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恐怖七十二候  作者: 如月 一
晴明(せいめい)
15/72

虹始見(にじはじめてあらわる)

文字数大幅超過です。

通常の3倍(当社比)になっております。

「おそかったじゃないですか。何やっていたんですか?」

 運転席に戻って来た山崎を助手席に座ったメガネの男がなじる。

「まあ、こっちも色々やることがあるんだ」

 山崎は少しムッとしながら助手席の男、根岸に答える。

「やることってなんですか?」

 根岸の言葉に山崎は背広をめくって見せる。

 そこにはホルスターに収まった拳銃があった。

「こいつを手にいれる手続きに時間がかかったって事だよ」

「あなたは……

まだ、事態が分かってない様ですね」

 根岸は、さも呆れたと言う表情で山崎を見る。

「そんな物が役にたつ相手じゃないんですよ」

 頭ごなしの否定に神経が逆なでされる。今は山崎としても周囲に当たり散らしたい気分なのだ。こんな状況でもなければ今すぐ助手席から蹴り出してやりたいと思った。

だが、今は仲違いをしている場合ではなかった。

山崎は返事の代わりに乱暴に車を発進させる。

(わかってないのはお前のほうだ。

丸腰であんな化け物を相手に出来るか)

山崎は心の中で毒づいた。


+ + + + + + + + + + + + + +


 山崎は刑事だ。40後半、ベテランの域に入る。

 その彼が相棒の木下と通り魔殺人に引っ張り出されたは、丁度1か月前の3月14日。

 木下が、恋人のためにクッキーを買わないといけない、と言っていたのでよく覚えていた。

木下は、山崎から見ると子供のような若者だったが、ここぞというときに便りになる大事な相棒だった。

 山崎達が引っ張り出されたその事件はベテランの山崎から見ても凄惨なものだ。

 街中の小さな公園で中年の男が殺された。殺され方が問題だった。

 公園の真ん中付近で下半身と両腕が落ちていた。

 ヘソから上をバッサリと切断されたという表現が状況を最もうまく表現できるだろうか。

 だが、上半身はどこにもなかった。

 男は夕食後の日課の散歩の途中で殺された様だ。

 午後9時頃に家を出て10時には死体として発見されている。

 犯行は30分から1時間位で実行されたことになる。

 公園周辺の聞き込みや監視カメラを調べてみたがこれといった手がかりを見つけることは出来なかった。

「こんな芸当やらかすにはそれなりの道具が必要だが、それらしい奴が通った様子がないな」

「別の所で殺された可能性は?

鑑識さんによれば、死体の状態のわりに血の量が少ないって話じゃないですか」

「いや、ガイシャが自分で公園に入っていくのは確認できている。現場が公園なのは間違いないだろう」

「そうですか……」

 木下の言葉は尻つぼみになる。

 その後、二人は懸命に周辺の聞き込みをしたが何の情報を得られないまま、2週間がすぎた。

そして、次の事件が起きた。

 今度の被害は人ではなく犬だった。

 事件のあった公園のそれほど遠くない家で、朝起きたら犬小屋が半壊していた。小屋の残骸に混じって、犬の脚の先っぽだけが残っていた。

 家の者は誰も気づかなかった。事件の類似性から山崎達が呼ばれた。

 とはいえ、何かが分かった訳ではない。目撃者も犯人につながる手がかりをも見つからなかった。

 妙なものとしたら庭を囲う壁に円い穴が空いていたことぐらいだ。

 誰が、何の目的で、どうやって空けたのか、そもそも事件と関係があるのかもわからなかった。

 再び事件は膠着状態になるかと思われたが、そうはならなかった。

 1週間後に第3の被害者が出た。帰宅途中の女性。道端にハイヒールが転がっていた。中身の足首がはいったままだ。

 更に3日後に第4の事件が起きる。そして、今回は犯行時の様子が監視カメラに映っていた。

「なんだこれ?」

 カメラの映像をみて山崎は唸った。

 カメラには道を歩く被害者が映っていた。被害者がふと、足を止め顔を上げる。次の瞬間、被害者の頭が消えた。そして、少し間を開けて右脇腹辺りがボッカリと掻き消える。

 映像はそれだけだった。

 犯人も凶器も映ってなかった。映像を拡大しても何もわからない。

「なんだよ、このチカチカしてるのは?」

 被害者の頭が消える瞬間で止めて拡大した画面を見ながら山崎は毒づく。

 拡大された影像は、肝心の所がぼんやりと虹色の光に包まれていた。

「さあ?

