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恐怖七十二候  作者: 如月 一
小満(しょうまん)
23/72

紅花栄(べにばなさかう)

5月も後一週間を残すばかりになったある日。

陽はとうに落ちていたが空気はいまだ昼間の熱を帯び、不愉快に体にまとわりついてきた。

「エアコンいれないか?」

部屋に入って来るなり田中は言う。

部屋には田中の他に山崎、木下、香川の三人の男がいた。

皆、同じ大学に通っている学生だ。

学部は違うが同じサークルに入っている。

サークルの名はオカルト研究会だ。

「で、この間の探検の動画に映っていたんだって?」

適当な所がなかったから部屋の片隅に置かれているベッドに腰掛けながら田中は木下に質問する。

「そうだよ。香川と見直してて気がついたんだ。

で、みんなを呼んだ」

エアコンのリモコンを操作しながら木下は答える。

大学から正式に認められていないのでオカルト研に部室はない。そのため木下のアパートを部室代わりにしていた。

じゃあ、早速と木下がパソコンの動画ファイルをクリックする。

暗い画像が画面一杯に広がった。

砂利を踏む音や、あっちかなと喋る人の声がスピーカーから聞こえてくる。声は今いる四人の誰かの声だ。

画面が急に動くと疎らな木立の向こう側に大きな屋敷の屋根が見えた。

《あった、あった》

少し高い声がスピーカーから発せられる。田中のものだ。

画面が激しく左右にぶれながら木立を抜け、屋敷に近づいて行く。

それは一週間前に行った出ると噂される廃洋館の動画だ。

「で、どこで出たの?」

「2階の突き当たりの部屋の所」

「大分先じゃん?」

「半分位かな。先送りするか」

山崎の言葉を受け、木下がマウスを操作する。

画面が切り替わり、ホールから2階の階段を上る画面になる。

「もうちょい先」

再び画面が切り替わる。

今度は右手が壁、左手に欄干、画面奥へと廊下が続く画像が現れる。

画面が小刻みに揺れ、ミシリ、ミシリと嫌な音が聞こえる。

複数のライトの光が落ち着かない様子であちらこちらを照す。

廊下の先にドアが見える。

「あのドアの先の部屋に入ったろ」

と香川が言う。

「なんか映画に出てきそうな天井が付いたベッドのあった部屋だろ」

「そそ、その部屋の窓の所に人が立ってたんだよ」

「マジかよ。全然、気づかなかった」

田中が呟く。

《鍵かかってない。開けるぞ》

「いや、あの時は誰も気づいてないしょ」

木下の声に画面の木下の声がかぶさる。

オー、でかいな、と画面の田中の驚いた声。

4条の光が部屋を照す。

画面はゆっくり左にパンする。

大きなベッドが画面に現れる。

《おお、金持ちのベッドだよ》

おどけた田中の声。

「次に右に画面が動いて窓が映るがその右側、カーテンの所に項垂(うなだ)れた髪の長い女が横向きで立ってる」

と、木下が早口で説明する。

画面が右に動く。

窓が映る。

しかし、窓とカーテンしかなかった。

「なにも映ってないじゃないか」

と田中と山崎がほぼ同時に叫ぶ。

逆に木下と香川は信じられないと顔を見合わせる。

「いや、だって確かに映っていた、はず……だよなぁ」

「夢でも見たんじゃないのか」

「夢じゃないって」

「じゃあ、何で映ってないんだよ」

田中と木下が言い合いになる。

動画は進む。

部屋を出で、再び廊下が映る。

《なんだ?》

画面からの叫び声に四人の視線が再び画面に戻る。

《変な音がしなかったか?》

画面がしきりに動き、屋敷内を映す。

ぐるりと回って丁度例の部屋のドアが映る。

画面に項垂れた女が半身をこちらに向けて立っているのが映った。

一瞬の事だった。

画面が動き、女はすぐにフレームアウトする。

「あれだよ。みんな、見たよな」

木下が動画を止め、確認する。

皆、無言で頷く。

「巻き戻すよ」

画面が巻き戻る。丁度、部屋に入るところだった。

《おお、金持ちのベッドだよ。》

画面が右に動く。窓際が映る。

あるのは窓とカーテンだけ。

部屋を出て、廊下を進む。

《なんだ?》

《変な音がしなかったか?》

