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確信犯  作者: 杉恵 幾
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第五章

矛盾がないか心配です。

あるんだろーなー。

 まずはじめにアポが取れたのは弁護士の榊原隆之さかきばらたかゆきだった。

 彼の営んでいる弁護士事務所で聴取が行われることになり竹川達はそこへ向かう。



 彼の事務所は、弁護士事務所にしてはなかなか大きな事務所であった。入るとまず受付があり、その奥に通路が伸びている。事務の女性に案内されその通路を進んで行くと、幾つもある扉の中から一番奥の部屋に通された。


 根本はぐるりと室内を見回す。自分の知っている弁護士事務所の個室とは、警察の取り調べ室のような簡素なものだがここは違うらしい。八畳程ありそうな部屋には中央に背の低い大きな木製の机が置いてある。おそらくこれは一枚板と言われるヤツで自分にはとても買えない値段の代物だ。そしてその机の左右にはこれまた高そうな二人掛けのソファが配置してある。


 事務の女性に進められ扉から見て奥の席に竹川が座る。足りない椅子を持ってくると言った女性に要らない旨を伝えた根本は竹川の背後に立った。それに習い、田中は彼女の横に同じように並んで立ち、そして最後に松田が竹川の横に座った。


「やっぱり俺と根本だけでこれば良かったな。お前ら邪魔だよ」


 竹川が隣の松田と斜め後ろの田中をじとりと睨む。

 すかさず松田が反論する。


「ふざけたことを。次にアポが取れた農家の星野に会うにはまだだいぶ時間があります。もしここでなにか情報が得られこの後で二手に別れるとして、ここで話を聞いておくのと聞かないのとでは動き方が全然違うでしょう。効率を考えてください。だいたい四人でチームを組むと言ったのは竹川さんです」


 全くもって松田の言う通りだったので根本も田中もソファの後ろでうんうんと頷く。


「わかったよ。そんなに怒るなって」


 竹川は溜息をつくと後ろを振り返った。


「お前らあんまり威圧的にするなよ。存在感を消せ」


 二人が返事をしようと思ったところで部屋にノックの音が響いた。








 扉から現れたのは爽やかな青年だった。とても弁護士には見えないし、さらに言えば四十五歳にも見えない。右足を引きずっているようだが松葉杖などはついていない。


「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。仕事が立て込みまして」


 彼はそう言いながらふところから名刺を出しこちらに差し出した。


「弁護士の榊原隆之です」


 その名刺を受け取った竹川は自分の名刺は出さずに警察手帳を見せた。


「こちらこそ、お忙しい中お時間をいて頂いて申し訳ない。私は竹川、隣のが松田。後ろの奴らは喋りませんので気にしないで下さい」


 紹介された松田は軽く頭を下げ、紹介されなかった後ろの二人も一応一礼をした。


 榊原は丁寧にそれぞれに会釈をした。


「彼女も警察の方なんですか?」


 榊原が根本を指して竹川に尋ねた。


「そうですがなにか?」


「いえ、こんなにお綺麗な方が警察にいるなんて思いませんでしたので以外で」


 榊原は頭の後ろをかきながら笑って言った。彼は笑うと目の横にシワが出来き、それがまた爽やかな印象を与える。

 綺麗だと言われた根本は竹川に喋るなと言われたのでとりあえずニコッと彼に笑いかけておいた。松田は咄嗟とっさになにかを言おうとしたが机の下で竹川に蹴られたので大人しく言葉を飲み込んだ。


「彼女は確かに見た目はいいですが、中身はキツくてとてもオススメできませんよ」


 竹川にそう言われた榊原はまた目の横に笑いジワを作り、「それは残念だ」と言った。


 そこで松田が一つ咳払いをしてから話し出す。


「本題に入らせて頂きます。今回の我々からの連絡に心当たりはありますか?」


 それを聞くと榊原は真剣な顔を作り答えた。


「いいえ、ありません。仕事柄恨みを買ったりすることがあるのは否定しませんが、私自身が刑事さんの厄介になるようなことをした覚えはありません」


 その答えを聞くと松田は竹川を見る。その視線を受けてなのかは分からないが、今度は竹川が質問をした。


「ではあなたは、何故呼ばれたのかも分かっていないんですね?」


「その通りです。そろそろ内容を話していただけませんか?」


 榊原が顔を突き出して聞くと竹川は右の掌を相手に向けて待てというポーズをした。


「そこはもちろんお話させてもらいますがはじめに一つ質問をさせて頂いてもよろしいですか?」


「なんでしょう?」


「昨日の午前零時頃から明け方にかけて、どこにいらっしゃいましたか?」


 榊原は一瞬眉間に皺を寄せた。田中以外の三人はそれに気づいたがここは大人しく相手の出方を待った。


「これはアリバイ聴取ですか?」


「ええそうです」


 竹川が真っ正直に答える。榊原は前のめりになっていた体を倒しソファに預け、少し考えてからあからさまに溜息をついた。


「残念ながらアリバイはありません。昨夜は一人でこの事務所にいました」


「ここに監視カメラは?」


「ありません。個人情報が多いもので安易には付けられませんし、経営者として従業員達を監視しているみたいであまり好きではないんです」


 松田は手帳にメモをとっている。田中が後ろからそれを覗き込み、何を思ったのかすかさず自らの手帳を取り出して何やらメモをし始めた。何をしているのか気になり根本が田中の手帳を覗き込むと田中はメモのとり方をメモしていた。根本は開いた口が塞がらない。