画面の拡大のし過ぎじゃないんですかね」

「参ったな。とにかく鑑識に回して解析してもらってくれ」

 山崎はそう言うと頭を抱えた。

 その時、木下がおずおずと言う。

「ちょっと気になることがあるんですよ。

今回の事件ですが、起こったところをマークしていくと円になりますよね?

で、その円の中心近くに妙な建物があるんですよ」

「妙?」

「名前がね、怪しいんですよ。

私設の研究所ですが名前が超宇宙研究所」

「超宇宙研究所?」

「ね。怪しいでしょ」

木下はどや顔で言った。


「つまり、事件の起きている場所の中心にこの建物があるんですよ」 

 山崎は目の前の白髪頭の男に答える。男の名前は大島という。研究所の所長である。

 傍らに眼鏡をかけた男がいる。根岸と名乗った。副所長とのことだ。

 山崎は、冷ややかな表情で自分の説明を聞く所長の大島よりも、根岸と名乗った男のほうが気になった。部屋に入って来たときから、じっとりと汗ばみ、おどおどしていた。

 研究所の名前が怪しいだけでは令状はとれないが、木下の言う通り事件の起こっているエリアの中心にその研究所があるのは事実だった。

 そして、様子見に来た時に研究所の壁の穴があるのを見つけた。

 木の板で塞がれていたが少しはがして見てみると、犬が惨殺された家で見たのと同じ円形の穴だった。

 それで半ば強引に会うことにしたのだが、根岸の反応をみて、何かを隠しているのは間違いなさそうだった。

「それで。

それがうちの研究所となんの関係があるというのですかな?」

 所長は憮然と答える。

「それを教えてもらおうときたのですが……」

「教えるものにも、私には何がなんのことやらさっぱりですな」

「ここではなんの研究をされているのですか?

根岸さん」

 山崎は、矛先を所長から根岸にかえる。

 急にふられて根岸は一瞬、顔色を変える。

「なんのと言われますと、一般の方に説明するのは難しいです」

「何か危険な研究ではないのですか?」

「き、危険なことは!

危険なことなど、ありません」

「放射線とか、何か危険な生物とか扱ってるとか、それとも、軍事関連の研究とかやってるなんてことはありませんか?」

「軍事目的で研究はしていません」

「差し支えなければ研究を拝見させてもらえませんか?」

「お断りします」

「ほぅ、何か見られて困るものがあるのですか?」

「ないですな。

ただ、我々の研究も熾烈でしてね。おいそれと部外者に見せるわけにはいかんのですよ」

 所長が割って入ってきた。

 証拠を持っている訳でもないのでこれ以上、進展は望めないと判断し山崎は話を打ち切ることにした。


 深夜、山崎達は研究所の例の壁の穴の所にいた。

「で、目星はついてるんだろうな」

「本館の脇に小さな建物があるんですが、そこが怪しそうです。

一見、平屋ですが地下があるみたいです」

 昼間の話し合いの間に木下には研究所を探らせていた。穴を見つけた時点で最初から忍び込むの予定だったのだ。

 目的の建物の扉はロックがボタン暗証式のロックがされていた。

「暗証番号わかるか?」

「わかりません。でも、大丈夫」

 木下はポケットから何かを取り出す。

「鑑識から分けてもらった指紋とる粉です。これで押されてるボタンを特定して、後はしらみつぶしでやれば開くでしょう。

あれ、誰か来た」

 山崎達は急いで物陰に隠れる。

 やって来たのは所長と根岸だった。二人は言い争っていた。

「所長。これ以上は危険です。

アレに対して対処方法を考えるまで研究を一時中断すべきです」

「そんな悠長なことはいってられない。

それに君は見たと言うがね、本当かどうか。

確かにあそこは異質な空間だが、生命なんてありはしないよ」

 根岸は懸命に止めようしていたが、所長は全く相手にしていないようだった。

 二人が建物に入るのを確認し、山崎達は物陰から出てくる。

「近くで見たんで番号わかりました。ラッキーでしたね」

「うむ。現場を押さえよう」


「所長もご存知でしょう。最近、この辺り起きている通り魔事件の事。あの事件が起きている時には必ずこの装置が作動しているのです」

 地下三階の廊下の突き当たりの部屋から声が聞こえてくる。声は根岸の様だ。

「そんなのはただの偶然だ。この装置に人を殺す力なんてない」

「この装置が殺した何て言ってません。この装置で現れたものが殺しているんです」

 廊下で聞き耳を立てていた山崎達は互いに顔を見合わせる。

「また、その話かね。君も見ただろう装置で繋いだ世界にはなにもない空間ばかりだ。乾いた大地すらなかった。我々と同じ空気があったのはラッキーだった。大気圧もほぼ同じだったのは奇跡だな。

