君。あなたのお祖母さまが迷惑だって言ってるの?」
「え?オレ?
いや、別にそんなことは言ってない……かな。」
六郎は突然、自分に振られたのでどぎまぎしながら答える。
「なら、そう言うことでしょう。
堂島君がどうこう言う話ではないわ。」
紫乃は言い放つと誠の横をすり抜けようとする。
「邪魔なんだよ!」
すれ違い様に誠の吐き捨てた言葉に、紫乃は振り返る。
「なんですって?」
「邪魔だっていってんだよ。
お前見たいな金の亡者がいるから世の中からお化けだ、祟りだなんてふざけたことを言う奴等がいなくなんないんだ。
そんな奴ら、世の中にとって邪魔なんだって!」
紫乃は誠の顔をまじまじと見る。
「本気で言っているの?」
少し顔が赤らみ、声も微かに震えていた。
「当たり前だ。
お前らみたいなのがあることないこと適当なことを吹き込んだせいで酷い目にあったり、泣いてる人がいるんだ。
大体、幽霊だ、呪いだなんてこの世に有るわけないだろ。」
「良いわ。なら、見せてあげる。」
「なに?」
紫乃の言葉に誠は驚き、聞き返す。
「9月7日、明日よ。
陽が昇る前に上凪神社に来る気があるならあなたに見せてあげるわ。
あなたが無いと言う世界をね。」
紫乃はそれだけ言うと誠を置いて教室を出ていった。
次の日の早朝。
誠は町の東北の外れに位置する上凪神社に来ていた。紫乃に言われた通り陽が昇る前だ。
長い石段を登りきると玉砂利が敷き詰められた広い境内に出た。
暗かったが規則的に並んだ篝火のお陰で誠は境内全体を見渡すことができた。
本殿の前に人がいた。
白装束に赤い袴。
遠目にも巫女さんだと分かる。
後ろを向いているので顔は見えないが、腰まで届く髪が傍らで燃える篝火のオレンジ色の光を受け、艶やかに輝いていた。
近づいて声をかける。
振り返った巫女の顔を見て誠は驚いた。
紫乃だったからだ。
神社に来いと言ったのは紫乃だったので、今この時間帯にいるのが紫乃であるのは当たり前なのだが、振り返るまで目の前の巫女と紫乃が結び付くことがなかった。
紫乃のトレードマークのパンダテールでなかったことも影響したのだろうが、今の紫乃が発散させる雰囲気が学校の紫乃と大きく違っていたのが主な理由だ。
「ああ、本当に来たのね。」
「来たさ。来たら都合が悪かったか?」
誠は底意地悪そうな表情を見せたが紫乃はとくに反応を示さない。
「別に。じゃあ、ついてきて。」
短く言うと、そのまま、すたすたと歩き始める。
誠は慌てて紫乃についていく。
紫乃は無言で本殿の裏手に向かい、裏手から更に裏山に続く細い道に入った。
紫乃は歩きながら白い皿に草の葉についた露を集める。
誠には紫乃の目的がさっぱりわからなかった。
目的地や何をしているのか何度か聞いたが、黙ってついてこいの一点張りだった。
やがて二人は少し開けた場所に出た。真ん中に小さな祠があった。
紫乃は躊躇うことなく祠に入る。
誠が入ろうかどうか迷っていると紫乃が入り口から顔を出し手招きをした。
言われるがままに中に入る。
思ったより広かった。板張りの床に白い円が描かれていた。円の外周には見たこともない紋様がびっしりと書かれていた。
「その中に入って。
で、これを持ちなさい。」
手渡されたのは親指ぐらいの太さの線香だった。
「私が良いと言うまで円から出ては駄目よ。喋っても駄目よ。
じゃないと命の保証はしないからね。」
紫乃は線香に火をつけながら、誠に指示をした。
一方的に言われるのがしゃくだったので何か言い返したかったが、なぜかできなかった。
学校では見せたことのない紫乃の雰囲気に呑まれたせいだ。
紫乃は背筋をピンと伸ばして正座をするとぶつぶつと呪文のようなものを唱え始めた。
直ぐに祠の中の空気がかわる。
秋の始まりを感じさせたヒンヤリとした空気が肌を刺す冷気に変わり、どこからともなく生ゴミのような臭いが漂い出す。
微かに床や壁を引っ掻くようなカリカリというと音があちこちで聞こえだしたと思ったとき誠は不意に部屋の隅に人がいるのに気がついた。
訝り目を凝らした誠は、あっと声をあげそうになる。
隅にいるの人ではなかった。
手足は枯れ枝のように細く、お腹だけがぱんぱんに膨らんでいる。
頭は禿げ上がり、眼は落ち窪みんでいる。
それは餓鬼だった。
しかも一人ではない、いつの間にか部屋のいたるところに無数にひしめきあっていた。
紫乃は立ち上がると手のひらに祠に来る途中で集めた露を乗せる。
そして、その手を部屋の隅でうずくまっている餓鬼たち差し出す。
わっと無数の餓鬼達が紫乃に群がる。
ピチョ、ピチョ
ピチャ、ピチャ
不愉快な音をたてながら餓鬼は紫乃の手のひらの露を無心に嘗め続けてた。
「どう?」
全てが終わった後、紫乃が尋ねた。
誠は青い顔でただ震えていた。
「世の中にはあなたがないと言うものが存在するの。
わかってもらえたかしら?」
「あれはなんだったんだ。」
誠はやっとのことで声を絞り出した。
「餓鬼、魍魎、色んな呼び名がある。哀しい人の成の果てよ。
人に仇なすこともある危険な存在でもあるわね。」
「……沢山いるのか?」
「沢山いるわ。学校にも、町の中にも。
考えて見なさいよ。今生きている人間と今までに死んだ人間とどっちの方が多いと思う?」
「嘘だ。」
誠は呟く。それは自分自身ですら虚ろに聞こえる呟きだった。
「信じるも信じないもお好きなように。あなたがどう思おうと何が変わるって訳ではない。有るものは有る。それだけよ。
だけどね、私たちを邪魔とは言わせないわ。
ああいう存在からあなたたちを守っているのは私たちだと言うことを肝に命じなさい。
それだけよ。」
強い口調で紫乃は言い放つ。
誠は何も言い返せなかった。
紫乃は大きく息を吐き、そして、少しだけ微笑む。
「良かったら、家でお風呂入っていきなさいよ。
アレの臭いがついちゃってると思う。
鼻が馬鹿になってるけどあんたも私もきっと酷い臭いよ。」
2017/09/07 初稿
遅くなりました。




