菖蒲華(あやめはなさく)
男は疲れた顔でホワイトボードを睨んでいる。
名前を飯田と言う。
刑事だ。
話は1週間前戻る。
女性の惨殺死体が発見された。
女性は金属の箱に頭と手足を出した状態で拘束され、仰向けになっていた。
亀をひっくり返した状態、というのが一番分かりやすいだろう。
自力では身動き一つ取れない状態だった。
箱の蓋は透明な樹脂で出来ており、箱の中を見ることが出来た。
中にネズミがいた。
総数十八匹。
女性は身動きできない状態にさせられ、生きながらネズミに喰い殺されたのだ。
ネズミの半分が子ネズミだった。
つまり、ネズミは被害者を餌にして箱の中に巣を作って繁殖していたのだ。
それだけでも十分衝撃的な事件だったが、これはほんの始まりでしかなかった。
次の日、別の所で金属の筒が発見された。
直径50センチ、高さ2メートルの鉄製の筒だ。
扉のようなものがあり開けて見ると女性の全裸死体が入っていた。
筒の内側には刺やカミソリのような刃が無数に埋め込まれていた。
被害者は筒の中に入れられ、座ることも眠る事も許されず刺に肉を抉られ、皮膚を切り刻まれて惨殺されたのだ。
筒の中は被害者の血と汚物と肉の欠片でまみれていた。
直ちに捜査本部が設置され、飯田達が駆り出された。
二人の被害者の身元はすぐに分かった。
捜索願いが出ていたからだ。二人の被害者からすぐに一つの共通項を見つかった。生年月日が同じだったのだ。月日だけなら単なる偶然の可能性もあっただろうが年も同じとなれば偶数とは思えない。
直ぐに同じ生年月日の行方不明者が調べられ、六人の女性がピックアップされた。
ホワイトボードにはその6人の女性の写真が貼られていた。
写真の下には名前と歳、それから行方不明になった日付が書かれていた。みな、ここ1、2カ月で行方不明になっていた。
そして、昨日、二人の遺体が追加された。
一人は生きたまま解剖され、もう一人は全身の皮を剥がされていた。
誘拐された日付の下に死亡した日付が追加された女性が四人になっていた。
「昼飯買ってきましたよ。」
飯田の目の前に紙袋と紙コップが現れた。
振り向くと飯田とコンビを組んでいる青田がいた。
飯田は礼を言って紙袋を受けとるが、興味無さげにテーブルの上に放り投げると再びホワイトボードの方に目をやる。
ホワイトボードの下半分には都内の地図が貼られていて、バツ印が四ヵ所付いていた。
被害者が発見された場所だった。
「気になりますか?」
青田は自分のハンバーガーにかぶりつきながら言う。
「当たり前だ。まだ、二人いる。」
「ですね。
生きていてくれるといいんですが。」
「馬鹿!
俺達が助けるんだよ。
この子達はまだ、二十歳にもなってないんだぞ。」
「一番左の子が最初に行方不明になった子ですよね。
ひかべ・・・あやめ?」
「日下部だよ。
あやめは多分、花の菖蒲だろう。」
「へー。
で、一番、右が最後に誘拐された子ですね。
真壁愛菜ですか。」
飯田は頭を掻きながらため息をつく。
「どうにも腑に落ちないんだ。」
「腑に落ちないって何がですか?
管理官の言っている頭のイカれた愉快犯の線ですか?」
「いや、それは俺も同意だ。
頭がイカれているのはその通りだ。
ただ、愉快犯と片付けるには、こいつのやっていることは手が込みすぎてる気がする。何か確固とした目的が有るように思えてならない。」
「へー。それは何ですか?」
「分からん。気がするだけだ。
その話は置いておくとして。
今、俺が一番腑に落ちないっていうか、妙に思っているのは、容疑者の事だ。」
飯田はホワイトボードの右下に貼られている写真の方へ顎をしゃくる。
トラックや道を歩くメガネをかけた白髪の男の写真だった。
被害者の発見された周辺の監視カメラ等から割り出された容疑者の手懸かりだった。
「容疑者らしき人物や使ったと思われるトラックも判明しているはずなのに、何故か犯人にたどり着けない。
目撃証言を聞いてみても、誰に聞いても記憶が曖昧。
前後のことははっきり覚えているのに、肝心の容疑者に繋がる話になるととたんにあやふやになる。
一人、二人なら分からんでもないが、聞く人、聞く人みんなとなると何か不気味な気がする。
あと、妙にぽかがおおい。問い合わせた事がどこかで行き違いになっていて遅れるケースが多発してる。」
「そう言えば、昨日、森管理官が珍しく怒鳴ってましたね。
鑑識の調査依頼が止まっていたとかで。」
組織が弛んでる、しっかりせんか。とか言ってましたね。」
「人の気の弛みなのか?