だが生命は空気だけでは発生せんよ」

「いいえ。私ははっきりこの目で見たんです」

「虹色の化け物の話かね。

下らん。君はそれでも科学者か?」

「その話、詳しく聞きたいですな。

私は科学者じゃないですが、その話には大いに興味が有ります」

 突然の声に所長が目を剥く。そこには山崎がふてぶてしい態度で立っていた。

「な!

誰の許可で入ってきた。不法侵入だぞ」

「そんなことより、あんた達は一体何をしているんだ。

殺すの殺さないのって、科学者にしては物騒な事をいってますね」

 山崎は所長を無視して根岸に迫る。

「それは……」

 根岸は言いよどむ。

「それは?」

 山崎は追及の手を緩めない。答えに窮した根岸は助けを求めるように所長の方を見る。

 その顔が凍りつく。見開かれた目の先を反射的に追った山崎の目に奇妙なものが映る。

 所長の頭の直ぐ上に虹色の球体が浮かんでいた。

 直径50センチぐらいだろうか?

 球体は音もなく所長に近づく。

 虹色の球体が音もなく所長の頭に触れ、飲み込む。

 所長の頭が虹色の珠と一体化する。

 山崎は拡大された被害者のビデオ画面を思い出した。

 何の手がかりも映っていなかったなどとはとんでもない。画面には犯人がバッチリ映っていたのだ。ただ、余りに異質な犯人に、それと気づけなかっただけだ。

 ドサリと所長だったものが床に倒れる。

 そして、球体は、山崎の方へ向かって滑るように移動してくる。

「危ない!」

 木下が山崎を突き飛ばす。球体が木下の肩口を掠める。

「うあ」

 木下が肩を押さえて呻く。

「逃げろ!喰われるぞ!」

 根岸がおおごえで叫びながら部屋から一目散に逃げていく。

 何がなんだかわからないが、山崎は木下を抱き起こして廊下へと逃げる。

 チラリと後ろを見ると球体も山崎達を追いかけて廊下に出てくるところだった。

 無機物ではない、何か明確な意志の感じられる動きだった。

 球体は廊下で動きを止めている。山崎達を見失ったかのようだ。

 その隙に山崎は木下を半ば担ぐように階段を昇っていく。

 何度も後ろを振り返るが、幸い球体は追いかけては来なかった。建物を出て、一息つく。

 木下の傷を見る。肩口がバックリと削れていた。傷口は焼け焦げたように黒ずんでいる。

 不思議なことに血は全く出ていなかった。

 とにかく病院に行こうとなったところで、建物の近くで青ざめて立っている根岸に気づく。

「おい、アレは一体何なんだ?」

 山崎は猛然と根岸に掴みかかった。

「わからない。私にもわからないんだ」

 根岸は苦しげに答える。

「イタイ、イタタタ、痛い!」

 突然、木下の悲鳴が木霊する。

 驚き、振り向く山崎。

 木下の肩口がキラキラと異様な光を放っていた。光は徐々に強くなり、虹色の球体が現れる。

「うぐぁ。」

 肩口に当てていた左手が球体に飲み込まれ、木下は悲鳴を上げる。

 ブワッと球体が膨れ、木下の顔の右半分が虹に包まれる。

「や、山さぁ~ん、たすゅけ、て。」

 虹色の化け物に食らいつかれたまま、木下は山崎の方へヨロヨロと歩いてくる。

 山崎は声にならない悲鳴を上げて、逃げ出した

 気付けば山崎は研究所の正門で荒い息をつきながら立っていた。傍らには同じように根岸が震えていた。

「とにかく、知ってることを全て話せ」

 山崎はかすれた声で根岸に言う。

 もう怒る気力もなかった。


+ + + + + + + + + + + + + + +


 山崎は車を走らせる。目的地は超宇宙研究所だ。

 根岸の話では、彼らは別次元の研究をしていた。そして、それは成功したのだ。

 彼らは半年程前に別次元と接続することに成功していた。

 我々の世界とほぼ同じ成分の空気があった。だが、それだけで後はただ、空虚な空間が広がっているだけだった。

