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恐怖七十二候  作者: 如月 一
穀雨(こくう)
18/72

牡丹華(ぼたんはなさく)

 鹿島(たもつ)は不意に目が覚めた。

 時計は見ていないがまだ、真夜中なのはわかる。

 何の物音もしない。まるで凍りついたように空気が張りつめていた。静けさで耳の奥が痛くなりそうだ。

 保はこの感覚を知っていた。何度も経験している。

「ああ、マジか。まだ、1週間しかたってないぞ。もう、ばれたのか」

 独り言を言うのと来訪を告げるチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。

 来た、と保は思う。

 思うだけで動きはしない。はなからドアを開けるつもりはないのだ。

 チャイムを無視していると、ドアを叩く音に代わる。

 今夜はもう寝ることは出来ないだろう。保は頭から布団を被り、耳を塞ぐ。気付くと音は止んでいた。再び耳がキーンとなるような静けさが訪れる。しかし、それも長くは続かない。

コンコンと窓を叩く音。

 そして、か細い女の声がする。

「保、開けて。

中にいれて。寒いの、凄く冷たいの」

(ごめん、(さき)。もう赦してくれ。頼む、頼むよ)

 保は目をつぶり、ひたすら心の中で叫び続けた。


 鹿島保と久本咲は恋人だった。今から5年前、高校生の頃だ。

 真剣に愛し合っていた。結婚したいと両親達に訴えたが、当然のように反対され、無理矢理引き離されそうになった。

 二人は逃げた。二人だけで何とかしよう考えたのだ。

 しかし、世の中は二人が考えるほど甘くはなかった。どちらも良家のお坊ちゃん、お嬢ちゃんだったのも災いしたのだろう。

 持って逃げたお金はすぐに尽き、二人は追い詰められた。

 二人は安易に死を選ぶ。

 手を取り合って崖から身を投げた。

 そして、保だけが生き延びた。

 保は病室で目を覚ました。

 浜に打ち上げられていたのを助けられたのだ。

 咲は見つかっていない。

 自殺に失敗した者は死ねなくなるというが、保もその例に漏れなく死ねなくなった。咲の後を追おうなどという気は全く起こらなかった。

2週間後、保は退院すると、人目を避けるように一人暮らしを始めた。

 一人暮らしを始めて2ヶ月ほど経った頃、それは突然やって来た。

 保は真夜中に目を覚ます。ずっしりとなにかがのし掛かってくる重圧と異様な臭い、潮と腐った肉の臭いがない交ぜになった異臭、に息が詰まった。目を開けると眼前に白いぶよぶよしたものが広がっていた。黒い丸いものが二つあった。

 それが何か分かった時、保は声にならない悲鳴をあげる。

 水を限界まで吸ったぶよぶよな肌は腐乱が始まっている。紫色の死斑と分離した白い脂の(まだら)模様の肌。眼球はとうの昔に朽ち果てボッカリと黒い穴を穿っている。

 縮れ、乱れた黒髪にはベットリと水に濡れている。

 それは水死体だった。

 保の顔にポタリと滴が垂れる。

 塩辛い。

 海水だった。

「保、何で来てくれないの。

私、ずっとまってたのにぃ」

 ヒューヒューと耳障り音と共に水死体は保の名を呼ぶ。

 ああ、咲なんだ。

 今、自分にむしゃぶりついてきているものが咲の変わり果てた姿なのだと保は、ぼんやりと考えた。

 咲の体は冷たかった。氷の塊に抱きつかれているようにグングン体温を奪われる。死への恐怖が甦り、保は渾身の力で咲を突き飛ばした。

荒い息をつきながら電気をつける。部屋には誰もいない。

 夢だったかと思いながら、その日はそのまま寝ずに過ごした。

 だが、夢ではなかった。

 次の日も、その次の日も咲は現れた。

 まとわりつかれる度に生気を吸いとられるようにどっと疲れた。

 このまま取り殺されるかと思ったところ、お寺で貰った札を部屋の入口に貼れば、咲は部屋にはいってこれないことがわかった。

 しかし、今度は夜な夜なドアや窓を叩き一晩中、保を苦しめるようになった。

 堪らず保は引っ越した。

 すると咲は現れなくなった。

 ほっとしたのも束の間、半年後咲は再び現れた。

 保はまた、引っ越した。

 そして、数ヶ月後、咲は保の前に現れた。

 その後は、まるで借金取りから逃げるように保は引っ越しを繰り返した。

 それは一時しのぎでしかなかった。引っ越して暫くは咲は現れなくなるが、必ず探し出されるのだ。

 徐々に咲が保の新しい住まいを見つけるまでの時間が短くなっていた。今回に至っては僅かに1週間だった。

 そうだとしても保に出来ることは新しい家に引っ越すしかなかった。

 夜が開けると、保は近くの不動産屋に飛び込んだ。

 引っ越せるのならどこでも良かった。4月も後2日を残す今の時期に引っ越すと4月分の家賃が必要で勿体ないから5月から引っ越した方が良いよ、と言うアドバイスも聞かず無理に引っ越しを決めた。

 今にも倒れそうな木造アパートだったが、夜寝れるのなら文句はなかった。

 引っ越して2日は何事もなく過ぎた。

 そして、3日目。

 保はアパートの前で茫然と立ちすくんでいた。

 目の前のアパートは火事で全焼していた。

なにもかも燃えてしまっていた。御札も含めて。

 その事実に思い当たると保は血の気が引いた。

 日はもう暮れていた。もしも、こんな時に咲が現れたら、と思うと背筋に寒いものが走った。

 まとわりつく風に微かに潮の臭いと腐臭が混じっている。

 保は慌てて周囲を見回す。姿はなかったが咲が近くにいると保は確信した。

 とにかく逃げた。当てはなかった。

 気付くと山門をくぐっていた。お寺だと思ったのだ。

 だが、違うことにすぐ気付いた。入ったらすぐに大きな池にぶつかる。寺ではなく、日本庭園の様だ。

 保は焦り、周囲を見回す。

 と、突然、池から白い手が伸びると保の足を掴み、池に引きずり込む。暫く水音が誰もいない庭園に虚しく響いていたが、やがて静かになった。


 次の日、牡丹の花が有名な日本庭園の池の真ん中に保の溺死体が浮かんでいるのが発見された。









2017/04/30 初稿

2018/08/25 形を整えました


牡丹と言うと三大幽霊話のあれしか思い付きませんでした。


次話投稿は5月5日を予定しています。


蛙始鳴かわずはじめてなく

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