極めつけはトラックのナンバーのデータが壊れているときたもんだ。
あり得るかね、データが壊れていて検索できないって?
俺には何か、この容疑者が守られているように思えてならない。」
「ええ?守られるって何にです。
神様にですか?」
青田はおどけた調子で言ったのだか飯田は真顔でこたえる。
「分からん。
神様でなければ悪魔だ。」
そして、メガネをかけた白髪の男のアップの写真をじっと見つめた。
不意に青田が口を開く。
「そう言えば、ずっと思っていた事があるんですよ。
この被害者達の置かれた場所を繋ぐと、星形を描きますよね。
上下逆ですけど。」
「逆五芒星かよ・・・」
飯田は掠れた声で呟いた。
メガネをかけた白髪の男がドアを開ける。
部屋は薄暗く、家具と呼べるものは部屋の真ん中に置かれた椅子位だった。
椅子には裸の女が拘束されていた。
両手、両足を椅子のひじ掛けや脚にベルトで止められて、首と頭も背もたれに固定され、動かすこともできなかった。
正面の壁には五つの液晶画面があり、四つが稼働している。ずっと同じ画像がリピートしていた。
全て、殺された女性達の死ぬまでの映像だった。
箱から手足を出した女性が悲鳴を上げながら手足をばたつかせてる画像。血まみれになりながら涙と鼻水を流しながら助けを乞う女性の顔のアップ。詳しい説明を受けながら生きたまま腸を引き出され、苦痛に耐えきれず殺してと叫び続ける女性。全身の皮を剥がされ、悶えながら徐々に弱っていく女性。
椅子にくくりつけられた女性は、四六時中、地獄のような映像と音声にさらされていた。
「さあ、新作が出来たよ。」
そういいながら男はリモコンのスイッチを入れる。
すると壁に設置されていた五つ目の画面が画像を流し始める。
『いや、痛い。助けて、痛い、痛い。』
女性は股の所には金属の棒が突き立てられていた。両足を懸命に伸ばすが床に届かない。女は棒に手を添え、食い込む棒を抜こうとするが全体重がかかっているので抜くことは出来ない。
「串刺しショーだよ。このままズブズブ自分の体重で杭が体を差し貫くんだ。結局、愛菜ちゃんは死ぬのに三日かかったよ。」
男の声は異様に明るかった。まるで新作のDVDを借りてきたかのような屈託のなさだった。
「もう、許して。一体何がしたいの?
私をどうするつもりなの。」
椅子に拘束された女は、虚ろな瞳で男を見る。
「私は真の君に目覚めて貰いたいだけだ。
さあ、いつものこれを食べるんだ。」
そう言うと男は赤黒くドロリとした物を女の口に持っていく。
女は異臭に顔をしかめ、抵抗するが無理矢理に食べさせられる。
「明日で最後だ。6月25日。君の誕生日に全てが終わり、始まるんだ。そのための準備は全て終わっている。楽しみだね。」
男はそう言うと部屋を出ていった。
後には女と既に死んでいる女達の画像だけが残った。
飯田と青田は覆面パトカーでトラックを追いかけていた。
逆五芒星の最後の頂点で待っていたら果たしてメガネの男が現れたのだ、職質をして、トラックの中身を改めると串刺しになった真壁愛菜の変わり果てた姿が有った。
逮捕しようとした所をメガネの男は隠し持っていたナイフを振り回し、トラックに乗って逃げ出し、追跡劇となっていた。
トラックはとある屋敷に逃げ込んだ。
激しくドアが開かれる。
「ふははは。
ついに全てが完成するときがきた。」
男は嬉々として叫ぶ。
「偉大なる王、バールよ。
汝に捧げたる五つの魂。
汝を受ける穢れし器。
聞き届けよ。」
そして、ナイフを天にかざし椅子に拘束された女に突き立てようとする。
銃声が響く。
飯田が男を打ったのだ。
男は口から血を吐き絶命した。
「大丈夫かい?」
飯田は椅子に拘束されていた、『日下部あやめ』とおぼしき女性に声をかける。
「はい、大丈夫です。」
女は、意外としっかりした声で答える。
飯田はあやめの拘束をはずす。
「おい、何か羽織るものをもってこい、それからタオルも。
男の血糊浴びて、日下部さんが酷いことになっている。」
「いいえ、大丈夫です。お構い無く。」
日下部あやめは、そう言うとゆっくりと立ち上がる。
顎についた男の血糊の指で拭うとうっとりとした笑みを浮かべ舐める。
飯田は気づいてはいない。
今、悪魔が地上に降臨したことを。
あやめは殺女となったことを
2017/06/25 初稿
すみません。遅れました。
遅れたのはギャバン対デカレンジャー見に行っていたからではないです。
殺女の駄洒落はサクラ大戦のオマージュです。
次話投稿は7月1日を予定しています。
(ヤバイ。映画の日だ)
半夏生




