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恐怖七十二候  作者: 如月 一
立夏(りっか)
21/72

竹笋生(たけのこしょうず)

後味の悪いものになってしまいました。

その手が苦手な方には辛いかもしれません。

申し訳ありません。

「本当に美味しいですね。」

立川美里(たちかわみさと)はニッコリと微笑む。

「いえ、お粗末様です。」

と初老の男性が照れたように頭を下げた。

「本当にこれ(タケノコ)なのかしら、と思ってしまいます。

しゃきしゃきして、それでいて柔らかい。

噛む度に微かな香りと甘さが口の中一杯に広がる。

私も職業柄沢山色々な所の筍料理を食べさせてもらいましたが、ここのを食べたらもう他のところのものは・・・」

美里はそれ以上は敢えて言うのを避けた。

美里の言う『他のところ』には、日本の老舗や一流と呼ばれる店も含まれているので、この発言は当然そこを否定することになる。事実なのだが、どこでそのような発言が漏れて聞こえるかもしれない。先方の耳に入ったら今後の仕事に差し障るかもしれないので避けたのだ。

立川美里はフリーライター、料理関連の記事がメインの仕事だった。

だが、今回の訪問は仕事ではない。

今回の事は、とんでもなく旨い筍料理があると聞いたのが切っ掛けだった。

そこは営利目的の店ではなくただの個人の家庭料理のため、一般に知られることは絶対にない。その道の通と呼ばれる人達の間でしか知られていない、半ば都市伝説化した噂だった。

