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恐怖七十二候  作者: 如月 一
立春(りっしゅん)
3/72

魚上氷(うおこおりをいずる)

 Kさんは自他共に認める釣り好きである。

暇さえあれば、海に、川に、湖に出かけていく。

 季節も時間もお構い無しだ。

 そんなKさんだが、ある出来事があってから

「当分、夜釣りにはいけないですわ」

 と、言っている。

 そして、とつとつとその理由を語ってくれた。


 2月も半ば、Kさんはかねてから目をつけていた湖に夜釣りに出かけた。

 かなり山奥の湖である。

 ネットで地図を見ていた時に偶然見つけたのだ。

 周囲を森に囲まれていたが、国道から山道を経由すれば車で乗り付けることができそうだった。名前を調べるとD湖となっていた。さらにD湖をキーワードにして漁業規則やら、噂を調べて見たがなにも出てこなかった。

 漁業規則がないというのは誰も管理していないと言う事なのか。それとも農業用の溜め池の類いなのだろうか?

 溜め池にしては大きいが。と、Kさんはすこし不思議に思った。

 管理している漁業組合もなく、噂もないのであれば、釣り場としては期待できないかもしれない。

 だが、衛星写真で見る湖の佇まい、形や雰囲気は、Kさんに穴場だと告げていた。勿論、釣り師としての勘だ。

「何で一人でいったか、ですか?

そりゃ、本当に穴場だったら秘密にしておきたいじゃないですか。

夜釣りになったのは、まぁね、時間が合わなかったから、というところですかね」と、笑いながらKさんは答える。

 実際にそこは穴場だった。

 夜の10時から釣りを始めると面白いように釣れる。

 いわゆる入れ食いだ。

 それが零時を回り、日が変わるとピタリと当たりが止まった。

 辺りは墨を流したような一面の闇。

 足元を照らすライトと湖に浮かぶ浮きのライトだけが、白く辺りを照らしていた。


チャポン


 魚が水面に跳ねる音がした。

「釣れている時は感じなかったんですが、釣れないとなると寒さを感じ始めましたね」


チャポン


 また、跳ねる音。さっきよりも近い。

「寒さに震えながら、魚はいるのに何で釣れないんだと思いました」


チャポン


チャポン


「音の間隔は不規則でした。立て続けにしたり、数分しなかったり、と。

だけど、そのうち、妙なことに気づいたんですよ」


チャポン


「音がね。だんだん大きくなって来るんです。

もしも、たくさん魚がいて、あちこちで跳ねてるなら音は大きくなったり、小さくなったりするじゃないですか。

それが、音は必ず前の音より大きくなってくる。

一匹の魚がだんだん近づいて来ると思いましたね。

でも、それって変な話ですよね」


チャポン


 Kさんは音のした方にライトを向けたが、真っ黒な湖面が映るだけだった。

「当てもなくライトであっちこっち照らして、ようやくライトの隅っこに魚を捉えたんですよ」

捉えたと言ってもはっきり見たわけではない。何か白っぽいものが水面より飛び出し、沈むのがちらりと見えただけだ。

「最初は魚の腹かな、と思ったんですが、何か妙な違和感がありました」


チャポン

チャポン


 音はどんどん近づいてくる。

「気付くと、もう、すぐそこでするわけですよ。

でね」

 Kさんは、言葉を切ると、ブルッと身震いをした。

「浮きのところ。

ライトで、そのまわりだけ照らされてるんだけど、そこに、にゅうと真っ白な手が出たの。

肘の辺まで出てきて、おいで、おいでするみたいに手招きして、水面にチャポン。

もうね、肝潰しちゃって、竿も何もかも放り出して逃げました」


 最後にKさんは、乾いた笑いを浮かべ、こう締めくくった。

「当分、夜釣りに行けないかもって言いましたが、もしかしたら、一生行けないかも知れません」









2017/02/13 初稿

2018/08/17 形を整えました

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