 レーダーなどの探査では、根岸達の作った接続点なら数十キロ四方には何もないことが確認できていた。

 根岸は調査の早い段階であの虹の球体の存在に気づいていた。ドローンでの調査画像にたまに虹色の球体が映り込むことがあったからだ。おかしいとは思っていたが、球体の存在をはっきり意識したのは調査中に行方不明になったドローンの最後の映像を解析しているときだった。あの虹色の球体がゆっくりドローンに近づいて来て画面一杯に広がったところで通信が途切れた。所長にも報告をしたがノイズかなにかとして相手にされなかった。

 ある日の夜。

 研究所の敷地を歩いている時、虹色の球体を目撃した。静かに浮かんでいるそれは、初め風船かと思った。だが、それは風もないのに意思を持つように移動していた。そして、研究所の壁をすり抜けた。後に大きな穴を残して。


 最後に根岸は、こう締めくくった。

『アレが何かは正直わからない。

生き物なのか、未知のエネルギー体かもしれない。

ただ、我々の世界の存在とは全く異質なものなのはまちがいない。

そして、決して意味もなく漂って、進路にあるものを飲み込んでいるのではない。アレはまちがいなく所長やあんたの仲間を狙っていた。アレは我々を獲物として認識しているんだ』

 根岸の言葉は正しいと、研究所の正門に車を止めながら、山崎も思う。このまま放置していたら新たな被害者がでる。とにかくこっちとあっちを繋いでいる装置を一刻も早く止めなくてはならない。

 とは言うものの、こんな突拍子もない話を信じる人間はいない。だから、山崎と根岸の二人でやるしかなかった。

 山崎と根岸は装置のある地下三階の廊下までやってきた。

 球体はどこにもいなかった。

「アレは突然姿を現すから油断は禁物だ」

 と根岸は小声で囁く。

「装置は所長の立っていたところの奥のドアの先にある。

パネルの真ん中辺りに大きな赤いボタンがある。緊急停止ボタンだ。それを押せば装置は止まる。ヤツに狙われた方が囮になって逃げる。その隙にもう一人が停めるんだ」

 部屋への扉の前で最後の確認をする。

 山崎は無言で頷くと、そっと扉をあけて中を伺う。

 なにもいない。ソロリソロリと中に入る。

 根岸が部屋の奥を指差す。

 ドアがある。

 どうやら、その先が装置の部屋の様だ。

 もう一度、部屋の中を伺う。左右、天井を確認。なにもいない。

 二人は慎重にドアに向かう。

 と、根岸が派手に転ぶ。

 何をやっているんだ、と根岸の方に目をやる。

 違った、転んだのではない。根岸の右足が虹色に包まれていた。

 上ばかりを見ていたが、球体は床で待ち構えていたのだ。根岸は、まんまと地雷を踏んだのだ。

 根岸は、苦悶の表情を浮かべながら部屋の外へ這いずるように逃げる。

 一瞬、根岸が山崎の方見る。その表情にはある種の決意が見てとれた。計画通り、自分が囮になろうとしているのだ。

 背後から根岸の断末魔が聞こえてきた。

 山崎は、目をつぶってドアを開ける。

 犠牲を無駄にするわけにはいかない。なんとしても装置を停めなければ。山崎は部屋に飛び込む。

 目の前に、装置が見えた。赤いボタンの位置も確認できる。

 だが、山崎の口から出たのは、絶望の悲鳴だった。

 部屋には、直径10センチぐらいの虹の球体が無数に漂っていた。

 無数の虹の固まりはゆっくり明滅しながら部屋に現れた獲物に向かい一斉に動き始めた。






2017/04/15 初稿

2018/08/25 形を整えました


虹と言う単語から、ラブクラフト先生の『宇宙からの色』を真っ先に連想しました。

それに『彼方より』を加えた感じです。


次回、新章 穀雨

次話投稿は4月20日を予定しています。


次話 葭始生あしはじめてしょうず

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