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恐怖七十二候  作者: 如月 一
小満(しょうまん)
22/72

蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)

「ちょっと、どいてくらっせ。」

背後で可愛らしい声がしたのでHさんは脇にどいた。

すると、その横を腕捲りした女の子がトテトテと走り抜ける。

その女の子が角を曲がって見えなくなってHさんは『ああ、やられた。』と思った。

Hさんは市営の博物館の警備員をしている。

初めての夜勤の時、先輩から地下1階の一般展示室の養蚕、製糸の解説コーナーは出るから気を付けろと言われた。

何が出るのかと聞くと幽霊に決まっとると返された。

最初はからかわれていると思っていたが、四度目の夜勤の時、Hさんも実際に体験することになった。

深夜の見回りの時だ。

問題の養蚕のコーナーまで来たとき、クスクスと女の子の忍び笑いがきこえてきた。びっくりして声のする方にライトを向けるが誰もいない。首をひねり再び歩き出すとまた、クスクス聞こえる。

照明は落ちているのでフロア全体は真っ暗だ。頼りないライトの光でアチコチ照らす。陰がゆらゆらと蠢き、やたら不気味だった。

と、展示されている座繰機の後ろに誰かが隠れるのが見えた。

大きさから子供のようだ。

どこかの子供が肝試しのつもりで入り込んだのかと思い、急いで座繰機の後ろにライトを当てる。

だが、誰もいない。

ガガガガガ!

突然、座繰機が激しく動き出した。

Hさんは肝を潰すと警備員室まで逃げ戻り事の顛末を先輩に話した。

だが、先輩はそんなこともあるかなと言ったきりで驚きもしなかった。

その後も地下フロアの見回りをすると妙なことが度々起きた。

クスクス声やライトを横切る人影、後ろからついてくるヒタヒタという足音。

最初は怖かったが、慣れてくると怖さはなくなり、親しみが湧いてきた。

更に付き合いが長くなると相手の事も段々と分かってくる。

どうやら、幽霊は一人ではなかった。定かではないが三、四人いるようだった。皆、女の子で年の頃は十二から十六歳ぐらいだろうか。服装から製糸工場の女工のようだ。

理由は分からないが座繰機に憑いていると言うのが警備員仲間の共通の意見だった。

それが分かるとHさんは見回りの時にコーナーの片隅にこっそり飴玉とか折り紙で作った人形等を置くようになった。

そのせいだろうか、前はこそこそ影に隠れるようだったのが、最近では、彼女たちはHさんにだけは、はっきりと姿を現すようになってきていた。

イタズラ好きなようで後ろから息を吹き掛けるとか、物影から突然現れ驚かせさられることが多かった。

驚いたHさんの顔を見るのがどうやら好きなようだ。

Hさんも可愛い妹のように思え、好きにさせていた。

そんなある日。

確か、5月の20日(はつか)だろうか。

夜勤へ出るのが遅れ、遅刻しそうになった時の事だ。

歩きながら先輩に遅れそうとメールを打っていると目の前に大きな葉っぱが落ちて来た。

あっ、と思って足を止めたHさんの目と鼻の先を物凄いスピードで車が横切って行った。

ドッと冷や汗が出た。

もしも、葉っぱが落ちて来なかったら車に轢かれていたのは間違いない。

命の恩人の葉っぱを手にとったHさんはおやっと思う。その葉っぱは桑の葉だった。

何故、こんなところに桑の葉が?

と一瞬思い、そして、あることに思い至る。

Hさんはその葉っぱを御守りとして大事に持っている。

未だに青々としたその葉っぱには蚕が少し食んだ跡があるという。












2017/05/21 初稿

少しほんわかした話になりました。

女工と言うより座敷わらし見たいになっちゃいました。


次話投稿は5月26日を予定しています。


次話 紅花栄べにばなさかう

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