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恐怖七十二候  作者: 如月 一
晴明(せいめい)
14/72

鴻雁北(こうがんきたへかえる)

「あら、セイさん、来てたのね」

 カウンターの端に座っている男に気付き女将(おかみ)は声をかける。

 久しぶり、と続けようとした丁度その時、ガラガラと扉が開き、三、四人のお客が入って来た。

 そこは、女将が一人で切り盛りしている小さな居酒屋だった。

 お絞りを渡し、最後にセイさんにもと、カウンターの端を向くが、そこにセイさんの姿はなかった。

「あら」

 お手洗いにでも立ったのか?

 しかし、手洗いは入口の方にある。セイさんの座っていたカウンターの奥から歩いていったのなら気づかない訳がない。

 ならば、目の錯覚だったのか?

「女将さん、注文いいかな?」

 戸惑っているところに、客からの注文が来る。

 女将さんは首をかしげなから、酒と(さかな)の準備を始めた。


 セイさんは、その店の常連だった。5年ほどの付き合いになる。

 口数の少ない中年の男性だった。自分から話すことは少なく、店の奥のカウンターで他の客の話を黙って聞きながら、肴を突っつきながら酒をチビチビと飲んでいた。

 容姿、背格好は全く違うが背筋を伸ばして酒を飲む、その律儀で不器用そうな雰囲気が女将に往年の高倉健を連想させた。

 セイさんにはもうひとつ特徴があった。

 店に来るのが1月の終わりから5月の終わりぐらいまでと期間が限られている事だ。

 毎年、1月の終わりごろにフラりと現れ、今年も宜しくお願いします、と一礼し、5月の終わりに、お世話になりました、と今までのツケに一万程の心付けを付けて、去っていく。

 どこか北の方から出てきている季節労働者だろうと想像していたが問いただしたことはなかった。

 ただ、何度か、渡り鳥見たいね、とからかったことがあるくらいだ。その度にセイさんは、そんなようなもんです、と小さく微笑みながら答えた。

 今はまだ、4月も10日ばかり。最近、見ないので今日ぐらい来てもおかしくない。

 ただの目の迷いだったかと少し残念に思いながら女将はセイさんを頭から追い払おうとする。

その行為は簡単にできた。

 なぜなら、その日はとんでもなく忙しかったからだ。

 最初の4人ずれを皮切りにひっきりなしにお客がやって来た。

 ほとんどが初めてのお客さんだった。

 夜も更け、客足も落ち着いて、あと少しで店を閉めようかと考えている所に二人の男達が入ってきた。

 一人に見覚えがある。

 誰だろうと記憶を探り、すぐに思い当たる。

 前にセイさんと一緒に来た客だ。

 お絞りを渡しながらセイさんの事をきくと、男は一瞬驚き、次にちょっと暗い顔になる。

 お絞りで顔をゴシゴシ擦るとおもむろに口を開いた。

「セイさんは、ねぇ……」




 女将さんは一枚の紙片を見ながら、ふぅ、とため息をついた。

 店の看板は既に降ろしている。

 紙に書かれているのはセイさんの遺族の連絡先だ。

 男の話によればセイさんは1ヶ月前に工事現場の足場から落ちて亡くなっていた。

 もしもお金の請求が有るのであればと男が紙に住所と電話番号を書いてくれた。

 聞けば、セイさんは独り身で、遺族は老いた両親だけだと言う。

「どうしたものかしらねぇ」

 女将さんは今年のセイさんの飲み代(のみしろ)を請求するかどうか悩んでいた。

 律儀な人だから、ツケをそのままにしていたら、あの世でさぞかし気に病んでることだろう。

 その時、ある考えが頭に浮かび、女将さんは今日の売り上げを急いで計算し始めた。そして、計算が終わった時、女将さんはクスクス笑い出した。

 今日の利益分がセイさんの飲み代とピッタリ一致したのだ。正確にはセイさんの飲み代より一万多かった。

「心付け分も含めて、お客さん呼んで来てくれたのね。

セイさんらしいわ」

 女将さんは紙をクシャリと潰してゴミ箱に棄てる。

「さあ、これで気兼ねなく帰れるわよ。セイさん」

 店の奥のカウンター、セイさんの指定席、に向かって女将さんは、そう優しく声をかけた。


2017/04/10 初稿

2018/08/25 形を整えました


ご免なさい。

恐い話ではなく、いい話になっちゃいました。

たまには、こういうのもありかなとも思いました。


次話投稿は4月15日を予定しています。


次話 虹始見にじはじめてあらわる


虹・・・、虹 ?! (# ゜Д゜)


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