玄鳥至(つばめきたる)
今日はお姉さまが来てくださったの。
久しぶり。
とっても嬉しいわ。
だから、得意の料理を作りました。
テーブルにお皿を並べながら、お姉さまの顔をみる。
でも、お姉さまは、浮かない顔で窓の外を見ている。
ああ、何故なの、お姉さま。
お願いだから私を見て!
女子高で初めてお会いした時のあのドキドキを私は今でも忘れません。あの時から私は、ずっとずっと、お姉さまだけを見てきました。
お姉さまの後を追って入った大学で、初めて結ばれたあの甘い夜は私の宝物です。
お姉さまのためならどんなことでもやれます。
だから、もっと私を見てほしい。私のことだけ考えていてほしい。
お姉さま、お姉さま、お姉さま!
ピロリン
お姉さまが携帯を取り出す。
トタンに顔がほころぶ。
「ヒロシからだ!
あいつ、いままでどこで何をしてたのよ」
ヒロシという単語に私は衝撃を覚える。
ヒロシ、ヒロシ?
半年前、私とお姉さまの間に割り込んできた、憎んでも憎み足りないあの男。
「2か月も連絡もしないで何してたの、っと」
お姉さまは独り言を言いながら携帯を操作する。
ピロリン
「色々あった?
はぁー?なに言ってるの、こいつ。バカにして」
言葉は厳しいがその表情は、今の季節、4月上旬の春の暖かさを思わせる。私は思わず見とれてしまう。
ピロリン
「え、近いじゃない。本気?」
お姉さまが私の方を向いて言う。
「ヒロシがね。ここに来たいって。もう、近くの駅っていってる。
ねえ、いいよね」
ヒロシが私の家にくる?
ダメ、ダメ、ダメ、ダメ。
そんなことありえない!
ピロリン
「え、近くのコンビニまで来た?
はー、早いね」
私は、弱々しく首を横に振り、拒絶する。
ダメと言いたいのに口がワナワナと震えて声にならない。
ピロリン
「あら、もうアパートの階段のところだって」
「ダメ!」
私は絶叫する。
「え、なに?」
もう一度、ダメと言おうと口を開く、私。
と、突然、
ドンドンドン
ドアを激しく叩く音が部屋中に響きわたる。
「ああ、来た、来た。
はぁーい、今、開けるね」
お姉さまは、いそいそと立ち上がる。
「ダ、ダメ」
私は、慌ててお姉さまに抱きつき、停める。
「ちょっと、なにするの」
「ダメです。ドアを開けちゃダメです」
「はい?
なに言ってるの?」
ドンドンドン
再び、ドアを叩く音が響く。
「はーい。ちょっと、まってね」
お姉さまは、ドアに向かって叫ぶと、力を込めて私を引き剥がそうとする。
「ちょっと、放してよ。
いい加減にしないと怒るわよ」
お姉さまが、眉をつり上げて私を突き離す。
「なんなのよ、全く!
今日はもう帰るわ。頭、冷やしなさい」
お姉さまは、そう言い捨てるとドアを開ける。
「ヒロシ。ごめんね」
ああ、お姉さま、ダメよ。
それはヒロシじゃない。
ヒロシなんかじゃ、絶対ない。
だって……
だって、ヒロシは私が殺したんだから!
2か月前、お姉さまを取り戻したい一心で、私はヒロシを殺した。
顔を潰し、シートにくるんで山奥のダム湖に重りをつけて沈めたのだ。
だから、ヒロシが私の家に来るなんて、あり得ないのだ
「ぎゃあ!」
悲鳴を上げ、お姉さまがものすごい勢いで外に引きずり出される。
「お、お姉さま……」
私は、尻餅をついたまま掠れた声でお姉さまを呼ぶ。
しかし、お姉さまの返事はない。
何の物音もしなかったし、想像したものがドアの向こうから現れることもなかった。
ノロノロと立ち上がると、恐る恐るドアから外を伺う。
廊下には何も居なかった。
お姉さまの姿もない。
お姉さまの姿を求め、私は廊下に出る。
ふと、廊下にお姉さまの携帯が落ちているのに気づき、拾い上げる。
ピロリン
携帯が鳴った。
恐る恐る携帯に目をやる。
画面に文字が表示されている。
『ヒロシだ 今、お前の後ろにいる』
ブワッと汚泥と腐った肉の臭いが私を包む。
ピチョン、ピチョンと水滴が廊下に滴る音が、私の背後から聞こえてくる。
振り向いてはダメと思いながら、私はゆっくりと振り向く。
振り向かずにはいられない。
そして、私は……
2017/04/04 初稿
2018/08/25 形を整えました
年下の男の恋人の事を若いツバメと言います。
それからの連想です。
お姉さまには何の罪もないじゃないかと思われる方もおられるでしょうが、死の怒りや嫉妬は理性では推し測れないものと解釈ください。
平たく言えば八つ当たりです。
次話投稿は4月9日を予定しています。
次話 鴻雁北




