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恐怖七十二候  作者: 如月 一
雨水(うすい)
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土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

怪談

都市伝説

日常

妖怪

 七不思議と呼ばれるものがある。

 江戸時代の本所七不思議は良く話に出てくる。

 オイテケ堀が有名だが、本所七不思議の中に狸囃子(たぬきばやし)と呼ばれる不思議がある。

 馬鹿囃子とも呼ばれるその不思議は、何処からともなく太鼓を叩く音が聞こえるというものだ。

 音のする方に行っても一向にたどり着けない。それどころか、いつの間にか後ろから聞こえてくる。と、言った案配である。

 このような不可思議な現象に合理的な解釈を求めるのは無粋かもしれないが、自然科学的な説明が出来ないわけではない。

 そもそも音とは、空気の圧力の変化である。

 即ち、空気の圧力の変化がドミノ倒しのように隣の空気に伝っていく現象のことだ。その変化が私たちの鼓膜をふるわせた時、音が聞こえたと感じる。

 基本的に音は真っ直ぐ進むのだが、隣の空気の状態によっては曲がることになる。隣の空気の状態とは例えば温度差だ。

 暖かい空気と冷たい空気がぶつかるところ、その逆でも同じだが、を通る時、音は曲がる。

 音が曲がるとどうなるのか?

 本来、空の彼方に消えてしまう音が、放り投げたボールのように放物線を描き、地上に戻って来る。

 こうして、普段はとても届かない遠くの音が聞こえる事があるのだ。空気の状態次第なので聞こえてくる方向が変わる事もあるだろう。

 だから、音の方向に向かっていると思っても音の方が勝手に変わってしまい人は面食らう。以上が狸囃子の科学的解釈である。


 Tさん達がキャンプに行ったのは2月ももう終わろうとする、二十四節気でいう雨水(うすい)の頃だった。

 特に理由はない、山歩きに行こうという話から、どうせなら本格的にテントを使ったキャンプにしようとなったのだ。

 最初は、女の子三人グループで本格的なキャンプなどできるのかと不安だったがネットで調べたり、アウトドアに詳しい男子に聞き込んでいるうちにだんだんとはまって行った。

 さすがに初心者だけで、道無き道を踏み分けて山奥深くにテントをはるのはハードルが高いので、ドライブ観光もかねて車で行ける手近なキャンプ場をチョイスした。

 そのキャンプ場に行く途中、何気なく雰囲気のあるお寺に立ち寄った。全くの予定外の訪問であった。

 ガイドブックにも載っていない無名のお寺だったが由緒は古いらしく、由来の書かれた石碑や明示板がそこここに設置されており、小さいながら展示室もあった。

 三人がそれぞれ寂れた雰囲気を楽しんでいたところで、Tさんは本堂の裏手で、小さなお堂を発見した。

 中には、お地蔵様とおぼしき仏様が安置されていた。

 おぼしき、と形容したのは、姿、形はお地蔵様なのに顔は幼子のような愛らしいものだったからだ。

 ちょっと小首をかしげ笑っている顔を見ると何かのゆるキャラのようだった。

 Tさんは思わず手を合わせると持っていた飴をお供えした。

「何してるの?」

 グループのリーダー格の友達に声をかけられた。

 自分の発見した仏様の可愛らしさを共有しようとするTさんを一目見て、その友達は半ば強引にお堂からTさんを引きずり出すと、問答無用でお寺を後にした。

 急な展開に訳が分からなかったが、後で友達から例のお堂が水子供養のものだったと聞かされた。

 その時は、別に罰当たりな事をしたわけでも、粗略に扱ったわけでもないので怖いとは思わなかったが、正直、余り気持ちは良くなかった。と、Tさんは語ってくれた。

 その後、予定通りキャンプ場につくと、Tさん達はテント、夕食の準備に忙殺されて、その事を完全に忘れてしまった。

 夕食の後、暫くするとあいにく、雨が降りだした。

 星空を楽しむ予定だったので残念だったが仕方がない。

 Tさん達は早目に寝ることにした。

 その夜半。

 Tさんはふと、目を醒ます。

 雨は止んでいるようだ。

 半分、寝入ってボーとしている耳に、微かに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 一瞬で目が覚めたと言う。

 まんじりともせず、聞いているとだんだん泣き声は大きくなってきているようだ。

 たまらずTさんは隣で寝ていた二人を起こした。

 三人で聞いてもやはり聞こえる。

 かといって、外に出て確かめる事などできようもない。

 泣き声は、大きくなったり小さくなったり、テントの周りをグルグル回っているようだった。まるで、Tさん達を探しているように。

「三人で震えながら、例のお堂のせいか、とか小声で話してました。

ええ、泣き声の主に聞かれないように、ヒソヒソ声で……」

 泣き声は、朝方迄聞こえていたそうだ。


 さて、赤ん坊の泣き声の正体は何であったのだろうか。

 冒頭に記した、自然のいたずらか。

 それとも、もっと単純で、同じキャンプ場に来ていた家族連れの赤ん坊の夜泣きだったのかもしれない。

 単に泣き声だけなら、幾つか説明できるだろう。

 だが、この話の続きについてはどうだろうか?


 話の続きは、こうだ。


 Tさん達は泣き声がしなくなっても、すぐにはテントからでなかった。

 辺りがすっかり明るくなってからようやくテントから出た。

 そして、絶句する。

 折りからの雨でテントの周りの土は柔らかくなっていたのだが、テントの周りには、赤ん坊サイズの人の手の跡と這いずったような跡が無数についていたそうだ。






2017/02/18 初稿

2018/08/17 形を整えました



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