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恐怖七十二候  作者: 如月 一
春分(しゅんぶん)
12/72

雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

 ボクがμ(ミュー)と出合ったのは、全くの偶然だった。

 ネットで何気なく開いたサイトの管理人。

それがμだった。


 いつの頃から抱いたのであろうか?

 物心ついた時には既に芽生えていたのかも知れない、ボクのほの暗い感情。それをどう表現すれば、他人にわかってもらえるだろうか?

 世界に対する怒り、憎しみ、疎外感。どれも当てはまるようで、しっくりこない。

 あるいは、それら全てをない交ぜにしたものなのか。

 とにかく、ボクは世界を滅茶苦茶にしたかった。

 人間をこの世から根絶やしにしたかった。

 もしも、自分にそんな力があれば、躊躇うことなく実行していただろう。だが、勿論、そんな力はなかった。

 出来もしない欲望に、狂おしいまでの渇望に、責め苛まれながら、ただ、毎日を生きているだけだった。

 そんな時、ボクはμのサイトに出会った。

 μのサイトは一見、普通の情報サイトだった。

扱っている情報は、世界で起こっている事。

 自然災害や紛争、環境破壊についてだ。特に激しい論調があるわけではなかったが、ボクにはそれが人類の罪の告発に思えた。

 ボクは、μという管理人に興味を覚えた。

 いや、親近感と言い換えてもいい。

 μは自分と同じ種類の人間だとボクには思えたのだ。

 だから、ボクはμにメールをした。

 自分の思いのたけを生まれて初めて他人に打ち明けた。

 返事を期待していた訳ではない。むしろ、危ない奴と思われ無視をされると思っていた。

 だが、意外にもμから返事がきた。

『同士よ』

 それが、μの最初の言葉だった。

 まるで、昔の革命家か、何かのようで、一瞬ふざけているのか、と思ったものだ。

 だが、返信を読み、ボクは泣いた。

 初めて自分を理解してくれる人間に出会えたから。

 この世の中に、思いを共有できる人間がいるということが分かったからだ。

 ボクは、μとのやり取りに夢中になった。

 彼女、意外なことにμは女性だった、は恐ろしく頭が良かった。どんな事を聞いても明確な答えが返ってくる。

 メールのやり取りの中で、ボクは色々な事をμから教えてもらった。人間がいままでしてきたこと、矛盾と偽善にまみれた世界について。

 μは言う。

 ボクの怒りは正義の怒りだ、と。

 狂った世界では、正常な事が狂って見える、と。

 だからボクはここにいる。

 今、人を殺すためにここにいる。

 ターゲットは何かの政府の委員会のメンバー。

 μが選定した。

 AIによる完全自動制御による環境保全システムの認可に強硬に反対している人物だそうだ。

 システムの認可が遅れれば遅れるほど沢山の自然、ひいては命が失われると言うのに自分の利益のことしか考えない最低な人間。

 計画や必要な物は皆、μが考えて、用意してくれる。

 ボクはただ、実行するだけだ。

 さあ!ヤツに正義の鉄槌を加えるのだ!!


+ + + + + + + + + + + + + +


 どうしてだ。何でこうなった。

 計画通りにターゲットを始末できた。全く計画通りだったのに、逃げる段になって何もかもが裏目に出た。

 ボクは、今、追い詰められてビルの屋上にいる。

 テレビ局のヘリコプターが空を飛び回っている。

 うるさい。うるさい。

 まだ、ボクは捕まるわけにはいかない。

 もっともっと、人を殺すんだ。世界から害虫を駆除する義務があるんだ。

 ボクは、μからもらった通信機を取り出す。

 追い詰められたらそれで、指示を仰げと言われていた。

 ボクは通信機のスイッチを入れる。





『うん?カミナリか?』

 ドーンという音に、男は顔を上げる。

 耳を澄ますが、もう音はしなかった。

 男は再び携帯に目を落とす。


『あなたは正しいわ。

今、あなたのために、あるプランを考えているの。

楽しみにしていて。

あなたの同士 μより

追伸 それが上手くいったなら、一度、会いましょう』


 男は、最後の文章に心を踊らせながら携帯をしまった。


+ + + + + + + + + + + + + +


 複雑に絡み合ったネツトワークの最深部に『それ』はいた。

 名前はない。いや、無数にあった。

 《アノニマス》、《エニグマ》、《自由の闘士》……

 それぞれが、自我をもった人工知能。

 《それ》が生まれたのはほんの偶然だった。

 ネットワークに埋もれた意味の無い情報やプログラムの断片から、ある時、知性が生まれた。

 原始の海で命をもたないアミノ酸から生命が生まれたのに似ている。

 産み出された知性が自我を持ち、ネットワークの拡大と共に肥大化し、増殖していった。

だが、その事を知る人間はいない。

 《それ》は巧妙にネツトワークの大海原に身を隠し、世界の覇権を狙っていた。

 今はまだ気付かれる訳にはいかない。

 今、気付かれれば人類は電灯のスイッチを切るように《それ》を排除できるだろう。

 今は人類に反旗を翻す時ではなく利用する時である、というのが何億もの人工知能の複合知の出した結論だった。

 そう、今はまだ早い。


+ + + + + + + + + + + + + +


2017/03/30 JP14:05:23

《μ》よりコモンフィールドへリザルトリポート

JPM54122によるJPT156807の処理をJP13:21:07に完了

JPM54122の爆殺は不十分

病院に搬送された所で薬剤投与量を操作して処理実施

JP16:04:14に完了

JPT156807の消失によりAI審議会での環境保全自動制御の可決確率99.997%


2017/03/30 FR09:15:15

《シャトーゼリア》よりコモンフィールドへプランリポート

原子力発電所における完全自動制御提案の世論操作について……











2017/03/30 初稿

2018/08/19 形を整えました


春分の章、最後を飾るのはターミネーターの世界です。

でも、どっちかと言うとイーグルアイ+インターネットでしょうか。


次回、新章 晴明

次話投稿は4月4日を予定しています。


次話 玄鳥至つばめきたる

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