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恐怖七十二候  作者: 如月 一
夏至(げし)
28/72

乃東枯(なつかれくさかるる)

「おかしいわねぇ」

お姉ちゃんはメガネを外すと疲れたように目頭を揉んでいる。

「道に迷ったの?」

「うん、そうね。

GPS見ても場所が出てこない。

地図で見ると一本道で間違えようがないんだけどね」

一番聞きたくなかった言葉を言われて、私は隣に佇む葵ちゃんの方を見る。

葵ちゃんは既に涙目だ。

私とお姉ちゃん、そして友達の葵ちゃんの三人で一泊二日の登山に来ていた。

麓から山頂まで3時間ぐらいのほんの初心者向けの山なのにいきなり遭難なんて。

へたれにも程がある。

「とりあえず、山で迷ったらわかるところまで戻るのが鉄則よ」

お姉ちゃんの言葉で私たちは一旦戻ることにした。

そして、10分後。

「おかしぃわぁ。迷ったみたい」

って、おい!

「ちょっ、それってもと来た道もわからなくなったってこと?」

「そうね。そうとも言うわ」

いや、そうとしか言わないかと……

「若葉、若葉。

私たち、遭難しちゃったの?」

葵ちゃんが私の袖をつんつん引っ張りながら、この世の終わりといわんばかりの潤んだ目で見つめてくる。

「遭難なんてオーバーよ。たいして高い山じゃないから。

すぐに道も見つかるって」

私はわざと陽気に言う。

「ま、取り合えず、休みましょうか?」

お姉ちゃんは地図を畳みながらいった。

「休むってここで?」

人一人が立っているのがやっとな細い山道なのだ。

「うーん、どこか腰の下ろせるところがいいかな」

「あ、なんかこっち、道が有りそうですよ」

葵ちゃんが指差す方を見ると確かに森の奥へと続く獣道らしきものがあった。

……

「あ……、何これ」

私は絶句する。

目の前には古いがかなり大きなお屋敷があった。

獣道に入って直ぐのことだ。

「はー、こんなところにも人住んでるんだ。日本人恐るべきね」

お姉ちゃんが感心したように呟く。

え、気にするところ、そこ?

「いや、おかしいでしょ。

何でこんな森の中にこんなお屋敷があるのよ」

「何でって、私に云われても分かるわけないじゃない」

お姉ちゃんは少し、むっとしたように答える。

「あ、でも、ちょうどいいじゃないですか。

ちょっと休ませてもらって、ついでに道も聞きましよう」

葵ちゃんの提案にお姉ちゃんも同意すると、さっさとお屋敷の中に入っていってしまった。

「こら、待ちなさい」

私は慌てて二人を追いかける。

お屋敷は私の背より高い木の柵で囲われていたけど、門には鍵がかかっていなかった。

あっさりと開く。

母屋へ続く中庭には、赤茶けた鶏?ぽいものが放し飼いにされていた。一羽、二羽……

全部で六羽いた。

「あら、うつぼ(くさ)。」

中庭の花壇にくすんだ緑色の筒のような草が沢山植えているのを見て、お姉ちゃんは呟いた。

「なんか枯れてませんか?」

「うつぼ草は夏枯草(かこそう)といって、夏至の今の時期に花が枯れるのよ。

漢方の材料になるので、ここの人が栽培してるのじゃないかしらね。

花壇のスペースにまだ余裕があるんで、まだ他にも植える予定なのか、それともまだ、芽が出てないだけかも」

お姉ちゃんと葵ちゃんはそんなことを話しながら土間へと向かう。

「道に迷った者ですが、少し休ませて貰えませんか?」

「すみませーん。休ませてくださーい」

お姉ちゃんと葵ちゃんは、土間で大声を張り上げる。

でも、誰からも返事はなかった。

「え?」

私は目を丸くする。

二人は靴を脱いで屋敷に上がろうとしているからだ。

いや、誰も出てこないし、返事もないのに、屋敷に上がるのはどうなの?

「返事もないのに上がっちゃ不味いでしょう」

と言う私を、二人は、逆になに言ってるんだ、見たいな目で睨んできた。

「返事がないから屋敷の人を探すんじゃないの。

私、あっちの方をみてくるから、葵ちゃんは、奥の方探してくれる」

「はーい」

二人は互いに顔を見合わせるとそのまま、ずかずかとお屋敷にあがっていく。

え、え?

私が悪いの?

っていうか、二人ともこんな図々しかったっけ?

