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恐怖七十二候  作者: 如月 一
夏至(げし)
30/72

半夏生(はんげしょうず)

夫婦して自然が好きだったYさん夫婦はYさんの退職を機会に自然が豊かな郊外に引っ越した。

最寄りの食料雑貨店まで歩いて30分以上かかったが、築十年、二階建て、母屋と同じ広さの庭もついたよい物件であった。

近所付き合いが少し心配だったが意外に皆、気さくに声をかけてくれ、また、なにかれとなく心配もして家を覗きにやってきてくれたので、Yさんたちはほっと胸を撫で下ろしたものだった。

引っ越して一月(ひとつき)がすぎ、環境にも慣れてきたある日の事、Yさんの奥さんが妙な事を言い出した。

家の裏手からこっちを見る人がいる、と言うのだ。

その言葉にYさんは驚く。

家の裏手は森で、そのまま山に繋がっていた。

人であるはずがなかった。

鹿か猪、或いは猿かなにかの見間違いでは、と問いただすが違うと言う。

二本脚で立ち、猿よりずっと大きかった、と言って頑として譲らなかった。

困惑しながらもYさんは近所の人に森から自分の家を見ている人がいないかと、さりげなく聞いてみた。だが皆、驚いた顔をして、知らない、気にするな、と言うばかりだった。

正直、Yさんも近所の人と同じ意見だった。

常識的に考えても森の奥から家を覗き込む者ような物好きがいるはずがない。

それでも、Yさんの奥さんは度々不安そうに外を伺うようになった。

夜中に突然起き出して、カーテン越しに庭や森を見ることもあった。

そんなある日、Yさんは会社の元同僚と飲み会で家を留守にすることになった。

久しぶりに会った仲間との一時は楽しく、二次会、三次会となり、その日は家に帰らなかった。

結局、家の門をくぐったのは次の日の昼ちょっと前だった。

嫌みの一つも言われるかと覚悟していたが意外に奥さんは穏やかな笑みを浮かべたまま、何も言わない。

詫びのつもりで買ってきたお菓子の箱を差し出すと大喜びで受けとりビリビリと包装紙を破り、お菓子を無心に頬張り始めた。

その姿にYさんは強烈な違和感を感じた。

次の日、Yさんの奥さんは大きな袋を二つ抱えて戻ってきた。

袋の中は食べ物で一杯だった。

一体、どうする積もりだと聞くと、食べるのだと事も無げに言う。

嬉しそうに買い込んだ食料を冷蔵庫に詰め込む奥さんの後ろ姿を眺めながらどう見ても一ヶ月分は有るとYさんは思った。

だが、予想に反して三日後には冷蔵庫はほぼ空っぽになっていた。

奥さんに冷蔵庫の食べ物はどうなったのかと問いただすと『食べた』と舌なめずりをして答える奥さんを見てYさんは何かうすら寒いものを感じた。

その日の夜の事だ。

Yさんは胸苦しさに目を覚まし、驚く。

奥さんがのしかかり、Yさんに噛みつかんばかりに顔を近づけていたのだ。

反射的にYさんは奥さんを押し飛ばした。

気が動転したとはいえ、妻を突き飛ばしてしまったことを慌てて謝るYさんに対して奥さんは無言で立ち上がる。

カーテンから漏れる月の光に照らされた奥さんの顔は蒼白く、能面のように無表情だった。見慣れた顔なのに何か別人のように思えた。

何かがおかしい。

Yさんは猛烈な違和感に襲われた。

ふと、Yさんは奥さんの額の所に妙なモノがついているのに気が付く。こめかみから額にかけて黒いケバケバしたものがついていた。

いや、良く見るとおかしい。額の皮がめくれて、黒い毛のようなものが下からはみ出しているように見える。

Yさんは目を擦り、奥さんの額に目を凝らす。

Yさんの視線に気がついた奥さんは、慌てて額を押さえると、物凄い勢いで家を飛び出した。

そして、そのまま帰って来なかった。

次の日、Yさんは奥さんの捜索願いを出し、警察と近所の人の協力で大々的な山狩りを行った。

果たせるかな、Yさんの奥さんは裏手の山で変わり果てた姿で発見された。

Yさんは最初、それは自分の妻ではないと思った。

と言うのも遺体はかなり腐敗していたからだ。更に顔の皮膚が綺麗に剥がされていて、本人と確認するのが困難だったからだ。

結局、DNA検査でYさんの奥さんと断定された。

そして、そのままYさんは警察に任意同行を求められた。

Yさんの証言が事実と微妙にあっていなかったからだ。

まず、Yさんの証言では奥さんが家を出たの7月1日の夜。寝巻き姿だったが、実際に発見された奥さんは普段着で、死亡推定日時は6月の下旬頃。Yさんの証言と1週間ほどひらきがあった。

以上の事からYさんには奥さん殺害の嫌疑がかけられたのだ。

自宅内をくまなく調べられ、事情聴収も数ヵ月にも及んだが、結局、決定的な証拠が出てこなかったため、Yさんは釈放される事になる。

久しぶりに帰ってきた家の庭では半夏生(ハンゲショウ)が半分白くなった葉を揺らしていた。

ふと、その半分化粧をしたような葉が半夏生の名の由来だとYさんは思い出す。

化粧……

Yさんの頭に恐ろしい考えが突然閃く。

月明かりに照らされた妻の白い顔とめくれたよう額。

その下から覗く黒いもの。

何か得たいの知れないものが妻を殺して、その顔の皮を被り、妻に成り済ましていたのでは?

それはまだ山奥に潜み、こちらを伺っている。

Yさんは、家の裏に広がる山を恐ろしげに見上げた。

半夏生は静かに白い葉を揺らしていた。

2017/07/01 初稿

2017/10/29 表現を一部変更&誤記訂正


半夏生ず(ハンゲショウ)の半夏は烏柄杓と言う植物で薬になるそうです。

それとは全く別の植物で半夏生と言うのもありまして、こちらが今回のお話に出てくる植物です。

葉っぱの半分が白くなって、それが半分化粧しているようなので半化粧=半夏生となったとのことです。

人の皮を被り化けるイメージは色々な妖怪話で聞いた気もしますが『天外魔境 卍丸』の絹編が一番印象に強いですかね。


この時期に降る雨は大雨になるらしいです。

皆様、お気をつけください。


次話投稿は7月7日を予定しています。

世間は七夕ですが七十二候的には小暑になります。


次話 温風至あつかぜいたる

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