画面がぐるりと回ってドアが映し出される。

「!?」

木下が画面を止めるが画面にはなにも映っていない。

「どういうことだよ。映ってないぞ」

「目の錯覚?」

「馬鹿。四人共、目の錯覚するかよ」

「この先だったのか?」

木下は動画を再開させる。

《なんも聞こえんぞ。気のせいだろう》

画面は廊下を戻る所が映し出される。

動画の視点は行きは先頭だったが戻りは最後尾になる。

階段を降りる面々が映し出されている。

「なあ。一人多くないか?」

山崎が言う。

「いや、四人いるぞ」

狭い階段だったため四人の後ろ姿は画面上重なって見え、誰が誰だか分からない。

だが、見え隠れする頭を数えると確かに四つあった。

「じゃあ、誰がこの画面撮ってるんだ。」

掠れた声で山崎はいう。

四人は顔を見合わせる。動画を撮っている者は画面には映らない。階段を降りている人間が四人なら、屋敷には五人いることになる。

《不気味だったが何もなかったな》

階段を降りきったところで誰かの声。

《そうしますか。最後にホールをもう一度っと》

木下の声と共に画面はホール全体をもう一度ぐるりと映す。ガランとした空間が画面上に映し出される。山崎、田中、香川が順番に画面に現れる。三人だけだ。

「ま、巻き戻す」

木下はそう言うと画面を巻き戻す。

画面は階段を降りる所になる。

「一、二、三人。

三人しかいないぞ。

どうなってんだ!」

香川がヒステリックに叫ぶ。

階段を降りているのは何度数えても三人だった。

《不気味だったが何もなかったな》

木下が慌てて動画を止める。

「なんだ、何で止めるんだ。」

香川の問いに木下は震える声で答える。

「ヤバイだろ。

最初は窓際。次は俺達の後ろ。それから、一緒に階段降りてる。

再生する度に映る場所が違って、しかも近くになってんだぞ。

って事はこのまま再生すると……

絶対ヤバイ」

その言葉に皆、言葉を失う。

カチリ。

微かなクリック音。

《そうしますか。最後にホールをもう一度っと》

スピーカーから木下の声。

「何で再生してんだよ!」

木下が絶叫する。

画面が回り山崎、田中、香川が映し出される。

そして、画面一杯に見知らぬ女の顔が現れる。

その顔に一同言葉を失う。一見して生きている者の顔ではないのが分ったからだ。

スピーカーから女の声が響く。

《キャハハハハ。やっとそこに行ける》

女の声が終わらない内にベッドに腰かけていた田中が勢いよく前につんのめった。

何事かと皆、騒然となる。

と、ズズズと田中の体がベッドに引きずり込まれる。

「た、助けてくれ。何が俺の足を、」

田中はうつぶせのまま顔をあげ、青い顔で叫ぶ。

三人は慌てて田中の手をつかみ引っ張る。

田中の足がベッドの下から出てくる。その足首を白い手が掴んでいるのが見えた。皆、必死になって田中を引っ張る。

ズルズルと田中、そして田中を掴む者がベッドの下から引きずり出される。細く白い手、そして、長い髪の女の後頭部。

ベッドから半身が現れると女は田中を掴む手を離し、自力でズルズルと這いずりでてくる。

それは動画の中にいた女だ。

女はゆらりと立ち上がる。

四人は恐怖に動くことも出来なかった。

「アハハ、アハ、アハハハハ」

女は狂ったように笑う。

右目は無惨に潰れ、鼻の所が大きく抉れている。

真っ赤に染まった傷口はまるで花のようだ。

ゆらりとゆらりと体を揺らしながら近づく女を見ながら、まるで風に揺れる紅花(べにばな)のようだと四人は思った。



2017/05/26 初稿

2017/12/07 文章微調整及び誤記修正

えっと紅い鼻〉紅い花〉紅花。

はい、駄洒落です。

紅い鼻を紅花に例えるの紫式部女史がやられていますので、ご容赦ください。

ラストは画面一杯に女が映し出される所でやめるのもあったかと思いましたが最後までやった方が怖いかな、と思ったのでこうしてみました。

でも、なんか貞子様見たいになっちゃいました。


次話投稿は5月31日を予定しています。


次話 麦秋至むぎのときいたる

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