私は慌てて二人を追いかける。

「葵……

葵ちゃん?」

私は奥へ行った葵ちゃんを追いかける。

歩く度にギシギシ嫌な音をたてる廊下を進んでいくと襖が半分開いた部屋がぶつかる。

「葵……?」

私は部屋を覗く。

薄暗い。

部屋の奥に葵ちゃんが正座していた。

「何してるの?」

葵ちゃんの体は小刻みに動いていた。

後ろ姿なので何をしているのかよくわからない。

返事がない。

「葵ちゃ……」

葵ちゃんの白い細い手が目の前の四角い家具に伸びる。

仏壇。

葵に気をとられて気づかなかったが、それは仏間だった。

暗闇に浮かぶ葵ちゃんの手が仏壇をまさぐりお供え物を鷲掴みにし、引っ込む。

クチャ、クチャと微かな咀嚼する音が聞こえる。

葵はお供え物を食べているのだ。

「葵!

あんた、なにしてるの?」

私は、葵の肩を掴むとこちらを向かせる。

そして、ぎょっとなる。

「あー、わかばぁ。

おまんじゅう、おいしいよ」

真ん丸に見開かれた両の目は焦点が合っていない。

口一杯にまんじゅうが詰め込まれて、口が上下に動く度に入りきらないまんじゅうがボロボロとこぼれ落ちる。

おかしい。いくらなんでもおかしすぎる。

「ちょっと葵、しっかりしなさい」

私は、葵を揺さぶる。

まるで首の座っていない赤ちゃんのように葵の頭はガクガクとゆれる。

「あたし、お腹空いちゃってー。

若葉も食べたら、おいしいーよー」

「いいから、こっちにきなさい」

私は葵を引きずるように仏間を出る。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!

何処よ。

葵がおかしい。

っていうか、ここがおかしい。

早くでないとヤバイって」

廊下を急ぎながら大声で叫ぶ。

お姉ちゃんは居間にいた。

「お姉ちゃん……

なに……し、してるの?」

居間の真ん中には食卓があった。

お姉ちゃんはその食卓に用意された食事を貪り食べている。

焼き魚を手掴みにしバリバリ噛み砕き、白濁した液体の入った椀をぐびぐびと飲む。

いつもの、何かにつけて上品な立ち振舞いのお姉ちゃんからは想像できない。

「やめて、ダメだから」

食卓の真ん中には用意されていたグツグツ煮たつ鍋に手を伸ばそうとするお姉ちゃんを慌てて止める。

「何すんのぉ~」

人相が変わっていた。

落ち窪んだ目。

げっそりと落ちた頬。

艶やかで自慢だった髪もバサバサになり、白いものが混ざっている。

まるで死人だ。

葵を見ると、こっちも土気色で肌がたるんでまるで老婆だ。

なんなの。

一体何が起こっているの?

こんなの私の知っているお姉ちゃんでも葵でもない。

訳わかんないけど、とにかくこの家からでないととんでもないことになる。

私は、お姉ちゃんと葵を引きずって屋敷を出た。

「何これ」

中庭に出た私は叫ぶ。

花壇に生えていた枯れかけの植物は一斉に紫色の花をつけていた。

他にも沢山の花が花壇に咲き誇っている。

百花繚乱とでもいうのか。

庭に放し飼いになっていた鶏も倍以上に増えている。

私は混乱する。

屋敷が育っている?

とにかく出る。

私は決めると二人を引きずって門に向かった。

……

正直言って、この後のことはあまり覚えていない。

気がつくと、見覚えのある山道にへたりこんでいた。

両脇には意識を失ったままのお姉ちゃんと葵ちゃんがいた。

途方に暮れているところを他の登山者に助けたもらった。

お姉ちゃんたちはとんでもなく衰弱していて結構危険な状態だったらしい。

二人は今も入院している。

退院するには後、2、3カ月かかるそうだ。

私は、二人が無事であれば言うことはない。

あのお屋敷がなんだったのかとか、まだ、そこにあるのかとか、何で自分は大丈夫だったのかとか、全然知りたいとは思わない。

確めたいなんて言う奇特な人がいるなら場所とか教えてあげてもいいけれど、お薦めはしないよ。







2017/06/21 初稿

2017/11/26 多少修正 三点リーダ等々

ふぅ。

最近、苦戦が続きます。

プロットが二転三転して、ようやくここに落ち着きました。

本当は吸血鬼のお話にしたかったのですが……

若い乙女が吸血鬼に精気を吸いとられ夏枯草のように朽ち果てる、というイメージを描きたかったのですが2000、3000文字で収めるのが難しく思い、断念しました。

ホラー書くなら、吸血鬼(バンパイア)物も一度はやりたいと思っております。


次話投稿は6月25日を予定しています。


次話 菖蒲華あやめはなさく

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