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恐怖七十二候  作者: 如月 一
処暑(しょしょ)
42/72

禾乃登(こくものすなわちみのる)

「こんな物、着れるわけないじゃない!」

ドアを開けると同時に、美貴(みき)は手に持っていたドレスをメイドに投げつけた。

ドレスを投げつけられたメイドは、突然すぎる出来事に戸惑いの表情を見せる。

ついさっきまで美貴はそのドレスを着て喜んでいたのだ。この変わりようは何が原因なのか思い当たらない。

「申し訳有りません。」

しかし、メイドはそのまま頭を床に擦り付けるかのように深々と頭を下げる。理由は良く分からなくても取り合えず謝るのは、この癇癪持ちの主人に仕える者の条件反射だ。

「しかし、先程までお気に召しておられたと思いますが……」

「これよ!」

美貴はスマートフォンをつき出す。

スマートフォンには何かの映画の舞台挨拶の記事が出ていた。

「これが……何か?」

「何か、じゃないわ。これよ、これ!」

美貴は右端の子供を指差す。

それは最近人気の子役だった。

だが、指を差されてもやはり怒る理由が分からない。

「最近人気の子役ですよね。この子がどうしたというのでしょうか?」

「良く見なさい。この服。私の服と同じじゃない!」

美貴は床をドンドンと踏み鳴らし金切り声で叫ぶ。

言われてみれば、投げつけられた服に似ていた。しかし、美貴の服はオーダーメイドなので単なる偶然だろう。

「私にこんな子供と同じ服を着ろというの?

ふざけるんじゃないわよ。」

メイドは心の中でため息をついて目の前の主人を見下ろす。

美貴は主人といってもまだ、今日の誕生日でようやく10歳になる子供だった。多分、スマホに写っている子役のほうが年上だろう。

「お嬢様のご洋服はオーダーメイドなので同じものでは有りませんよ。

見た目似ているだけです。

ほら、この肩のところの飾り……、きゃ!」

メイドは突然、美貴に突き飛ばされて尻餅をつく。

「うるさい。口応えするな!

とにかく、人が着ているのと同じ服なんて恥ずかしくて着られない。すぐ新しいものを用意しなさい。」

「新しい、ものをですか?」

「そうよ、誕生会迄に用意しなさい。」

「美貴様のお誕生会まで後二時間しか有りません。それまでに新しい服を用意するなんて無理です。」

「じゃあ、あんたはクビね。」

「そんな。困ります。」

「あんたが困ろうがどうしょうが私には関係ない。

役立たずの使用人は必要ないわ。お父様にそう言うだけ。

じゃあね。」

美貴はそれだけ言うとさっさと部屋を出ていった。

後に残されたメイドは途方にくれ立ちすくむ。

このままではクビだが、かといってオーダーメイドの服をあさ1、2時間で用意する等出来る訳がない。

どうすればよいか分からず、メイドは声を殺して泣き始めたその時。

「どうかしたのかな。」

背後で声がしたのでメイドは慌てて振り向く。

初老の男が立っていた。

「ああ、大久保さん。」

メイドは涙を拭いながら答える。

大久保は屋敷に仕える執事だ。

物静かで信頼に足る人物として皆から慕われ、頼りにされていた。旦那様、奥様の信任も篤く屋敷の使用人の実質的支配者だった。

メイドは今までの事を大久保に話す。

「その件は私がなんとかしましょう。」

最後まで話を聞いた大久保は一言そう言った。

「ほ、本当ですか?」

「要は服を用意すれば良いのでしょう。」

「それはそうですが、二時間で新しい服を用意するなんて、魔法でも使わないと……」

「なら、魔法を使うとしましょうか。」

大久保の予想外の言葉にメイドはえっという表情になる。

「はっはは、冗談ですよ。

お嬢様がお気に召さない時の事を考えて、予め何着か余分に注文しておいたのです。それを取り寄せれば済む話です。

お嬢様には私から話をしておきます。」

「ああ、ありがとうございます。」

メイドは安堵のため息をつくと、深々と頭を下げる。

「いえ、いえ。

お嬢様の相手であなたも大変でしょう。」

大久保は同情をするように言う。

「ま、まあ、大変と言えば大変ですね。

もう少し旦那様と奥様がお嬢様を甘やかさずにしていただいたほうがお嬢様にとっても良いと思うのですが。

やはり、猛雄(たけお)様を亡くされたせいでしょうか。」

「猛雄様ですか。」

猛雄と言うのはこの屋敷の長男で何年か前に死んでいた。

「あなたは猛雄様の事は知っているのかな?」

大久保の言葉にメイドは首を横にふる。

「いえ、私がお屋敷に来たときには既に亡くなられていましたから。ただ、お話を聞くと大層、その……、活発なお子様だったと聞きます。」

「大層活発ですか?」

大久保は面白そうに笑う。

当然、大久保は猛雄の事をメイドよりも良く知っている、だから、メイドの表現の裏の意味が良く分かった。

「成る程、あなた達の間ではそう表現されていますか。」

猛雄は、ぶっちゃければ活発と言うより乱暴だった。いや、狂暴という形容のほうが適切だろう。

ちょっとしたことで怒り狂い、暴れまわった。

美貴の癇癪をネコの威嚇と例えるのなら猛雄のそれはトラの狂乱だった。メイドが聞いた話では怒りを買った世話係りのメイドが髪を掴まれ部屋中を引きずり回されて血まみれになったという。

