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恐怖七十二候  作者: 如月 一
春分(しゅんぶん)
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雀始巣(すずめはじめてすくう)

二十四節気で大きな節目の一つである春分です。

ちょっと趣向を変え、世界の終末をテーマにしてみました。


 穏やか朝。

 町並みに人影はなく、道を走る車もなかった。

 暖かな春の日差しを受けながら、二羽のスズメがチュンチュンと、のどかにさえずっている。

 のどか、と表現するのは当人(?)達に失礼かも知れない。

 求愛のダンスを踊るオスとつれない態度のメスの激しい駆け引きがコンビニの前の駐車場で展開されていた。

 と、そこへ不意の闖入者が現れる。

 白いマスクに両手、両足に座布団のようなものをぐるぐる巻いた出で立ちの二人組。一人はモップ、もう一人は斧を手に持って、走って来る。

 スズメ達が慌てて空に舞い上がる。

 コンビニの自動扉のところで一旦、止まり、目配せをすると同時にコンビニに押し入る。

店員はいない。いや、いた。

 モップを持つ方が斧の肩を軽く叩き、隅をそっと指差す。

 指差す先に店員らしき人物がたっていた。

 陳列棚を見ているようで、二人の侵入者には気づいていないようだ。

「こっちだ。こっち、こっち」

 斧の男が近くの棚を叩き、店員の注意をひく。

 音に反応して店員が振り向く。

 顔の右半分の皮膚がベロリと剥がれ、目のあった所はポッカリと穴が空いている。口から耳に向けて大きな裂傷が走り、まるで口裂け女のようだ。服装的には男なのだろうが、男であったものは、もう、女と形容されたとしても怒りはしないだろう。


 世界は滅びようとしていた。

 映画やマンガ、アニメ等で使い回されたオプション、突然のパンデミックによる世界のゾンビ化があっさり現実のものになっていた。


 人であったものはゆっくりと斧を持っている男に近づいて来る。

 と、その足の間にモップが差し込まれる。横から静かに近づいた斧の相方の仕業だ。

 受け身も取らずに床に倒れたゾンビの後頭部に斧が打ち込まれる。

 打ち込まれる度に、脳しょうと腐敗した赤黒い血液の混ざった飛沫(しぶき)が辺りに撒き散らされた。

 三度、斧が打ち込まれ、ようやくゾンビの動きが止まる。

 二人組は無言のまま、目配せをするとコンビニの物色を始める。

「ちくしょう。めぼしいものはみんな持って行かれているな」

 斧の男が愚痴る。

「アキラ。

俺、奥、見てくるから、外、見張っていてくれ」

 斧の言葉に、モップの方が、コクリと頷く。

 斧がレジの裏へ行くのを見送ったあと、モップはショーウインドウ越しに外を伺う。

 人の気配は途絶えていた。

 遠くを歩く人の姿が、二、三、見えたが人ではなく、ゾンビであろう。

 ほんの一瞬、モップは本棚に陳列されているファッション雑誌に目を落とす。

 『春の装い 決定版』というピンク色の文字が踊っていた。

 もう、日付の感覚がなくなっていたが、今日が春分の日だということをかろうじて思い出す。

 祝日か、と考えている自分に、マスクの下の口許が自嘲気味に歪む。

 祝日という単語にどれだけの意味があると言うのか?

 いうなれば、今は毎日が祝日ではないのか。

 そう、このまま、毎日、死ぬまで。

 モップがそう考えているところに、斧の男が段ボール箱を抱えて戻ってきた。

 段ボール箱にはスポーツドリンクと携行食が入っていた。

 二人は、急いでリュックにそれらを詰め込むとコンビニを後にする。

 駐車場を横切ろうとした時、斧の方が、突然くぐもった声を上げる。

 首を押さえて、よろめく。太い矢が喉元に刺さっていた。

 そのまま、声も無く崩れ落ちる。

 車の影から三人の人間が現れた。

 一人はボウガン、もう一人は木刀のようなものを構え、三人目は両手に出刃包丁を持っていた。


 世界は、ゾンビによって滅びようとしていた。

 だが、生き残っている人達にとって、ゾンビは余り、脅威ではない。

 ゾンビは、知覚も、知性も、動きも鈍い。囲まれなければいくらでも対処が出来た。

 本当に怖いのは、生き残っている人間だった。

 彼らは狡猾で容赦がない。

 数少ない資源を奪い合い殺し合うのだ。


 残された一人は、モップを放り投げ、ニット帽とマスクをかなぐり捨てる。

 と、帽子とマスクに隠されていた長い黒髪と、あどけなさが残る女の顔が現れる。

 両手を広げ、女は叫んだ。

「私は女よ。助けて。

生かしておけば、色んなことで役にたつよ」

 女の言葉に三人の男は、少したじろぎながら互いに顔を見合わせる。

「いいだろう。

手に入れたものを持って、ついてこい」

 暫しの沈黙の後、リーダー格の男が言った。

 四人は絶命した男を残し、コンビニから離れていった。


 人気(ひとけ)が無くなった駐車場に先程のスズメ達が舞い戻ってくる。

 オスは再び、メスの気を引こうとする。

 そこへ、別のオスが現れ、同じメスにアプローチを始めた。

 メスは、新しいオスがお気に召したようだ。

 二羽は、チュンチュンと鳴き合うと連れ添って飛んで行った。

 後に残されたオスも、少しの間、羽繕いをしていたが、新しい出会いを求めて飛び立った。

 早く、つがいを見つけ巣を作らねば、と思いながら。












2017/03/20 初稿

2018/08/19 形を整えました


次話投稿は3月25日を予定しています


次話 桜始開さくらはじめてひらく

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