「夜誰かと会ったり電話したりはしませんでしたか?」


「残念ながらしていません」


 竹川は頷きながら「そうですか」と言って黙ってしまう。

 榊原は恐る恐るそんな竹川に話しかけた。


「それで、これはなんの事件聴取なんですか?」


 竹川が黙ったままなので松田が説明する。


「メディアには詳しい事を公表しておりませんのでどうぞご内密にお願いします」


 榊原は頷き、また身を乗り出した。


「我々は連続殺人事件を追っています。大変失礼なことですが榊原隆之さん、あなたは被疑者のうちの一人です」


 それを聞いた榊原は目と口を大きく開き勢いよく立ち上がった。


「そんな!・・・なぜ私なんですか?!」


 立ち上がった榊原をまあまあと落ち着かせ松田は話を続ける。


「被疑者はあなただけではありませんから」


「・・・いや、すみません。取り乱しました」


 そう言うと榊原は深呼吸をしてまたソファに座り松田に話しかける。


「一つ伺っても?」


「どうぞ」


「なぜ私が被疑者にあがったんですか?」


 松田はその質問にすぐには答えず竹川を見る。竹川は松田の視線に気づくと話し出した。


「足の怪我です」


「・・・え?足?」


 榊原は自らの右足を見た。


「犯人は昨夜の現場で足を負傷した可能性が高い事が分かりました。そこから範囲を絞り、昨日病院に足の治療で訪れ、なおかつ物理的に犯行が行える者を選びました」


「その中に私がいたと」


「そう言うとことです。そこで、」


 竹川は人差し指で机をトンと叩いた。


「もう一度お伺いします。昨日の午前零時から明け方にかけて、どこで何をしていましたか?」


 その言葉を聞いた榊原は、今度はあからさまに眉間にシワを寄せ溜息をついた。


「なるほど。私の嘘など刑事さんにはお見通しだったんですね」


 そう言うと彼は綺麗に整えてあった髪に手を置きガシガシと掻き出した。田中だけが訳の分からない顔をしている。


「申し訳ない。私の先程の申し上げたことは全て偽りです」


 松田は先程メモをとったページに大きくバツをつけた。


「簡単な事件なら先程のアリバイで通すつもりでしたが、殺人事件だというなら話は別です。多少の痛みは我慢しなければなりません」


 松田が新たなページを開きつつ片眉を上げる。


「多少の痛み?」


「ええ。本当の事を話すと私は少し困ります」


「それは犯罪的な意味で?」


「まさか!言ったでしょう?私は刑事さんの厄介になるようなことはしていませんよ」


 榊原はニコっと笑うが眉毛は八の字になっている。

 竹川は胸の前でパンっと手をあわせた。


「では改めて、昨夜は何を?」


 榊原は諦めたように話し出した。


「人といました。一晩中」


「それは家族の方ですか?」


「いいえ」


「どのような関係の方ですか?」


「不倫相手です」


「え!?」


 大きな声を出した田中が根本に蹴られ、松田に殴られた。










 榊原の話を要約するとこうだ。

 一昨日の夜、二十一時頃に仕事を終えた彼はその不倫相手だという女性と落ち合い二十三時頃まで共に食事。その後ホテルへ移動してそこで日付をまたぎ、うつらうつらと朝方まで女性と過ごした後に少し仮眠をとったと。


「その後、帰宅の際に自宅マンション前の階段で雨に濡れた床に足をとられ転倒したと。いや全く、人は見かけによらないな」


 榊原の事務所を後にした四人は駐車場の自動販売機前で立ち話をしていた。


「この後はどうしますか?」


 根本がブラックコーヒーを飲みながら竹川に尋ねる。


「二手に別れよう。俺と根本は次の被疑者・・・誰だっけ?」


 松田が緑茶を飲みながら答えた。


「個人農家の星野徹ほしのとおる


「そうそう、星野。俺と根本はそっち行くから松田と田中は榊原のアリバイの裏とってくれ」


 田中がカフェオレを飲みながら竹川に言う。


「レストランとホテル、それから自宅マンションの監視カメラを確認します。夜には不倫相手にも聴取をとる予定です」


「上出来だ」


 竹川はオレンジジュースを飲む。


「これで裏がとれれば被疑者は後二人」


 四人が顔を見合わせる。竹川は腕を伸ばし缶を突き出す。


「GOOD LUCK」




 駐車場に缶のぶつかる音が響いた。

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