その時、小学生三年だったらしいが怒り狂っている時の猛雄は物凄い力を発揮したらしく、押さえるのに数人の男の力が必要だったそうだ。まるでエクトシストの1シーンを連想させる話だ。

その猛雄も12歳の誕生日に行方不明になり、数日後、バラバラになって発見された。正確には左手だけが見つかった。他のところは今も見つかっていない。指紋鑑定でかろうじて猛雄と認定できたそうだ。

そのような悲劇のためにか、旦那様や奥様が美貴を猫可愛がりした結果、美貴が今のような状態になったというのが屋敷の使用人達の見解だった。

「まあ、無駄話はこの辺にしましょう。あなたも自分の仕事に戻りなさい。」

「分かりました。後は宜しくお願いします。」

メイドは頭を下げると部屋を出ていった。

大久保は床に投げ捨てられた赤い服を拾う。

「なになに、礼には及びません。どちらにしてもあなたはクビなのですからね。」

大久保の口角がにゅーと上がり、ハロウィーンのジャックオランタンのような形になる。

腕からどす黒い瘴気のようなものが立ち上ぼり拾い上げた服を包む。瘴気が晴れた時、大久保の手に握られていた服は青色に変わっていた。

「ふむ。これならお嬢様も満足して頂けるだろう。

最後の誕生日に相応しい。」

大久保は服を拡げ満足そうに頷いた。


「お父様!

お母様!」

美貴は部屋に飛び込むと大声で叫ぶ。

居間で寛いでいた二人は美貴の方に顔を向ける。

「どうしたの私のお宝ちゃん(マイプレシャス)。」

「聞いて、お母様。」

美貴はソファーに横たわる母親に走り寄ると、さっきの服の事を話す。

「もう、信じられない。あの女はクビにして!」

「ええ、ええ。

あなたの気の済むようにすればいいわ、私のお宝ちゃん(マイプレシャス)。」

「だが、今日の誕生会はどうするつもりかな、私のお宝ちゃん(マイプレシャス)

着る服がなければ困るだろう。」

「お父様!

みんなが知っているような服を私が着てどこの馬の骨とも分からない小娘の真似をしたって後ろ指差されてもいいの?」

「そんなことは思ってないよ。私のお宝ちゃん(マイプレシャス)

でも、折角の誕生会をやらないのもどうかと思うんだよ。」

「お父様の馬鹿!

私に恥をかかせたいのね!」

美貴の剣幕に父親は言葉を失う。薄笑いを貼り付けた顔で金魚のように口をぱくぱくとさせるが言葉にはならない。

「その心配なら無用ですよ。」

不意の声に三人が同時に振り向く。

ドアの所で大久保が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。手には青色の服が握られている。

「ご洋服はご用意いたしました。」

美貴は大久保が拡げて見せる服を油断なく見定める。

「ふん。試しに着てみるわ。」

美貴は鼻を鳴らすと大久保の手から服をひったくった。

「気に入らなかったら、あんたもクビよ。

でも、まあまあなら誕生会を開かせてあげるわ。」

試着のために部屋を出ようとする美貴を母親が呼び止める。

母親はフウフウ言いながらソファーから立ち上がる。

というのも彼女は臨月間近の大きなお腹をしていたからだ。

双子なのでもう破裂寸前の風船のようだ。

「あなたの未来の弟と妹にお別れの挨拶をしなさい。」

「嫌よ。」

美貴はプイと横を向くと冷たく言い放つ。

「私、弟も妹も欲しくないもの。お父様やお母様の宝物は私一人で十分よ。産まれてきたら絶対苛めてやるから。」

ピシャリと宣言すると美貴はすたすたと部屋を出ていった。

部屋がヒリヒリする沈黙に包まれる。

その沈黙を小さな咳払いで破ると大久保は残された二人に宣言する。

「では、お嬢様を頂いていきます。」


真夜中。

美貴は不意に目を覚ます。

「誰?」

美貴はドアの所に黒い影が佇んでいるのに気付き、叫ぶ。

「お誕生会は楽しゅう御座いましたか?」

耳慣れた声がその影から発せられた。

「その声は大久保?

あんた、誰の許可で入ってきたの。」

暗くて分からないが美貴は真っ赤になって怒鳴っていた。

だが、大久保は全く動じる様子を見せない。

「最後の誕生会でしたので私としては存分に楽しまれば良いと希望しておりました。」

「何を訳の分からないことを!