実際、美里の情報網をもってしてもたどり着くのに3年の月日を要した。

本当は記事にしたかったのだが、記事にするのは絶対駄目と言われたのだ。評判になって食べさせろという人間が増えては困るからとのことだった。

残念ではあるがせめて幻の筍が食べたく、記事にしないことを条件にようやく了解を貰えたのが5月の丁度中であった。

驚くほど不便な場所だった。

JRから私鉄、しかも単線!、を乗り継ぎ、無人駅で降り、更に歩くこと30分。

首がもげた地蔵が立ち並ぶ辻で待つこと更に30分。ようやく白い軽トラックが現れ、一人の男が降りてきた。

親しげに微笑む初老の男は竹田と名乗った。筍料理を作る家の主人だという。トラックに乗り、更に3時間をかけてようやく目的地に到着した。

到着した先は巨大な竹林を背負った築100年と思える屋敷だった。

電気もガスも水道も通っていないので、と竹田は苦笑いを浮かべる。

大変ですね。と言う美里に、電気は発電機、ガスはプロパン、水は近くの湧水を使っているのでそれほど不便ではないと主人は静かに答えた。

食事の準備に更に3時間待たされる。

とっぷりと夜が暮れた頃にようやく料理が出てきた。

やや、うんざりしていたが、待った甲斐があった。

とにかく衝撃的だった。

食べて良かったと思う反面、やはり未練が出てきた。

「こんなに美味しいのに、やはり記事にしてはダメなんでしょうか。」

「商売をしているわけではないので。」

竹田は笑みを絶やすことなく答える。

「しかし、この味をやはり世に知らしめないのは大変な損失だと思うのです。」

「そう言って貰えるだけで十分ですよ。

それに、この味はここの筍でしか作れません。

世に知らしめても真似できんのは意味がないでしょう。」

「この筍は裏の竹林で取れるのですよね。

何か特別な手入れとかされているんでしょうか?」

ついつい取材モードになる美里に主人は特に嫌な顔もしない。

「ええ。」

「こんなに美味しい筍が取れるのだから手入れもさぞやたいへんなんでしょうね?」

「まあ、世話はそれなりに大変です。」

「あの、良ろしければ拝見できないでしょうか?」

「いいですよ。今日は遅いので明日の朝にでも。」

ダメ元で聞いてみたが、あっさり了解を貰え、もしかしてまだ取材解禁の脈ありと美里は内心小躍りする。

「立川さんはお酒はいける口ですか?」

「あ、はい。」

「ならば、筍の刺し身にあう日本酒があるのですよ。」

主人が、良ければ、と日本酒と筍の刺し身をだしてきた。

辛口のお酒と筍の刺し身。

絶品だった。手が止まらない。

「竹田さんはお一人なんですか?」

少しほろ酔い気分になりながら美里が尋ねる。

「ええ、一人暮らしです。」

突然、美里の視界がグニャリと歪む。

「あら、御免なさい。私、少し酔ったかもしれ・・・」

世界がグルグル回り出す。そして、美里はそのままあっさりと意識を手放した。


美里は目を覚ました。

木漏れ日が目に差し込み痛い。

手で庇おうとするがまるで体が動かなかった。

頭がクラクラして状況がよく把握できないでいると近付いてくる足音がする。

霞む視界に長靴を履いた二本の足が入ってくる。

そこで初めて自分が頭だけ出して地面に埋められていることに気がついた。

「お目覚めですか?」

懸命に顔を上げると竹田がたっていた。

「た、竹田さん。これはなんの冗談ですか?」

「冗談?いや、いや、あなたが私の竹林が見たいとおっしゃったから、特別に招待したんじゃないですか。」

そう言われて美里は自分が竹林の中にいることに初めて気付く。

「竹林の世話にも興味があったようですので、体験してもらうことにしたのですよ。

この竹林には特別な食事が必要なんです。

それでその食事というのがね。

生きた人間なんです。」

ニコニコしながら話す竹田を見上げ、美里の頭は真っ白になる。

「馬鹿な話はや、止めて。すぐに私を自由にして。

こ、こんなことして、ただで済むとおもっているんですか?」

大声で叫びながら身をよじるが、頭ひとつを地面から出している状態ではどうすることできない。

そんな美里を冷ややかに見つめながら竹田は話を続ける。

「信じないかも知れませんが、この竹林は生きているんです。

うーん、表現が難しいな。人間のように意志があるんですよ。

ゆっくりだけど動くことも出来るんですよ。

私はこいつに食事を用意してあげて、代わりにいろんな事をしてもらっているのです。

あの美味しい筍もその一つなんです。」

「私をどうするつもりなの。」

「だから食事になるんですよ。

ねえ、感じませんか?体に竹の根っ子が絡みついて来てるのが?

そこからゆっくり体液を搾り取られるんですよ。

最後にはカラカラになって骨も残りません。」

竹田に言われて初めて土に埋められた体に何かがなで回すように這いずり回っている感触に気付く。

「いやー!

イヤ、イヤ、イヤ、助けて。お願い何でもします。ここのことも誰にも言わないから助けて、グキャ、アガァ、」

パニックを起こして泣き叫ぶ美里の口を無理矢理開けて竹田はホースを突っ込む。

そして、茶色の液体をドボドホと流し込む。

「ハャ、ひゃめて、クハァ、ゲボ

たひけて、カハ、ヒィヤーメ・・・」

大量の液体を無理矢理流し込まれる。美里は目から涙を流しながら飲む。

ホースを引き抜かれ激しく咳き込む美里を尻目に竹田は道具を慣れた手つきでかたづける。

「何飲ませたの?」

「栄養ですよ。

できるだけ美味しい食事になってもらわないといけませんから。

中身は聞かない方がいいです。

まあ、3日位ですよ。

中には1週間程もつ人もいますがね。

では、また明日来ますね。」

竹田はそういうとそのまま去っていく。

「待って、お願い。助けて。

お願い、助けてー。」

竹田の後ろ姿に美里は悲痛な叫びを上げた。

だが、竹田は振り向くこともなく竹林の影に消える。

ただ、笹だけが風もないのにサラサラと揺れていた。



2017/05/15 初稿

立夏編はB級スプラッターを狙って後味悪い仕上がりになってしまったかな、と反省しております。

小満編はもう少し軽く、落ち着いた感じにしたいなと思います。


次話投稿は5月21日を予定しています。


蚕起食桑かいこおきてくわをはむ

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