さっさと部屋から出ていきなさい。」

美貴は怒りに任せてベッドから飛び起きると大久保を力一杯突き飛ばす。だが、大久保は大地にしっかり根を這った巨木のように微動だにしなかった。

よろめいたのは美貴のほうだ。

「おおっと、危ないですよ。お嬢様。」

バランスを崩し倒れそうになる美貴の腕を取り大久保は言う。

その言の葉に微かな嘲笑が含まれているのを美貴は聞き逃さない。

それがまた、美貴の怒りの火に油を注ぐ。

「馬鹿!あんた一体何のつもりよ。

こんなことをして只で済むと……、い、痛い、」

美貴の言葉は最後まで続かなかった。

大久保に掴まれ右腕を強く捻り上げられたからだ。

美貴の顔が苦痛で歪む。

「何のつもり?

勿論、収穫ですよ。」

「さ、さっきから何、訳の分からない話しをしているの。

収穫って何の話し?。」

「つまり、こうするのです。」

大久保は美貴の体を放り投げる。

物凄い怪力。美貴は数メートルを飛ばされ壁に激突する。

今まで味わったことのない衝撃と痛みに美貴は悲鳴もあげられない。

何が起きているのか理解が追い付かないが、今まで培ってきた世界がバラバラに崩れていく感覚を本能的に感じ、美貴は心底恐怖する。

ぐらりと倒れそうになる体を支えようと手を出すがそのまま顔を床に打ち付ける。

「腕が、私の腕が……」

体を支えようと出したはずの右腕が無いのだ。

悲鳴を上げたかったが出てくるのは、ひゅーひゅーという喘ぎだけだった。

美貴の右腕は肘の所からもげてだらだらと血を滴らせていた。

「上手い。極上だ。」

もいだ美貴の右腕に食らいつきながら大久保はうっとりとため息をつく。

美貴は痛みを感じていなかった。ただ、肘から先が物凄く熱く、それ以外は氷のように冷たかった。

目の前の男は一体何者なのだろうと美貴はぼんやりと思う。

ついさっきまで見知った大久保の体はそこにはない。身の丈は2メートルを軽く越え、服はパンパンに膨らみ、弾け破れている。全身が赤黒い剛毛に覆われ、こめかみの所から一対の漆黒の角が伸びる。

その姿はまるで、

まるで……

『……悪魔。」

「そう、悪魔です。

報酬を受け取る時が来ました。」

「報酬ってなによ。あんたなんか知らない。あんたなんかと契約なんてしてない。」

「あはははは。確かにその通り。

あいにく、私が契約したのはあなたの両親です。あなたの両親はあなたを報酬として私と契約をしたのです。」

「嘘、だってお父様もお母様も私のことを宝物と呼んでいるわ。」

「その通り。文字どおり、お前はあのもの達の宝だ。

私はあいつらに富や力を与え、その代わり悪徳に肥太った魂、つまりお前を差し出す。

それが我らの契約。

あいつらにとってお前はお宝であり、私にとっては報酬だ。」

「嘘、そんなの嘘よ。

お父様、お母様!

助けて、助けて!」

美貴は壁をどんどんと叩き、大声で叫ぶ。

壁の向こう側は両親の寝室がある。声が聞こえるはずだ。

美貴は有らん限りの力で壁を叩き、血を吐く思いで叫ぶ。

だが、助けがくる気配はなかった。

「ひゃっ。」

頭を鷲掴みにされ、美貴は恐怖に息をのむ。

大久保だった悪魔は美貴の耳元で静かに囁く。

「あやつらは悪徳に染まった魂を育てるのが実に上手い。

傲慢と嫉妬に染まったお前は実に旨そうだ。

髪の毛一本残さず喰らってやる。」

「いやあああ、いやだ。助けて、誰か助けて!

いやああああぁぁぁ 」

目からボロボロと涙を流しながら美貴は絶叫した。


「さようなら私のお宝ちゃん(マイプレシャス)。」

微かに漏れ聞こえてくる悲鳴に美貴の父親はブランデーグラスを傾ける。

そして、ソファーに横たわる妻の膨らんだお腹を愛しそうに撫でる。

「それにしても双子とは思いがけない僥倖なり、か。」

「ふう。そうね。

猛雄は憤怒一点張りで味が尖り過ぎたと不評だったけど、美貴は大久保も満足したみたいね。

やはり、複数の悪徳を組み合わせるのが良いみたい。」

母親も自分のお腹には手を当てながら答える。

「男の子は怠惰と大食。女の子は嫉妬と邪婬というところかしら。」

「ああ、ぞくぞくするな。よい感じで育てば良いが。」

「大丈夫。私たちなら上手くやれるわ。上手に育てましょう。」

母親はブランデーグラスを受けとると半身を起こす。

「今日の所は、豊かな実りに乾杯しましょう。」

「そうだね。乾杯。」

二人は薄笑いを浮かべながらグラスを合わせた。





2017/09/02 初稿


次話投稿は9月7日を予定しています。


次話 草露白くさのつゆしろし

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